(2019.10.07)









 Janne Da Arc 10 道連









「お前…!」

「お、誰かと思えば」


思わぬ再会だった。

カロル、と名乗る少年に「パナシーアボトル」を依頼したところ、依頼品だけでなく帝都ザーフィアスでの数日間過ごした下町の下宿先のお隣さんと綺麗なお嬢さんもついてきた。

相変わらず隙だらけのにへら顔で片手をあげて、居酒屋で落ち合うくらいのノリの彼女。

少年はの生命の危機を思ってか切羽詰まった表情。

青年は数週間ぶりの再会がこのような状況で驚きを隠せない表情。

また、初対面のお嬢さんだけは小首をかしげて「知り合いです?」と2人の反応に不思議そうにしていた。

滅多に懐かないラピードも久々の再会が嬉しいのか、の近くで「ワフ」と声をあげる。

わしゃわしゃと撫でてやると満足そうに目を細めるラピードに笑みがこぼれた。


「今晩は。初めまして可愛いお嬢さん。いやぁ、こんな姿で申し訳ないね」

「初めまして、エステリーゼと申します」

「これはどうも。私の事はとでもお呼びくださいな」

「…お前、人の気も知らねぇでどこ行ったかと思えば」

「人を犬猫みたいに言うんじゃねーよ」


悪戯っぽく笑うに「なんでエステルと俺とで態度が違うんだよ」としかめっ面で返す。

「女性に優しくは世界の常識だろ」と返す彼女は初めて出会った時と何ら変わった様子は見せなかった。

変わった、と言えば今の状況、だろうか。


「あの、今は何をなされているんです?」

「ん?あぁ、この町の結界魔導器の代わりをしています」

「!」

「ご覧の通り、本来あるべき結界魔導器がこの有様でね」


桃色の柔らかい髪を揺らすように小首をかしげる彼女が、の返事を聞いた途端驚くように目を見開いた。

事情を知るカロルだけはいまだに心配そうに自分を見つめている。


「その、…大丈夫なの?」

「見ての通り。お、例のもの持ってきてくれたんだ…後でお駄賃あげないとね」

「そ、そんなのいいよ。それより…」

「あぁ。これで、吸い込んだ魔物の血を浄化できる――」


覚悟を決めたような目になった。

数日間飲まず食わずの極限状態。

油断すると目が据わり、心までやられそうになるのをは持ち前の精神力でねじ伏せる。

毒を浄化する薬の存在を聞きつけて、夜も深いというのに村の人々や村長たちが駆けつけた。

陣の中より動けないの代わりにカロルがパナシーアボトルをハルルの木に振りかける。

街の人たちの祈りの声。

もそれに合わせて術を高度なものに変換していく。

次の瞬間。


― キン ―


振りまいたところを中心にハルルの木から淡い色の光が溢れ出す。

光は徐々に大きなものとなり、膨らんだそれは高く舞い上がっていった。


「…っ」

「おい、!」


それに比例して段々との表情が険しいものになる。

いつもののらりくらりとしている様子からは想像もできないほどの状況のようで、思わず片膝をつくように崩れ落ちたをユーリが支える。


(魔導器無しってのもこんな時考えもんだな)


自前の物は閣下の元にある。

こんな時魔導器さえあればもうひと踏ん張りできたというのに、と力に頼ってしまう自分が何と未熟かと思い知らされる。

それでも何とか繋ぎ止めた意識で手だけは虚空のエアルを操作し、木の再生を祈った。


「お願い」


そんな言葉が聞こえた瞬間、自分の物とは異なるエアルの流れには目を見開いた。

隣には手を重ねて祈りを捧げるエステリーゼの姿。

淡い色のエアルは彼女の足元から徐々に空へ上るように膨れ上がっていく。


(そんな、この感覚)


この感覚、覚えがある。

自分の中の血がざわざわと荒ぶるのがいい証拠だ。

自分に混ぜられた始祖の隷長の血が、エアルが、その気配にざわつく。


「咲いて」


その言葉を合図に一気に膨れ上がる光。

まるで弾けたようなそれに、今まで枯渇していた大樹は命を吹き返し、幹は青々とした色を取り戻し、つぼみは膨らみ花を咲かせた。

今までの閉鎖されていた街は一気に桃色を宿し、まるで春を迎えた様。


(はは…。まさか生きてる間に会えるなんて、な)


心の中で皮肉を一つ。

ハルルの木の復活は同時に結界魔導器の効力を発揮させた。

そのことに安心するのもつかの間、はふっと闇に堕ちるように意識を手放した。




 +




もうどれくらい眠っていたのかわからない。

病気じゃないかとも思うほどのショートスリーパーなにしてはよくもまぁのんびりと眠っていた方だ。

それだけ、今回の“調整”が命がけだったことに自嘲する。

普段は死にたがりな癖に、死ぬことが許されない事ばかりで、なんてブラックな仕事なんだと愚痴の一つもこぼしたくなる。

宿を抜け出し、適当に買った数日ぶりのサンドイッチをよく噛んで食べると、全身にそのエネルギーが循環し、生きてるという実感が湧いた。


(また死に損ねてしまった)


そんなことを思いながら。

満開のハルルの木を見上げ、ほう、とため息をついた。


「こんな時間から花見か?」

「花はいつ見たっていいもんさ。これにいい酒と美人が入たら最高なんだけどねぇ」

「酒はないが、俺でよければ付き合ってやるよ」

「…ま、今日はユーリで勘弁してやるか」


そういって大量に買い込んでいた内のサンドウィッチを一つユーリに差し出す。

花を見上げながら同じようにかぶりついたユーリは「やっぱ、お前が作ったやつの方が美味ぇよ」と柄にもなく褒めた。


「待っとけって言ったろうが」

「約束できないって返したろうが」


端的な言葉に淡々と返すと面白くなさそうにユーリの表情が歪む。


「それよりお兄さんたち何やらかしたわけ?そこら中に帝国兵がうようよしてる」

「気付いてたのか」

「流石にね。ユーリもついに追われる身か」

「そこで相談なんだが、一緒に来ないか?」

「なんで私が」


何をしでかしたのかはわからないが、結界魔導器を取り戻して一見平和になった町に相応しくない連中の動きや、例のお嬢さんの動向も気になる。

指についたパンかすを舐めとり、思慮する。


「言っとくけど、お前にもお尋ね者の容疑かかってるからな」

「は?」

「下町の水道魔導器の魔核が何者かによって盗まれた。モルディオってやつの仕業っていう話にはなってるが、最後に触ったのはお前だって言うやつらも出てる」

「へぇ、役人様はお暇なこって。…もしかしてお兄さんも疑ってる?」

「…まさか」


そういう彼は“疑っている”と思われたことに腹を掻いたのか声色が落ち着きさらに低く返した。

魔核を盗む容疑にかけられているというのは初耳だが、閣下様が知ればそんな根の葉もない噂も時期に消えるだろう。

しかし、問題は水道魔導器がいまだに見つかってないという事。

つまりは生活用水でもあるあの噴水が時期に枯渇し、下手すれば死人も出るだろう。

このハルルの街の調整が終われば西の港…カプワ・ノールにでも顔を出そうと思っていた矢先。

少し悩んだ末、見過ごせないな、と自身の中で結論を出す。


「それで?お兄さんたちはこれからどちらへ?」

「別件でフレン、ってやつを探しててね。そいつを追って東に向かうことになるだろうな」

「東といえば…アスピオか」


自分が目指していた方向とは正反対になるが、まぁ距離にしても2、3日。

大した寄り道ではないだろう。


「んじゃま、冤罪容疑の件もあるし、お嬢さんをこんな奴のそばに置いとくのも心配だし、ほんの少しだけお供しましょうかね」

「よし、決まりだな」


満足げに笑うユーリに「言っとくけど、仕事は最優先させてもらうからな」とだけ返す。

想定外の出来事だったが、まぁ、長年女の一人旅。


(仲間と一緒って言うのも、たまには悪くない、か)


はやれやれと息を吐くと、2つ目のサンドイッチに手を伸ばした。














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