(ユーリ・シリーズ・年上ヒロイン)









 Janne Da Arc 約束










姉ちゃーん!!」


すでに顔馴染みになった宿の子どもの呼ぶ声には自室の窓から見下ろした。

ママに貰ったというリボンで髪を結う女の子は最近ではすっかり懐いて、

ここ数日は何かある度にこうやっての住む宿にやって来ては呼びかけた。


「今日もそのリボンつけてきたんだ」

「うん!ママが結ってくれたのよ」

「とても似合ってる。近くで見せてよ。待ってて」


うん!という元気な声と共にいつもの待ち合わせ場所である

噴水の方向へ走っていく少女。

やれやれと肩をすくめて部屋へ戻ろうとすると隣の窓から声が飛んでくる。


「懐かれてんのな」

「ユーリったらヤキモチ?いいでしょー、若い女の子に毎日声かけられて」

「羨ましいも何も、あの年齢だとこちとら犯罪なんだけど」

「え、捕まるのは慣れっこなんじゃ?」

「こんの!」

「おっと…!」


振りだけの拳が見えて、は部屋の中に逃げ込むように姿を隠した。

あはは、と悪戯っぽい顔をする彼女の表情が一瞬で素に戻る。


「あ?どうし――」

「馬車。騎士団の……?あ、エマちゃん!!」

「おい…!あのバカ!」


言うが早いか2階の窓から飛び降りたは一直線に

女の子と待ち合わせしている噴水の場所へと駆け出した。

騎士団の馬車が下町を通るなんて珍しい。

どういった理由にせよ、万が一があってはいけない。

が飛び降りたのを見てユーリもそれに続いて現地に向かった。


「止まれー!止まれェ!!」


ヒヒーンという馬の高らかな鳴き声。

町の人が避けるように道を開けて、家の中に入っていく。

税金の取り立てや住民いびりは日常茶飯事との事。

も目の当たりにしたのは初めてだが、「なんて奴等」という感情が湧く。

もう少しで正面衝突待ったなしだった腕の中のエマに「大丈夫」と微笑みかけるが

そんな彼女の瞳に大粒の涙が溜まっていることに気付く。

消え入りそうな声で


「ママに貰ったリボンが…」


という声を聞き、馬車の下敷きになっているくたくたのリボンに目をやった。

咄嗟に庇った時にひっかけて取れてしまったのだろう。

駆けつけたユーリが黙って騎士団の方へ歩んでいくのを見て、

は湧き立つ殺気をぐっと押し殺してエマに家に戻っているように伝える。


「騎士様が下町にどういったご用件で?」


声色でわかる、決して穏やかではない。

射貫くように睨みつけるユーリを見下すように睨み付ける人影に見覚えがある。

こいつは確か。


「下町だって我帝国騎士団の管轄内。公道として通行の許可は下りているが?」

「それで子ども轢いてりゃ世話ないっての」

「僕に意見する気かい?ユーリ・ローウェル君」

「税金泥棒の次はひき逃げかって言ってんだよ」


騒ぎを聞きつけてやってきたハンクスがユーリを嗜めるように「よさんか」と口を出す。

それでも怒りが収まらない様子の彼の横を抜けてが前に出た。


「ん、貴様は…」

「騎士は市民の為にあり。こんな街中で騒ぎ起こして、上の者が何というのか。

 一刻も早く立ち去ってくんない?それとも告げ口されたいわけ?」

「脅しのつもりかい?いいだろう。恐喝罪で独房に……」

もやめんか」

「おっと」


おどける様にいうと、は首元のジッパーをじじじと下げて鎖骨部分を見せた。

後ろから止めていたハンクスには見えなかったようだが、

隣にいたユーリと目の前の騎士は目を奪われ、

今までの虚勢はどこへやら一瞬で顔が青ざめていた。


丁度胸の中心部。

十字架をモチーフにした紋章は、見る人が見ればすぐにわかる身分証明のようなものだ。


「き、きさ…貴方は――オルレアンの乙女(ジャンヌダルク)!」

「(オルレアンの乙女…?)」

「お見知りおきいただき光栄。あ、後でご挨拶に伺いますので宜しくって

 閣下に伝えといてよ。キュモール隊長」


今日のところは、とお決まりの文句を吐き捨て蜘蛛の子を散らしたように逃げ去る一行。

そんな彼らの背中を蹴る様に「一昨日きやがれってんだ」とは吠えた。


「……お姉ちゃん」

「エマ。ごめんね、怖い思いさせちゃったね」


震える手。さっきの庇うそれではなく優しく背中を撫でるように抱きしめる。

怖かったね、大丈夫だよ。

そう言いながら小石で弾いたのであろう腕のかすり傷にファーストエイドと治癒する。


「全く、いきなりなんだあいつ等は」

「本当、こっちに八つ当たりするくらいなら自己の鍛錬に時間さけばいいのに」

「これでまた反感を買ったりせんじゃろうな」

「…。」




ユーリの視線がぶつかる。

町の人がとばっちりに怯える中ただ一人射貫くようにサファイヤを見つめた。

が黙り込んだのを見て、今からしようとしていることに勘づいたのだろう。


「着いてってやろうか?」

「はは。子どもじゃないんだし平気だって」

「一人で大丈夫か」

「大丈夫大丈夫。ないとは思うけど、万が一にでも腹いせに来られた時、頼むわ」

「ま、俺達の町だしな。そこはなんとかしてみせるさ」

「絶対に手は出すなよ」

「へいへい」


ふい、と思い切り目をそらしたユーリにシラーっとした視線を送り

「足もダメだからな」と念には念をで釘差しておく。


「お姉ちゃん!…行っちゃうの?」

「ちょっとね、えらい人に挨拶に行ってくるよ。大丈夫、すぐに戻るから」

「……」

「エマ。あの約束、これからでもいいかな?」

「約束?」


首をかしげる彼女には馬車の下敷きになりボロボロになったリボン。


「お姉ちゃんが綺麗にしてあげる。元通りってわけにはいかないけど。

 次に会った時、また付けたところ見せてくれる?」

「…いいよ」

「ふふ、ありがとう」


リボンをぎゅっと握り締める

表情こそは笑っているが、どこか、おかしいとユーリは感じた。

じゃあなーと軽く言うと帝国本部の方へと歩みを進める




強がりとしか思えない張り付いた笑顔に気付きながらも、見送ることしかできなかった。














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