(ユーリ・シリーズ・年上ヒロイン)









 Janne Da Arc 呪い










「おかえり、。会いたかったよ」

「あら奇遇。私も丁度会いたいって思ってたところ」


嫌味を存分に込めて言葉を投げ返したものの涼しげな表情はそのままで

はより一層不機嫌をあらわにした。

そんな様子を見て目の前の騎士は、ふ、と笑みをこぼしの頬に手を伸ばす。

相変わらず人の間合いに容赦なく入ってくる野郎だ。

自分の間合いは許してないくせに。

大人しく気が済むまで頬を、髪を、撫でさせる。

正直な体は嫌悪感に少し身震いをした。


「部下から知らせは聞いているよ。長旅ご苦労」

「労いのお言葉痛み入ります」

「よっぽど過酷だったのだろう。中々顔を出さないから

 こちらから伺おうと思っていたところだ」

「…。帰ってきたタイミングまでお見通しってわけ」

「これでも目にかけているつもりなんだが」

「……」


自前のサファイヤの瞳を通して見える人物の言葉の意味に気づき

はほう、と静かに息を吐いた。

呼吸と心音を落ち着かせると自分と目の前の彼がいる部屋のす外ぐそとに一つの気配。


「(流石巣の中、ってか)」


魔道器の気配。見張られている。

旅の道中時折感じることが出来たそれは彼の言う「目にかける」といったやつだろう。

監視にしか感じられないそれを気にかけ警戒する夜もあったが

あくまで生存確認ぐらいの命令なのだと察してからは出来るだけ気にかけないようにしてきた。


「そんなに四六時中見張ってなくても逃げたりしないっての」

「逃げることはなくても女性の一人旅、何かと不都合もあるだろう」

「お生憎様一人で生き延びる手法は心得てます」

「流石だな、オルレアンの乙女」

「…。もう名前だけのギルドよ」

「君がいる」

「私しか、いない」


突き刺すようにそう言い放つとアレクセイは眉根を寄せて「配慮がなかったな」と詫びる。

本当にこの男の素性が読めない。

いくら魔導器を読み取ることに長けていても、彼の魔導器からは何も感じられない。

冷たくて物静かだ。


「君と初めて出会った時に事を思い出すよ。ファリハイドで、確か君がまだ修道院にいた頃だ」


しばらく聞いてなかった故郷の名前に目を伏せる

人魔戦争の影響は素晴らしく、特に戦いが激しかったザウデ山だけでは事足りず

周辺の都市という都市は結界魔導器ごと跡形もなく消え去ったと後で聞いた。

あれから10年と少しが経とうとしているが未だに故郷“だった”場所に帰れずにいる。


「思い出話はこれくらいにしようか」

「……お気遣い結構。そんな軟じゃないから」

「その割には目の前の男を殺したくて殺したくて堪らなそうな目をするんだな」

「嘘は付けないたちでね。でも大丈夫。どんな手を使ったって

 貴方に傷どころか指一本触れさせてもらえない事くらいわかってる」

「懸命な判断だ」


雰囲気を変えるつもりだったのかアレクセイは肩をすくめて見せる。

おどけたつもりだろうが蛇に睨まれた蛙状態は変わらない。

私が彼に傷1つ付けられないのは戦闘経験の差がものを言うからだ。


でも逆はどうだ。

彼は何故私を生かし、手元から放して自由に踊らせるのか。

それはきっとギルド時代の仕事が彼にとって何かしらの功績を残しているのだと推測する。

私が世界中の魔道器やクレーネのエアル調整を行うことと彼の悪だくみが

見事に一致してWinWinの関係を作っているのだろう。


「(私を利用している間は彼は私を殺せない)」


生殺し。

そんな言葉がぴったりだと思った。


「(私は死ねない)」


そういえば、と彼はいった。

その続きを待つように視線をあげると、頬に一線の冷たい感触。

それが刃物だと気づくまで一秒とかからなかった。

咄嗟に間合いを取る様に身を引こうとするが彼の手が私を掴んでそれを阻止した。


「素晴らしい」


斬られた。

それも撫でるように優しく。

じわり。冷たさの後の熱に眉を顰める。

自分の血の香りにくらりと眩暈がした。

どうも好きになれない。

この血の匂いも、痛みも、目の前のこの男も。嫌い。


「(私を生きた人間扱いしてない)」


油断していたのもある。

けれども殺気も出さずに、切れるものか。


「……っ。いきなり何?」

「“仕事”はちゃんと怠けずにしているようだな」

「監視からの報告にもあったと思うけど」

「こちらの方が早い」


胸元に押し当てられる魔導器が印と呼応してじゅくじゅくと再生する皮膚。細胞。

熱い、と顔を歪め、その表情を見せまいと彼の手を振り払おうとするが敵わない。

必要以上に体内を循環するエアルに酔い、視界がほんの少しかすんだ。

まるで呪いのようだと思う。


「どうだね、このの魔導器とのリンク具合は」

「もう、最高」


人が世界各地を回って調整し、自分の体を媒体に循環させたエアルを使って

自発的に再生するように仕向けた。自家発電、と言えば聞こえはいい、が。

人の体を勝手にいじくりまわした結果がこれだ。

軽度の物ならものの数秒で治癒してしまう。

これは、呪いだ。


「……。傷が残ったらどうしてくれるの」

「責任を取ろう、なんて言えばいいのかな?」

「冗談」


道化。人でなし。心の奥で叫ぶ。

自ら作った赤い水たまりを満足げに指でなぞると、そこにたった今切ったであろう傷が

すっかりとなくなっているのを見て閣下は大変ご満悦のようだった。


「今後も君の活躍に期待しているよ。精進したまえ」

「………」

「ふ」


口元だけは柔らかく笑みをこぼし、それから部屋を後にした。

廊下で待つ憲兵に何かを指示したかと思えば憲兵の気配が遠のく。

心音が耳にうるさい。

一人になった部屋にその音だけが聞こえる。

生きている音を噛みしめて細く長く息を吐いた。


「(やべ、下町の事言いそびれちゃったや)」


顔を出すことだけで牽制になればいいけど。




はっきりとしない意識の中で思い浮かべたのは大切な約束の事だった。














お気軽にぽちり inserted by FC2 system