(ユーリ・Web拍手掲載分)
食事当番
「ご飯できたから食べる人集合ー」
ゆるーい掛け声ととともに、はほかほかと湯気立つ鍋のふたを開けた。
旅を始めてからずっと使われてきた調理器具はだいぶ年季の入ったものになってきているが、仲間たちが大切に使っているだけあって愛着がある。
今回の鍋もそうだ。
旅を始めた当初は少ない賃金でようやく買えた安っぽいものだったが、中々の根性を見せ、仲間たちが増えても、変わることなく仲間たちのお腹を満たしてくれるのであった。
「っと、今日の食事担当はか。やっりい」
「喜んでいただけて光栄だけど、それ、リタっちに超失礼」
… ファイアーボール …
「っと」
「聞こえてんだけど――!!」
「…名指しするからだよお…」
小首をかしげるようにして天才魔法少女の攻撃をさらりとかわすと、は食器の数を指差しで数える。
そんなにひやひやもののカロルは肩をぎゅっと狭めるようにして眺めていた。
「って、あんたねえ!私だって文献読む間を惜しんで作ってやってんのに、なによ、文句でもあんの?」
「サンドイッチに生卵挟んだだけなんて料理って言わないでしょ。あれじゃあ栄養も偏るし、第一べちゃってして味気もねーし」
「あ、あれは!研究の合間に片手間で食べられるようにって、私なりに工夫して」
「労を惜しむからそうなんの。ほら、座って座って。片手間には食べられないかもしれないけど、記憶力をあげてくれるサバと、夜更かしばっかなリタっちのためにお豆腐のソテー作ったから温かいうちにお食べなさいな」
「うぐ…」
「ほら、みんなもどーぞ」
今は出払っているどこかのおっさんを想起させるような物言いで、いとも簡単にあの天才魔導士を黙らせた。
腰掛に座ってもなお、うぐぐと押し黙り何か言いたそうにしていたが、食事に手を付けた途端、けろりと機嫌がよくなる。
それくらい、美味しいのだ。
少ない調味料や食材で飽きの来ない、しかもバランスのとれた料理を毎回提供してくれている。
「今日のも中々いけるぜ、」
「お粗末さま。褒めたって手合わせ付き合わないからな」
「お世辞じゃねえって。なぁ、エステル」
「はい!もう、このサバのとろとろ具合がたまりません!」
「まったそんな大げさな」
は大絶賛の嵐にも鼻を伸ばすことはなく、手を合わせて食前の祈りをささげた後(命を頂く前のギルドの習わしだとか何とか)淡々とあしらっては白米を口に放り込む。
ラピードにはこっちね、と別メニューまで用意しており、その待遇のよさにあのラピードも彼女には気を許すわけだと納得できる。
「一体どこで覚えたんだ?」
「どこでって、普通に?小さい時から当番で作ってたりしたからその時」
「は小さい頃からギルド、オルレアンの乙女に所属してたんでしょ?」
「小さいって言っても12の時だけど。あ、だから今のカロル君の歳からってことになるか」
「へぇ、すごいや!」
「他にもいろいろ教わったけど、料理は結構好きかも」
旅の疲れを考慮して作られたあっさりとしたメニューは大好評ですぐに皿は空になった。
食事当番は材料集めるところから食器具を片付けるところまでが役割だ。
川の水を使いしゃっしゃと手慣れた様子で後始末をしているに、ユーリが歩み寄る。
「ごっそーさん。はー食った食った」
「流石成人男性。それくらいがっついてくれた方が作ってて気持ちがいいわ」
「しっかり胃袋掴まれてるからな。の料理なら毎日食えるぜ」
「毎日食事当番って、私を過労死させる気かよ」
皿の水を落としながらはケラケラと笑う。
口説き文句のつもりが期待していた反応とは予想通りに違ったことにユーリは口をとがらせるが、彼女は「休んでなよ」とさらりとかわして言い放つ。
本当に、鈍いだけなのか、あしらわれているだけなのか。
恐らく後者だが、この程度で音を上げるユーリではない。
「別に、疲れてねえよ」
「そ、ならいいけど」
「…次はコロッケ食いたい」
「なんでアンタがリクエストしてんだっつの」
さすがに濡れた手でチョップするのは悪いと思ったのか避けてくれ、肘で小突かれる。
「駄目?」
「駄目。って言うか、こんな大所帯で行動してて一人の我儘聞いてあげらんないっしょ」
「そこをなんとか」
「ばーか」
水気を取り終わった食器を持って立ち上がると、ユーリは面白くなさそうにしながらも食器を全部持ってくれる。
そういうところに気が利かないようで、フレン仕込みなのか、はたまたエステル仕込みなのか、時折不意に力を貸してくれるので、その度に甘えてしまう。
彼は不貞腐れてしまったが、自分の手料理にここまで喜んでもらえるのは正直嬉しい。
「…。ま、次の当番の時にたまたま食材が手に入ったら作ってやってもいいけどさ」
「っしゃあ!」
きっとこの男は次の彼女の当番の時に食材が揃うようにしれっと見繕うだろう。
まぁ、たまにはいいか。
いつもは嫌な役ばかりさせてしまっている彼へのご褒美だ。
さっきまでのご機嫌斜めはどこへやら。
鼻歌まで歌いだした彼に、人知れず肩をすくめてしまった。
(2019.09.06)