(ユーリ・シリーズ・年上ヒロイン)









 Janne Da Arc 我慢比べ










さて、どうするものか、と顎をさするレイヴン。



視線の先には最愛の妹の姿。

どうにかこうにか理由をこじつけて妹と行動を共にすることまでは成功したが、

“兄妹”という事を明かしていない今、あくまでギルドの縁だけでしか関われないのも事実。


「(ほらまーた、悪い癖出てる)」


兄の目は誤魔化せない。

しかし、兄としていつもでも彼女の身を案じてばかりはいられない。

こうやって兄というフィルターで彼女を見ていられる時間は正直少ない。

なにぶんお互いに面倒くさい事情が枷となり互いに一歩踏み込みがたくなっている。

それでもこうやって時間を共に過ごせることはかけがえのないものではあるが。


「(俺様の読みだとそろそろ限界だとは思うんだがねえ)」


自分が把握しているだけでも2日、彼女は寝ていない。

つん、突つけば倒れてしまいそうな気もするのに変に頑固ちゃんな我妹は

そんじょそこらの付き合いの連中なんかに隙なんて見せないだろう。


「(術を使うか?いや、そればっかも怪しまれる、か。そうだなここは)」


仲間を舐めるように視線を這わせていた時、目的の人物とぱちりと目が合う。

ビーンゴ。

彼女の独特の雰囲気は流石の妹も毒気が抜けていると見える。

もしかしたら。




「嬢ちゃん嬢ちゃん、ちょっと」


そう言ってエステルを呼び止めるのは最年長であり胡散臭いと評判のレイヴン。

片方の手は顎をさすりながらも、こっそり手招きする姿にエステルは小首をかしげた。


「どうしたんです?」

「いやね、おっさんちょっと頼みがあるのよ」

「頼み、ですか」

「そんな身構えなさんなって」


きっとろくなことでないだろう、という思いが脳裏の片隅にちらついたが

耳打ちするようにこっそり伝えられたそれにエステルは快く二つ返事を返したのだった。




 +




右半身にかかる負荷。体温。

その温かさに気を許してくれたことを感じ、エステルはほっこりと顔を緩めた。

薄く開いた唇からは穏やかな寝息がこぼれている。

彼女自身の持つ亜麻色の髪が頬にかかりくすぐったさを感じながらも、

エステルは眠ってしまった彼女を起こさないように小さく身じろいだ。


「寝ちまったか」

「ユーリ!」


全く彼の気配を感じ取れなかったエステルは抗議にも似た声で彼を呼ぶ。

それからはっと隣の存在に気づきやんわりと微笑んで返した。


「しゃあねえ部屋まで運ぶか」

「あの、私なら…」

「コイツ一度寝たら絶対起きねえんだよ。数時間はそのままだぞ」

「それは……」


困ったように眉根を寄せたエステルに「そういうこった」とユーリは言うと、

慣れた様にしゃがみ込み首に彼女の腕を巻きつけひょいっと持ち上げる。

…これが意識のある状態だったら不機嫌オーラをまとったまま睨みつけられていただろう。

気やすく触ってんじゃねえよこの女男。なんて台詞がいとも簡単に脳内再生される。


「よっと」

「本当、起きませんね」

「だろ?」

「昔からこうなんです?」

「出会った頃なんて結界の外で普通に寝てたもんな」

「え!?それは不用心というか…信じられません」


そんな信じられない事平気でやってのけるのがコイツなんだよ。

まるで俵でも担ぐように運んでいるがフレンがこれを見たらきっとまた口うるさく

「だから君って人は女性に対する扱いが」とかなんとか言いだすに違いない。

じゃあが自分に対して女性扱いを望んでいるかと言われれば首をかしげるところがある。


「何話してたんだ?」

「他愛もない話です。今までの旅の話を聞いたり、私のお城での生活を聞いてもらったり」

「へえ。で、そのまま話聞きこんで寝入ってしまったと」

「まぁ。でも、2日寝てないらしいですよ?」

「はあ?」

「レイヴンが言ってました」

「おっさんが?」


この2日間フィールドで戦闘も繰り返しているがそんな素振り全く見せなかった。

相変わらずの減らず口もあったし、大人げもなくリタと魔導器について言い合ってたし、

何よりテントで野宿していた際は見回りは交代制でほとんどユーリかレイヴンが担当していた。


「なんでまた」

「さあ。さっきも特に何も。でもレイヴンは」


『本人も自覚あるみたいだし、周りがとやかく言うこたあないわよ』


「と…」

「なるほどな」


あいつら共犯かよ。

否、レイヴンにはお見通しだったといった方が近いか。


思い返してみれば、パーティにレイヴンが加入してからというもの何度か

『おっさん腰悪いから、青年、後頼むわ』と眠ったを任されたことがある。

その時はまた突拍子もないところで寝ていたんだろうとばかり思っていたが、

今思えばおっさんが強制的に休ませていたのかもしれない。


「また変な職業病が発動してるって知れただけでもよしとするか。

 それをおっさんから気づかされるのはかなり癪だけどな」

「かなり前から面識あるみたいですね」

「ギルド関係って言ってたな。どっかの抱え込み症がなんも言わねえからわかんねえけど」

「……ユーリ、なんか怒ってません?」


よいしょっと言う合図で宿のベッドまで下すと、エステルが気を利かせてタオルをかけていた。

まったく、これではどっちが年上かわからない。


「本当に何考えてるんだか」

「きっとみんなの事ですよ」

「みんなの事、ねえ」

「私、いつかに頼られるようになりたいです。お話をしていると、

 いつしか私の相談ばかり乗ってもらっていて」

「アイツもなんだかんだ言ってほっとけない病だもんな」



自分のリスクを考えずに闇雲に飛び込むようなタイプではないが、

それでもエステルやユーリのように人が困っているのを見るとほっとけないタチだ。

彼らと違うのは彼女は自分たちよりも随分大人で、その立ち回りを心得ていることだ。

上手くかわすし、上手くやってのける。

それを見せつけられているから、日ごろの小さなボタンの掛け違いの積み重ねに気づかない。


「(じゃあお前は、誰に頼るんだよ)」


叶うならばそれが俺であればいい。

その思いは虚しくも伝わることなく宙に消えた。














(頼らないアイツと、頼れと言えない俺) inserted by FC2 system