(2019.10.30)(過去Web拍手掲載夢)








 代弁









はじめに教わったのはこの世界の理だとか始祖の隷長様の事だとかまさに座学といったもの。

眠くなる内容ばかりだったと同じ修道院出身の同期たちは口をそろえていったが、私はそのどれもが新鮮で興味深かった。

その分自分には目の不自由な幼少期がハンデキャップとなり、人一倍体術や護身術の習得に後れを取った。

走っても、受け身をしても、武器を構えても、到底教祖様になんて敵いやしないし、それどころか同期たちから見ても、火を見るより明らかなほど力の差が生まれていた。


『 お前が死んだら、誰が仲間を守る。人を守る 』


死んではいけないのだ。

それはある意味バランスを保つものだから。

人間たちが過度な魔導器な利用をしないように調節し、見守りながら。

同じ人間という立場からエアルクレーネのエアルを調節し、潤滑にしたマナを始祖の隷長に捧げる。

人が豊かに暮らすため。

それがギルド「オルレアンの乙女」の役割であり使命だった。

…だが、そんな時人魔戦争は始まった。


(それが、まさか私だけが残るなんて)


ギルド内にも優秀な治癒術師、魔術師、調律師、数多くいたというのに。

何故私だけが残ったのだろうとこの頃ふと思う。


(死ねない、死にたい、消えたい、でも)


私が死んだら、先に逝った仲間たち、それから兄さんは何と言うだろうか。

全てを投げ出してしまって、後に残る者たちはどうなる。


答えは出ぬまま、ぬるま湯に浸かっているような10年が過ぎた。




 +




「逃げてばっかりじゃあ拉致あかねぇぞ!」


― 戦迅狼破 ―


衝撃波が飛ぶ。

それを「ムキになっちゃって」なんて内心吐き捨てながら無駄のない動きで紙一重で避ける。

体勢を立て直そうとしたところに畳みかけるように鞘に収められたままの愛剣の連撃が飛び交い、はその全てを杖でいなした。

時間をかければかける程調子づいてくる戦闘狂のユーリは手合わせ?と疑問に思わせるほど加減や容赦はない。

はじめこそ「女相手に本気出すかよ」なんて減らず口を叩いていたが、はじめて見るとこれだ。

法螺吹き野郎め。


(こいつ…帝国兵出身の割には型がはまってないから厄介なんだよな)


そんじょそこらの兵とは何かしら武器を交えることがあったからそれなりにパターンのようなものは知っているつもりだった。

フレンと共に行動する時は、それをしっかり磨き上げているといった感じだからこそ背中を合わせた時負担がない。

しかし彼はどうだ。

定型、という言葉が似合わない彼の剣捌きはまるで彼の生き方を表しているよう。


(なんだか、いらいらする)


まるで自分とは正反対だ。

一見自由奔放にお気楽に暮らしているように見せてはいても、心のどこかはいつまでもあの時のまま。

すっぽり空いてしまった穴が埋まらないまま10年が経ってしまった。

その空虚な心に彼の生き方が刺さるようだ。

は表情には出さずにふっと息を吐きだすと杖を握る手に力を入れる。


「脇、がら空きよ」

「なっ…!」


一瞬の隙をついて杖の先端を突き出すと、の言う通りガードが甘い部分だったのか直撃…とはいかなかったがバランスを崩すには十分だった。

きっと彼の身のこなしの軽さであればひょいっと片手で体勢を整えるだろう、という読み通りだったことににやりと口角をあげ、そのまま足払いをかけ、頭上目掛けて振り下ろした。

ぶん、という空を切る音と共にユーリの目の前に杖の装飾部分が付きつけられる。


「ほい、私の勝ち」

「逃げるばっかで卑怯なんじゃねーの?」

「それも戦術の内ってね。んじゃま、食事当番よろしくー」


緩んでしまった簪をひゅっと抜くと背中に亜麻色の髪がおりた。

それを背に払うと手をひらひらさせては涼しげに笑った。

いつもなら、このまま不貞腐れた彼をおいて気分転換に町にでも繰り出すか宿で一足先に酒瓶を開けるところだったというのに。

にとってのいつもを、静止するものがあった。

腕を引き留められて振り返る。


「かかってこいよ、真正面からちゃんと」

「はっ、負け犬の遠吠え?ちょっとお兄さん、勝負はついたと思うけど」

「今までのはウォーミングアップ」

「…付き合ってらんないわ。勝手にしなよ」

「――何をそんなに怯えてるんだ?」


ぴた、との動きが止まる。

間違いなく今の彼女の眼は今までにないほど鋭かった。


「来いよ。“聞いて”やるから」


そこまで言われて彼の行動の真意を知る。

自身釈然としない毎日に焦燥感や苛立ちを感じていたことに察しのいい彼はどことなく気付いたのだろう。

それこそ、癪だ。

彼の想定通りになるのが。

これも癪だ。

自分がそれを救いだと感じてしまっているのは。


「後悔させてやるよ!」

「上等!来ねぇならこっちから行くぞ!」


キン、と金属通しが弾けあう音が草原に再び響きだした。

多くは語る必要はないだろう。

今はただ、生きてるという実感だけが欲しかった。









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