(2020.4.22)(Web拍手掲載分)
花見で一杯
「ちょっとー、私のは?」
遅れてやってきた兄に文句でも言うようには口を尖らせた。
ハルルの木の花は見事に膨らみ町中全体を包み込むように甘い香りを漂わせている。
花見をするにはもってこいのこの場所には魔導器の動作確認と銘打って早朝から座って見上げてはひらひらと舞い落ちる花びらを見て楽しんでいた。
「これは俺様のなの。お子様にはジュースで十分」
「…今年25になる奴にもお子様扱いしてくれるんだ?」
「十分ガキだわよ」
酒の入ったグラスを持ったままこつんと小突くレイヴンに更に顔を顰める。
この人はいつまで経っても自分を幼少期時代の私と重ねて物を言うきらいがある。
目が不自由で、一人では決して生きることが出来なかった自分。
外の世界に憧れて、どんな些細なことでも知りたがった。
しかし今はどうだろう。
行きたいところに行ける。
したい事をしたい時に出来る。
数限りある選択肢の中から選ぶのではなく、自分で好きなものを選択できるという違いは大きい。
今もこうして仲間たちが眠っている隙をついて朝日が降りそそぐ中花見観賞を決め込んでいるが、それを叱るものも咎める者もいない。
ある程度責任は伴うが、そのツケを支払うのも自分自身。
ギルドの生き方ってのは本当に性に合ってるよなぁと我ながら思う。
「しゃあねぇな、半分こで手を打ってやるよ」
「ちょっとさーん?俺様になーんのメリットもないんだけど」
「絶世の美女を貸し切り状態で花見が出来るんだからお釣りがくるくらいでしょ」
「あーはいはい。もうそれでいいわぁ」
「こらてめぇ」
言葉だけは喧嘩口調のそれも、言い回しは穏やかだった。
適当に腰を下ろして二人で花を見上げる。
会話が無くなって口が寂しくなったところでレイヴンが持ってきたグラスに口を付けると、そこに誘われたように花弁が一枚、舞い落ちてきた。
ふ、と口元に笑みを浮かべる。
(だーれが、俺様の酒だってー?)
味の好みは間違いなく自分に寄せられたもの。
にやりと隣を見ると、瞬き一つを返した兄がふと視線を逸らし、花弁ごと酒をぐっと煽っていた。
(拍手ありがとうございました)