(ユーリ・シリーズ・年上ヒロイン)









Janne Da Arc 6 朝靄









『―――』




知る人の少ない合言葉で目を覚ます。

合言葉と言っても、それは私にとってはあまりいい思い出のないもので、 条件反射的にたたき起こされる、という感覚に近い。

寝ぼけているのも相まって合言葉を言った相手を掴みかかろうとしてしまうのを 目の前の人物――先ほどまで共にしていたのに雰囲気が違う――は 手慣れた様にその腕をやんわりと避け、目を合わせた。


「起きたな」


第一声。その一言で昨夜共に過ごした人物と今は別人格なのだと気づき 芋づる式に周りのいろんな状況が見えてくる。


『シュヴァーン隊長、お休みのところ申し訳ありません』


はっきりとしない意識の中で聞こえてきた聞き馴染みのない声に はとっさに身を強張らせた。

兄は片手で静かにするように口を覆うと平然を装い扉の向こうに声を投げた。


「どうした」

『閣下がお呼びです』

「…わかった」


扉の奥の気配が遠のくとシュヴァーン隊長と呼ばれた男は長い髪をかき分けて目を細める。

朝、よりかはいくらか早い時間。

アレクセイに呼ばれて、という事はまた遠征になりしばらくこの部屋には戻らないのだろう。

そんな中、私がこの場所に残ったらどうだ。


「私、飛べるから大丈夫だよ」


声にしてみると思ったよりも掠れてしまっていた言葉。

それでも届くには十分だったようで、兄は私と同じ色の目で私を見つめる。


「エアルコントロールしてレビテーション出来るの知ってるでしょ?」

「…窓から行くつもりか?」

「この高さなら平気。だから私の事は気にしないで、兄さんは自分のことをして」

「………」


声は潜める。

兵士がいたという事は外は暗いながらも早朝であり、誰かの活動時間なのだろう。

隊の隊長であり、主席の部屋に連れ込まれたと噂が立てば彼の立場が怪しくなる。


「私、もう少しは下町にいる。その後は北周りで動くと思う」

「わかった」


それはまるで出かける前に親に行き先を言うようなものだった。

次、いつ会えるかわからない。

魔道器の気配はそばにあるのに、旅先で感じるそれは 私の監視という「仕事」になってしまう。

寂しくないといえば嘘になるが、それを出してしまうほど子どもでもない。


「兄さんの道行く先に光の加護がありますように」


ファーストエイドを置き土産に、は窓枠を蹴った。




 +




窓から飛び降り、寸前のところでレビテーションを使い着地をするつもりだった。

は上へ上へと過ぎ去る景色の途中で自分の調整した覚えのある魔導器の気配を感じ 一気にそちらへと高度を落とす。

ユーリの魔導器だ。

何故、こんなところに、とまで思考が巡り、そして一つの答えにたどり着いては顔を歪める。

城壁の鉄格子から見下ろすと寝そべる天を見上げていた彼とばっちり目があった。


「お前、なんでここに」

「ばーか、それはこっちのセリフだっての」


驚いた顔と引きつる顔同士がぶつかり合い、そしてにらめっこに負けたはため息をつく。


「(ユーリ、牢屋ときてこの状況…下町でなんかあったな)」


そこで、ふと思い出す。

そして、彼の前髪から覗く額が赤くはれているのを見つけ、は顔をしかめた。

嫌な予感が確信へと変わる。


「だからって頭突きする奴があるかよ」


鉄格子ごしに見える青年が「手と足は使ってないだろ」と屁理屈を言う。

こん畜生め。

本当にこいつはこんな状況においても相も変わらず口が減らないらしい。


「流石常連だけあって馴染んでんのな」

「ここまできて喚いたって仕方ないだろ?」

「よく分かっていらっしゃる。経験がおありかな?」

「おい」


面白くなくなったユーリが吠える姿にはくつくつとかみ殺すように笑う。

冗談を言い合える、付き合いは短いが気が合うのだろう。

勘のいい男だと思う。


「迷惑かけたな」

「あ?」

「キュモールの奴、やっぱり来たってことだろ」

「誰も迷惑だなんて思っちゃねーよ。税金の取り立てって言うそれっぽい名目で来てたしな」

「私がお偉いさんと話してると知って、か」

「それだけでもないんじゃないか?でも、それをアンタが気にすることじゃないだろ」

「……」


城壁の一部に足をかけ、考え込む。

ま、俺が改めて釘差しといたから、なんて茶化して言うものだから急に毒気を抜かれてしまう。

それでも何か言いたげな私を見て、ユーリは不敵な笑みで笑う。


「はは、お前ってさ」

「なに」

「いんや、どっかの誰かさんは思ってた以上に情が深いようで」

「……」


言葉が喉でつかえた。

相手のペースにならないように絞り出したのは相変わらずの憎まれ口。


「もしそうだとしたらこの町に感化されたんじゃない?」

「お、なら下町の連中も大歓迎だろうぜ」

「ご期待に沿えず申し訳ないけど、全世界のファンの皆が私の到着をお待ちなんだなあ」

「そりゃあ残念。ハンクスのじいさんが寂しがるだろうな」


そろそろ踏ん張っている足が疲れてきた。

よいしょ、とは足場の位置を変えると、目線を目下の青年から外して やや右方向へと見やる。人の気配。そろそろ見回り兵が来るのかもしれない。

その視線で私の心を読み取ったのかユーリは目を合わせて肩をすくめてみせる。


「もう行くよ」

「おう。アンタには色々聞きたいことがあるからな、下町で待ってろよ」

「約束できないなあ」

「おい」

「ま、ごゆっくり」


彼が何か言う前に壁を蹴って地面の方に飛び降りた。

やっぱり、一か所に長居するべきではないな、とは胸に刻んだ。




「(共にいた時間が長ければ長いほど、別れが辛くなる)」




ほう、と息を吐きだすと、朝靄の中に溶けて消えていってしまった。














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