(2019.08.05)









 Janne Da Arc 8.儀式









夜が鳴る。

鳥たちの声だ。

低く、低く、闇に溶けるように消えていった。


(ちっとも寝れなかったや。まぁ、支障はないか)


鈍い頭を冷やすように夜の空気を肺いっぱいに吸い込み、吐き出す。

眠るのは苦手だ。

瞼の裏側の世界に未だに手が震え汗が止まらなくなる。


(ちょっくら、相手するか)


立ち上がりぐぐぐ、と伸びをするとぽきぽきと節々から音が鳴った。

は徐々に反対側の空から朝がやってこようとしているのを確認すると、静かに、静かに門へと近づく。


平原の主というのはその巨体を体当たりすることで攻撃する。

牙が最も危険で、それを引っかけたものなら肉ごと、骨ごと持って行かれる。

そんな奴らとタイマン張ろうなんて、バカげてる。

勿論カウフマンも無暗に雇った相手を死なせることなんてしないはずなのでそれなりの策はとるだろう。

だとしても、だ。


(人も魔物も、実力行使って。お互い様なんだけどな)


胸に手を当て、目を閉じて瞑想すると周囲にある魔導器の気配を感じることが出来る。


(――!?)


そして、自分の間合いに気づかなかった魔導器の気配が背後に一つ。

警戒心からぱっと身構え、相手を睨みつける。


「ちょ…と。人の後ろに立たないでくれる?」

「久しいな」

「…英雄にお見知りおき頂けているなんて光栄だわ、デューク」


相変わらず美しいこった。

ったく、こんな早朝からまさかの人物に首の裏をガシガシと掻くと、彼は相変わらずの涼しげな表情でちらりと自分を見やる。

ったく、どうやったらそんな綺麗で癖のない白髪になるんだよ。

ユーリ・ローウェルと言い、英雄様と言い、どのトリートメントを使っているのか教えて頂きたいところだ。


「どこぞで息絶えていたかと思っていたが」

「案外丈夫に作られてるみたいでね、女の一人旅でもよゆーなんすわ」

「…。身に余る力だ」

「あら怖い」


流石デューク。

何もかもお見通しなのね、とは投げやりに息を吐いた。

あの人魔戦争の終止符を打った英雄だけはある。

当時隣にいた存在の気配を感じて、揺するように言うものだから、は誤魔化すように目をそらし砦の奥の魔物たちを見やった。


「どうするつもりだ」

「別になんてことない。ちょっと適切なところまでエアルの量を調整するだけさ」

「…」

「ここは結界魔導器もなければ、あいつ等の異常行動も目に余る。これがエアルの乱れによるものであるのであれば私の出番。“とんとん”ならだれも文句は言わないだろ」

「エアルの乱れは魔物の乱れ、だがそのエアルを乱しているのはまた人」

「そ、自業自得なの。人、魔物ってお互い大きく区分すればね。だから誰しもが私利私欲で生きちゃダメなんだよ。…でも咎めたり裁いたりするのは私の役目じゃない」


背負っていた仕込み杖をしゅんしゅんと振り回し手に馴染ませると目の前で突き立てる。

額にこつんと合わせるのは杖の先端にある突起部分。

ギルド特有の特殊な紋が加工されている箇所。

祈るように、自身の中で巡るものを増幅させる。



本来であればその位置に自身の魔導器があったというのに、10年も前からそこは空っぽ状態で、閣下の手元にある事をは身を持って知っている。

魔導器さえあればこんなの一瞬で終わる。

兄に言った言葉は嘘ではないが、本心でもなかった。


(本当は魔導器なんて無くなってしまえばいいとさえ思う。けど――)


それを言ってしまうと、私は大好きなものを否定しなくてはいけなくなる。

魔導器が必要な兄。

生きていくうえで必要不可欠な、モノ。

使い方を誤ればエアルは乱れ、魔物は凶暴化し、さらには世界を震わせるほどの災厄をもたらすという、モノ。

光りが増す。

目が眩むほどに。

眩さの中脳裏にちらつく幼き頃の兄の面影。

いつも背中を追いかけていた。

大好きな兄。

声も匂いも、当時の風景まで目を瞑っていても鮮明に思い出される。

ため息とともに朝焼け空に吐き出した。









「損な役回りだな」


正常値まで整えたおかげでいくらか肺に吸い込む空気の質がよくなったように感じる。

人間である自分が感じるくらいでも、繊細な魔物はこういった変動に敏感だ。

おそらく少しの間はこの場所に魔物が集ることも、牙をむくことも少なくなるだろう。

所詮時間稼ぎ。

本来結界魔導器の中から飛び出し魔物の生息地まで脅かしている人間ばかりが優勢なことは出来ない。


「それ、貴方が言う?…ま、私は所詮、新しい祖が生まれるまでのつなぎだからね」

「始祖の隷長か」


調整したエアルにお釣りがでた。

これなら砦を抜けて真っすぐ突き進めば今日中にはハルルの街へと到着できるだろう。


「そゆこと。私が生きている間にってのが本望なんだけどね」


そう言って振り返ると、いつの間にか英雄様の姿は消えており、面を食らう。

音もなく、別れの言葉も何もなく。

本当に本心が読めないやつだと苦笑する。


『身に余る力だ』


そんなの。


(自分が一番わかってるっつの、バーカ)


は兄を想起させるような頭を掻く仕草を一つすると、デイドン砦をひょい、と飛び降りた。




 +



目的の地、ハルルにはすぐに到着した。

想像よりもひどい現状を目の当たりにしてぐっと眉根を寄せる。

帝都ほど…とまではいかないが、ここハルルにも巨大な結界魔導器があるというのに、一般人が見てもわかるほどに機能されていなかった。

街中には本来結界のせいで弾かれてしまう魔物たちがやすやすと屯しており、町の人々は恐怖から室内に立ち籠り一歩も出てこない。

町中から威勢のいい掛け声と魔物の声が聞こえる事から想像するに、帝国兵たちが粗方町に侵入した魔物たちを対峙してまわっているのだろう。


「ちょ、邪魔!」


思慮を遮るように襲い掛かってきたウルフを杖で薙ぎ払う。

そんな街人ではない存在に気付いた金髪の兵が剣を装備したままの状態で駆け寄ってきた。


「ここは危険だ。安全なところに避難した方がいい」

「ご忠告有難う。護身の心得はあるからご心配なく。…町長はどちらかご存じ?」

「あぁ、それならきっとあの建物に…」

「どーも」


背中で「おい、君!」と叫ぶがが大した反応を返さずにいると諦めて魔物の討伐の方に戻ったようだった。

向かったのは建物の二階。

町長が住む部屋だろう。

2階のノックをすると鍵が開く音がして中から覗く小さな影。


「オルレアンの乙女のよ。町長様に面会希望なんだけど」

「は、はい…。中へ」


中に一歩踏み入れると、魔物の脅威に震えるように身を寄せる人の姿があった。

魔物の声が上がる度に肩にぎゅっと力を入れて怯えるような姿に顔を顰める。

中には怪我人もいるようだ。

は、町長が来るまでの待ち時間に怪我人たちの手当にあたった。


… ピクシーサークル …


短い詠唱と共に人たち全員を包み込むほどの治癒術に安堵の表情を向ける人は多かった。

突然の治癒術に驚く姿があまりないのは、この町にはよく訪れていたからというのが大きい。

中からは「さん有難う」とお礼の言葉も上がった。


「おぉ、来てくださいましたか」

「…遅くなってすまない。現在の状況は?」


状況が状況だけに答えを急ぐ

それを悟った町長は「結界魔導器の力が弱くなっていたこと」「魔物が侵入してきたこと」「討伐した後の魔物の血液が毒となり、ハルルの木が枯れてしまった事」を話してくれた。

となると、まずは解毒するための「パナシーアボトル」をどこからか調達することがすべての解決になるが、こう魔物がいてはまた新たな毒がハルルを枯らす原因になってしまう。

は頭の中で簡単な段取りを汲むと「わかった」と言い、まずは第一段階として、と前置きをして提案する。


「応急処置だけど私が結界魔導器代わりになる。そうしたら魔物はいったん弾かれるから毒でこれ以上ハルルが影響受けることはないはず」

「人柱になると…危険ですぞ」

「職業柄2、3日は飲まず食わずのノン睡眠でも平気なんだ。でも、もって1週間かな…それで事態が収束してくれるといいけど」


事が決まれば実行するのみ。

はふうっと息を整えると、本日二度目の「儀式」をする為にハルルの大樹の麓へと足を運んだ。














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