(ユーリ・シリーズ・年上ヒロイン)









 Janne Da Arc 7 障壁









腐ってもギルドの端くれ。

ギルドの掟や定めというものは根っこに染み付いてしまっているようで、それに背くようなことはいくら酒に酔っていても気が狂っていても決してない。

言いきってしまえるあたり、人生の半分以上をギルド員として生きてる哀しい性というかなんというか。



帝国に数日前までいた(なんなら閣下とも面会している)私が言うのもなんだが、帝国兵は苦手だ。

相容れないとまでは思わないが、主としている者、信仰が全く違う。

例えるなら別の文化。

向こうがギルドに対して快い印象を持ってないだけあって、こちら側もそうだ。

酒屋を覗けば酒に入り浸るギルド員と治安を取り締まる帝国兵が乱闘になる現場なんて何度も見てきた。

腐っても、私はギルドオルレアンの乙女―ジャンヌダルク―のギルド側の人間だ。

かといって、ギルドの街ダングレストにもう長いこと返っていない私に居場所があるのかも甚だ怪しいが。




「あれもうそんな季節っけ?」


デイドン砦の門の警備の数に眉をしかめる。

右を見ても前を見ても左を見ても帝国兵。

この数は、砦の奥に集団で住むという魔物の侵入を恐れて配置されるものだ。

頭の中で暦を数えなおしてみても“その時期”に入るにはいくらか早いはず。

ある仮説が生まれる。


「(やっぱ狂ってきてるな。あんだけ好き放題人工魔導器使い続けていたらズレくらい生じて当然、か)」


異常気象、魔物の凶暴化。

もうお構いなしだな、とは盛大にため息をついた。


「(いくら私が調整していったって、そんなもん間に合わねーぞ…。本当、わかってんのかねえ)」


目を細めて唇に触れる。

兄は考え込むとき顎をさする癖があるが、自分は唇を触れていると考えがまとまる。

解答のない悩みに諦めという終止符を打った頃、頭の上から聞き覚えのある声が降ってきた。


「貴方もハルルに行きたいの?暫くは諦めた方がいいわね、何言ったって開けてくれないから」

「カウフマン」

「久しいじゃない。変わりなさそうね」

「おたくもね」


肩にかかった長い赤髪をさらりとはらうと、やれやれと息を吐く。


「急いでるんだけど。っていってもここにいる奴等みんな一緒か」

「そうね。平原の主が出たそうよ。それで旅人も、商人も、みんなこんな感じ」

「平原の主…ブルータル、ね」


そんじょそこらの魔物とは格が違う。

魔導器のない今の自分では真正面からタイマン張ってどうなるかなんて目に見えている。

しかも奴らは群れで活動する節があるので、数の暴力とはよく言ったもので、私一人では到底太刀打ちできないだろう。

しかし。


「(これはハルルがいよいよ心配になってきた)」


盛大にため息をついて首の後ろをガシガシと掻く。

ハルルに向かうにはこの道を北上するのが一番の近道。

他の道もなくは、ない。


「こっちも困ってんのよ」


思考を遮るように言う。

こういう時彼女の交渉術は見事だと思わざるおえない。

相手の懐にすっと入り込み、誘導する。

口がうまいのだ。


「へぇ、私にどうしろって言うの」

「話が早くて助かるわ。ちょっとお仕事しない?腕が立つ人集めてるのよね」

「討伐、ねえ」

「機動力そげればそれでいいわ」

「死人は出るだろーな」


確信めいた言葉を突きつければカウフマンは口をつぐんだ。


「つってもま、この状況、誰かが何かを起こさねーとって話か」

「前代未聞よ。この時期に、ましてやギガントが湧くなんて」

「…。」

「協力してくれない?」


困ってる者に救いの手を。

罪深きものに慈愛の心を。

神だのなんだのを崇めてはいないが、宗教チックだといわれてしまえばぐうの音も出ないギルドだ。

彼女の気持ちも汲めなくはない。


「協力はする」

「有難う」

「でも、討伐には手を貸さない。死にたくはないしね」

「はあ?……何か考えでもあるの?」

「まあね。そうしないと私もここを通してもらえなさそうだし」


でも後は知らないから各々で勝手にしろって感じ。

はそれだけ言うと「じゃあ、ま、それまで休むわ」とだけ言い残して仮眠のために丘を下っていく。

残されたカウフマンは本日何度目かの盛大な溜息をつき、くるりと踵を返した。




テントを張っただけの仮眠室。

腕を枕にして目を瞑っていたが、もう何年も深い眠りというのは経験していない。

あ、嘘ついた。

慣れ親しんだ家族の匂いと温かさの中で過ごしたあの時だけは短かったものの深かった。

瞼の裏に焼き付いた色や光景と現実との境目をうつらうつらと漂いながら、深いところまで引きずり込まれるまでじっと耐える。


『――』


今は無き故郷の事。

生れた時に死別した母の事。

結局最後まで向き合えなかった父の事。

いつまでも優しかった兄の事。

私を救い出してくれた恩師の事。

私の目に光をくれたあの方の事。

出会い。

別れ。

光景。

一片。

夢。

現実。

引き寄せられて。

攫われて。

また打ち寄せられて。

取り残される。

いっそ。

溺れてしまって。

息も。

つけなく、なる、くらい。

深く。

深く。

沈んで。

しまえたら。

よかったのに。









「あの調子じゃ、魚しか住めない町になっちまうな」


2階の窓から町を見下ろしながらユーリは言った。

下町の中央広場にある水道魔導器がまた壊れたらしい。

前回はハンクスじいさんが町の全員に声を掛けて金を工面して何とか修理をしたにもかかわらずこの調子だ。


2階から飛び降りて、やれやれと様子を見に行くと、町の男たちを中心に噴水からあふれ出る水を全身水浸しになることなんて構わずにせき止めようと土嚢を作っていた。


「なんだ?どでかい宝物でも沈んでんのか?」

「ああ、でもユーリには分けてやんねえよ。来んの遅かったから」

「世知辛いねえ」


溢れ出る水は止まることを知らず、こうして男たちが体を張って食い止めているが大した時間稼ぎにならないのは明らかだった。


「ユーリめ!ようやく顔を出しおったか」

「じいさん、水遊びはほどほどにしとけ。もう若くねえんだから」

「その水遊びをこれからお前さんもするんじゃよ」

「げっ」


渋い顔をしながら作業の手助けをするユーリ。

修理に関してだけ言えば、金を工面して帝国直属の魔導士にも依頼を掛けたはずだ。

ハンクスは大切な形見まで売って金を用意したと聞く。

もし、魔導士の手抜き修理が原因なのであれば。

ここでこんなことしてはいられない。


(………)


腑に落ちない気持ちのまま、あの晩が調節していた魔導器を見やる。

あの晩の事を思い返すようにゆっくりと。

そして、ある異変に気が付いた。


「じいさん、魔核見なかったか?魔導器の真ん中で光る奴」

「ん?さあのう?…ないのか?」

「ああ。魔核がなけりゃあ、魔導器は動かないってのにな」

「最後にこれに触ったのは……」




『 うん、やっぱり見込んだ通りだ 』




あの時の夜の会話が思い返される。

聞きたいことが山ほどある。

下町で待ってろと言ったのに、俺が釈放された時にはすでに彼女が帝都を旅立った後だった。

あれから、あっという間に月日が立ったが、いまでも時折彼女の事を思い出す。


か」

「アイツがコソ泥みたいなことする訳ねーだろ」

「分かっておる。じゃが、タイミングがよすぎる」


下町の中にが犯人であると疑う者はいない。

しかし、犯人を作るのであれば今ここにいない者にするのが手っ取り早い。


「……。わり、用事思い出した」


ユーリは帝都の更に中心部の方へと歩みを進める。

背中でハンクスの声が投げられたが聞こえないふりをした。














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