(ユーリ・シリーズ・年上ヒロイン)









 Janne Da Arc 6 旅立









「ただいま、ラピード」


宿屋の2階に上がると、廊下では前足をまくらにしてリラックスモードのラピードが待ち構えていた。

まるで主人の帰りを待つように当然のように待つその姿に、今もなお牢屋の中であろう主人の顔を浮かべ、イリアは肩をすくめる。


「ユーリじゃなくてごめんな」

「わふ」

「ふふ、私におかえりって言ってくれてるの?」

「ワンッ!」

「さんきゅ。ただいま」


目線を合わせるようにしゃがむと、ちょっとだけ気を許してくれたのか頭を撫でさせてくれた。


(ただいま、なんて久しぶりだ)


開きかけた唇をキュ、と結ぶと怪訝そうに見てくるラピードに微笑み誤魔化す。


「何でもないよ。さてと、ちょっくら体でも動かすかなー」


結界の中は魔物がおらずに平和だが体がなまって仕方がない。

女の一人旅、魔物だけでなく山賊や輩など物騒なことも多い。

自分の身は自分で守らないといけない。


これからまた旅がはじまるなら、感覚を取り戻さなければ。


「え……ラピードも行くの?結界の外だよ?」

「ワン!」

「じゃあ手ほどき頂こうかな。私、接近戦は苦手なんだ」

「ワンワンッ!」


まるでついていく事が当たり前のような素振りで横を歩くユーリの相棒。

主人に見張ってるように仕込まれてないでしょうね、なんて言葉は心の中で溶けて消えた。









「ほら、この前の酒代」


そう言ってイリアはカウンターに立った今仕留めてきたばかりのウルフをドスンと置く。

毛皮や爪、牙は装飾品に、肉は牛や豚ほどではないがちゃんとした食料になる。

ついでに、といって、薬草や木の実を適当に積んだ麻袋をハンクスの手に握らせる。

素人目でもわかる、どれも結界の外でしか手に入らないものだ。



帝都付近の平原で適当に手合わせしながら体をほぐすつもりだった。

しかし、お互い実践向きだったこともあってか途中から魔物狩りへとシフトチェンジしていった。

いつもは前線に出るラピードも、ともに組む相手が違えば隊列や作戦も勝手に変えるようで攻撃力のないイリアのやりやすいようにサポートに徹してくれていた。

なんて優秀な相棒なんだ。

そんな連携ばかりに気に取られていると、ストックだけでなくお土産までできてしまう始末。


「これは驚いた」

「相場がよく分かんなくって。足りなかったらまた狩ってくるから言って。

 余ったら……そこはなんか後は任せるわ。適当に配ってもいいし、売ってもいいし」

「イリア、これはどれも結界の外で捕ったものだろう」

「うん、鍛錬ついでにちょいとね」

「ちょいとねって」


驚く反応からしてここ数日分の酒代にはなったらしい。

慈善活動でお金を取らないのはギルド時代の名残のようなもので、イリアはお金に困るとこうやって魔物の毛皮や薬草を売って足しにしていた。


「そういやお前さんは結界の外から来たんだったな」

「実はそうなの。もうこの町に馴染みすぎちゃってやばいよね」


この町の住人に溶け込みすぎじゃんね。

へらり、という。

ハンクスは肩透かしでも食らったか時のようにため息をつき、それから「何か飲むかい」と聞いた。


「んーじゃあ珈琲で」

「おや、珍しいこともあるもんだ」

「ひどーい。毎日飲んでるみたいな言い草。今日はエマと会う用事があるから飲まないの」

「“別れの挨拶”か?」

「……。あれ、私、今日旅立つって話したっけ?」

「今日とは急だな」

「おっと、誘導尋問か」


やられたーと言いながらほかほかのカップを受け取り、小首をかしげる。

ハンクスはまるでお見通しだといわんばかりに得意げだ。

言い当てられた後もイリアは特に戸惑った様子もなくいつも通り口元に笑みを浮かべていた。


「今までツケだのなんだの言ってた奴が借りでも返すようにこれだ。わかるさ」

「ただの気まぐれだって」

「またそんなことを。借りのままには出来ん性格だろうに」

「はは、私を誤解してるってば」


この町に来て半月。

流石帝都だけあって4つの結界魔導器の調整には時間がかかったが、それさえ終わればここに居座る理由はない。

次の街に行かなくては。

北のハルルはそろそろ効力が薄れるころだ。

うかうかはしてられない。


「ユーリに挨拶はいいのか」


ハンクスのその言葉にイリアはぱちりと瞬きをする。


「は、なんでユーリ」

「なんだかんだ馬が合ってただろ」

「まー考え方は割と好きだったなあ。信念もってるっつうか」

「ユーリの奴。黙って行ったら、追いかけて一発殴らないと気が済まないだろうな」

「ははっ、それは怖い」


牢屋から出てくる前にさっさと出ていかなきゃ。

あくまではぐらかす。ちぐはぐにして、情を残さないように。


「でもね、やっぱり今日行くよ。長居すればするほど別れがつらくなるしね。

 思い立ったが吉日。私も一度決めたら曲げない。結構頑固なんだ」


ご馳走様、と手を重ねて祈る。

感謝を込めて。いつもより少し長めに。


「またね、ハンクスさん。お世話になりました」

「またいつでも来い。宿のおかみさんにはいつでも部屋空けてもらえるように話しておこう」

「そんなすぐは戻れないって」


どんだけ寂しいんだよ、と笑って見せたが、ハンクスの表情だけは見れなかった。














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