(ユーリ・シリーズ・年上ヒロイン)









 Janne Da Arc 面影










『おいで、


白昼夢のようにはっきりとしない浮き飛んだ世界で鈴を転がしたように声が鳴る。

大好きな人の声だ。

私はどんなに拗ねていても、いじけていても、彼の発するこの声に弱かった。

幼少期。

散々頑固だ、と手を焼かれた私も彼にだけは素直になれたし、

彼もまた私の事をまるで宝物のように扱い深い愛で包んでくれた。


『――』


腕を大きく広げて私を抱きとめる。

勢いよく飛びついたのによろけることのない体が私をしっかりと受け止める。

そうしていつものようにおでこにちゅ、と唇を乗せると顔を赤らめる私を

見下ろしながら彼はとても満足そうに目を細めて笑うのだ。


『(素敵な夢)』


目の前にいるのに。

思ったのはそんな事。

それを思わず口に出してしまった時には彼は酷く寂しそうに口元を引き締めた。


『私は、いつでも見てくれてるの、知ってるから』


だからそんな顔しないで。

大丈夫。

離れていても、感じられるから。

覚えているから。

わすれないから。


『ねぇ、だから』


だから。

だから。

だから。




――。




 +




「なんつー顔してんだよ」


一番に目に入った人物に戸惑うことなく投げかけえる。

立場が違えば切り殺されてしまうかもわからないこの状況下で

は言葉を選ばずにストレートに思ったことを口に出した。


完全に覚醒しきらない頭で今のこの状況を理解しようと視界を探る。

見覚えのない部屋。

見知った匂い。

窓。

夜。

飾り気のない家具。

月明り。

夜風が吹き込む。

目の前に座る騎士。

の、恰好をした人物。

シーツ。

カチャカチャという機械をいじる音。

止まる。

音。


「(今は、どっちなんだろう)」


男はの問いには答えず黙り込んだままで、言葉を探しているようにも見えた。


「私が寝てて寝れなかったろ。起こしてくれりゃあいいのに」

「起こして起きるような奴なら苦労しないって」

「(…。あ、レイヴンの方ね)」


見た目とは裏腹に軽い口調に拍子抜けする。

そして自分の知り親しんだ彼だと思い知らされると隙だらけの笑顔で言う。


「なら添い寝でもいいんだぜ?こんだけベッド広いんだから」

「阿保」


デコピンと一緒に一蹴する。

ジト目であしらわれることに慣れた様子のはふかふかベッドに背中から落ちる。

そうして白い天井を見上げながら記憶の糸をたどっていく。

下町に態度の悪い騎士がいて、腹が立って、閣下にご挨拶に行って、それで。

それで。


「あれー私どこで寝ちゃってた?」

「…ところ構わず寝落ちる癖を直したら?見つけたのが俺じゃなかったら牢屋行きだって」

「嘘?」

「……」

「はい、嘘ー。耳動いてる」

「お前さんってばホント」


誤魔化すように目をそらす男にしてやったりの


「(貴方の術で寝かされたわけね。魔導器の存在、気づかなかったな…)」


ここ数日とりつかれたように町の結界魔導器と語り合っていたから

寝ていなかったのは事実。

注意力が落ちているところ、強制的に寝かされたのだと納得した。

枕に顔をうずめて胸いっぱい吸い込む


「聞きたくないんだけどさ、何してるの」

「見てのとおりの事っす」

「すうっごく気になっちゃうんだけど!」

「……まぁ確かに私も自分の使ってる枕の匂い嗅がれるのは嫌かもな」

「そう思うならよしてくんない?」

「はあ安心するー」


言葉は冷たくあしらうくせに彼は相も変わらず傍にある椅子に腰を下ろし

何をするわけでもなくじっと見ている。

手持無沙汰になった手だけが組んだり、揺らしたり、随分と暇そうだ。


「ねぇ、聞いて」

「んー?」

「今ね、すっごくいい夢見てた」

「……」

「ちょっと興味持ってよ!…でも、何の夢だったかな」

「はあ」


盛大な溜息。


「私が気分いいってことは魔道器の夢か、食べ物か、最近だとせーねんかなあ?」

「…え、何々?浮いた話?」

「急に食いつくじゃーん」

「そりゃ気になるっしょ」

「ふふ。なんてことないよ。お世話になってる下町の宿屋のお隣さん?

 柄悪いけど、考え方は好きだなあ」


どんなやつだ、と明らかにしかめっ面をする男を尻目にしししと笑う

枕をぎゅっと抱きしめて気を集中させると自分の中に循環している

色々なものを感じることが出来た。睡眠の質はよい。お陰様で。


「最近は忙しいの?」

「まーそれなりに」

「流石ですわー」

「すーぐ茶化すんだから。で、お前さんはどうなわけよ」

「私ー?相変わらず閣下にこき使われまくりよう。さっきだって」

「…?」


勢いのまま吐き出してしまいそうな愚痴を何とか呑み込む。

斬られた、なんて、言えない。

危ない危ない。

はとっさに変わりの言葉を連想させ、誤魔化すように続ける。


「いやさ、魔導器があればこんな調整一瞬で終わるのになーって思うことはある」


気休め程度の回復や補助の魔術は使える。

はこの世界にごく一部しかいない「魔道器なし」でそれをこなせる人物だ。

エアルの流れを知り、捉え、自身の体内の物を融合させて放出する。

または、他者の魔道器や体内に循環するエアルに自身の物を呼応させることによって

本人の回復力を高めたり、能力を引き出したりすることができる。

法術、という表現をするのだと何かの文献で読んだ覚えがある。


「魔導器、か」

「取り上げられてんだから、仕方ないんだけどさ」

「……でも、不都合はなっしょ?」

「ないっちゃないけど、魔道器持ってた時の便利さを覚えてるからなあ」

「諦めな」


すっぱりと言い渡されて「わかってますよう。言っただけだっつの」と口をとがらせる。

両者譲ることのない少し長めの沈黙が流れて、が体を起こして男に手を伸ばす。

甘えるように。

求める。

その差し出された指先をじっと見返すのに、暇を持て余した男の両の手は

それを掴むことを躊躇っていた。


「ね」

「ん?」

「1調整させる、2一緒に寝るの中だとどれがいい?」

「……あのねえ、仮にも年頃の女の子が簡単に一緒に寝るとか言っちゃだめよ?」

「言う相手は選んでますよーだ。で?」

「………」


仏頂面で睨みつけてくる彼には主導権を握ったまま

「ちなみに3、両方も出来ちゃいます」と三本指を立てて見せた。


「……そう言いながらも、どっちもするまで休まない気でしょ」

「ご名答!」

「こんの頑固ちゃんめ」

「ほんっと、誰に似たのやら」


諦めた様にシーツの隙間に潜り込む(それでも遠慮してかいくらかの距離がある)男。

ご満悦なは、両の掌に意識を集中させると“心臓”があるであろう場所に触れる。

そして、目を閉じた。


「…いつも悪いね」


手を伸ばして届く距離からそんな言葉が投げ落とされる。

そんな言葉、言わなくたっていいのに。


「言いっこ無しだよ、兄さん」

「………」


きっと瞼の奥で彼は複雑そうな顔をしただろう。

不安定な関係だ。

体内に通う血は間違いなく同じものであるのに、なのに、あまりにも遠い。




手を伸ばせば届く二人は、変わりすぎてしまった。














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