(2019.08.07)









 Janne Da Arc 9 少年









夜が来て、朝が来て、太陽が過ぎ去ってまた夜が来た。

何度もそのループをハルルの木の麓で見ていたが、魔物の姿は消えれどハルルが再び芽吹くことはなかった。

いつのまにか帝国兵たちは(どうやら巡礼というのの最中だったらしい)魔物が姿を消すと、次の街へと向かって動き始めた様子で、町の人たちも何とか生活はしているものの完全に不安の種が取り除けているわけではなかった。


(やっぱ、パナシーアボトルか。町長曰く町では入手出来ないってのが難儀だな)


以前通ったデイドン砦でまた何か起きているのか、商人の出入りが少なくなっているらしいことを小耳に挟んだ。

突き立てた杖の前で胡坐をかくように座り、集中しているといろいろな感覚が研ぎ澄まされてくる。

空腹も睡眠欲も一定を超えてしまうと逆に感じなくなってしまうから、この感覚は所謂いい意味で、無我の境地、悪い意味で死に際ってやつだと自嘲する。


「あの、えっと…お姉さんお腹すかないの?」


太陽が真上に上っているから丁度昼時だろう。

閉じていた眼を開けると真横には恐る恐るといった風な少年の姿があった。


「あら今日は。見かけない顔ね、少年」

「少年じゃないよ。僕はカロル。それよりお姉さん、ずっと食べてないけどそのままだと死んじゃうよ」


カロルと名乗る少年はそう言って町で買ってきたのだろうサンドイッチを差し出してくれた。

それを力のない微笑でやんわりと断る。


「それ、君が買ったんでしょ。硬くなる前にお食べ」

「こ、これ…お姉さんにあげるよ。一昨日からずっとここにいるじゃない」

「お、めっちゃ視線感じると思ったら君のだったのか」


そう言うと少年はびくっと肩を震わせるから、それは図星だったようだ。

目を泳がせる彼は本当に表情が豊かで、歳は12か13かそんなところだろう。

体に不釣り合いなほどの大きなカバンからは魔導器の気配がすることから、こう見えて彼も戦えるのだろう。


「儀式中は飲食厳禁なんだ。それは少年がお食べなさいな」

「…お姉さんいったい何者なの?」

「ん?オルレアンの乙女って言っても少年の年だと知らないかもなあ」

「ジャンヌダルク!?…え、嘘…ほ、本物?」

「お、少年ギルドマニアか何か?」


アレクセイ閣下にも皮肉のように話したことがあるが、あの10年前の人魔戦争の被害で前線に出ていたギルド員はほぼ全滅した。

名前だけのギルドと言っても過言ではないというのに、自分の半分ほどの年齢の彼がまさか知っているなんて。


「ぼ、僕だって一応魔狩りの剣の一員なんだぞ!」

「魔狩りの剣…」


そのギルド名には聞き覚えがある。

魔物は悪であり、その悪を退治することを目的に作られたギルドだ。


(あぁ、確か独特な武器を持つ連中が帝国兵以外にもいた気がする。あいつらがそうか…)


そんな“魔狩りの剣”は用心棒や、傭兵として雇われることが多く、腕に覚えがある連中が揃う。

魔物が「悪」か、という物議に関しては、オルレアンの乙女に所属しているという立場上全肯定出来ないが、魔物相手に戦えるのであれば、この際何でも有りだ。

この場所を離れられない今、パナシーアボトルを探してきてもらうにはもってこいではないか?


「ふーん。じゃ、その若さでギルド員のカロル君にちょっとお願いしちゃおうかな」

「へっ!…お願い?」


自分がにやりと含み笑いをしたことに何かを感じたのか、カロルはびくりと肩を震わせてきょどる。

高度な術式を展開しながらはこの町のシンボルでもある枯れ果てた姿の大樹を見上げながらほう、と息を吐く。


「パナシーアボトルを早急に入手してくること」

「…パナシーアボトルって確かこの町では取り扱いがなかったような」

「そ。デイドン砦で商人たちが足止め食らってんのかもね。最近ギガントが騒がしいから」

「じゃあ…。あ!でも、そっか…あの方法なら」

「何かひらめいたようで何より。でもゆっとくけどそんな悠長な時間ないからね」

「え?」

「期限は――私が死ぬまで。はい、よーいドン!」


にへらと力なく笑うとカロルの顔が一瞬で青ざめた。

少なくとも一昨日から何も食べていない。

儀式中は飲食厳禁。

無睡眠。

一人でこの町の結界魔導器の代わりを担っている。

それらの条件がすべて揃った上で緊張が走らないわけがない。


(少年、戻ってきて私が倒れてたら気に病むだろうな…)


それからあっという間に小さくなった小さな後姿を目に焼き付けて、集中するために再び長い祈祷を始めた。


(戻ってくるまで、生きる)


カロルが約束通りパナシーアボトルを入手し、共に見知った顔ぶれを連れてくるまで、あと半日。














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