(拍手ありがとうございました)
おあいこ
「やっぱりここにいたよ」
レイヴンに半ば引きずられるようにやってきたのは黄昏の街、ダングレスト。
ギルドに所属する輩ばかりの活気ある街の、中でも特に昼でも夜でも関係なく賑わい明かしている酒屋で目的の人物を見つけ、は腰に手を当てて肩をすくめる。
顔見知りのマスターに呆れたような視線を浴びながら、飲んだくれて机に顔を埋める兄の姿を、空いている向かいの席に座りながら見やる。
もうぬるくなってしまった彼の飲みかけの不味い酒をのどに流すと、さらにその表情は渋みを増した。
「おーい、そろそろ宿戻らねぇとリタっちとユーリに怒られんぞー」
「…やあだ、俺様まだまだ本気見せちゃうもんね」
「寝言は寝て言え、馬鹿野郎」
これが仮にもギルド『天を射る矢』の幹部だと誰が思うだろうか。
半分夢の中の彼に残念なことに自分の声は聞こえていないらしく、夢の中でもめでたいことになっているご様子。
自分が知っていたころはもう少しましな飲み方をしていた気がするが、ちょっとした自暴自棄も含まれているのかもしれない。
「…お嬢さん、この俺様の胸に…んんっ…」
「………」
否。
含まれていなくてもだ。
どんな姿になってもこれは自分にとっては最愛の兄で、唯一の肉親。
お互い面倒な立場上、兄妹としての関わりは出来なくとも、「仲間」としての関係を許された今、歯痒さは残るがそれ相応の幸せをかみしめていたり。
口ではどうこう言ったって、結局のところ妹としての私の事を放っては置けないらしく、彼の面倒見の良さはあの頃と変わってないなと実感してしまう。
「おっ、お前確かあの時の」
「ん…どちら様?」
「前にノードポリカで話したろ。3年ぶりだな」
「あぁ、ダンカンつったっけ?」
記憶力は兄と同じでさほど悪くない方だ。
ノードポリスの親玉に挨拶に行ったときに立ち寄った酒屋で確かそんな奴と話をしたかもしれない。
「奇遇だな」とグラスを近づける彼に再会を記念してグラスを合わせる。
「向こうで飲もうぜ」
「今日は連れがいるんだ。悪いね、またにしてくんない?」
「…おたくのツレ、かなり酔いつぶれちまってるみたいだが?」
「そ、見ての通りね。でもま、これ飲み干すまではのんびり待ってるよ」
「一人酒なんて水臭いな。俺にも付き合わせろよ」
「…お、頑なだねえ」
まるで相手にしないようにあしらったつもりが、それを見越したうえでその場に居座ろうとするダンカン。
ノードポリカの酒場で出会った時は確か闘技場で大暴れした後だったというから、腕っぷしはある。
一口、グラスに半分ほど残る酒を口に含んで思慮する。
面倒くさい兄の悪酔いに付き合っていたら、それとは別の面倒くさい事案が発生した。
はぁ、と一つ溜息出も吐きそうになった時、手の中にあったはずのグラスの重みがふっと消える。
「お」
「マジかよ」
小さく驚きの声をこぼすと、目の前の光景にバツの悪そうな顔のするダンカン。
それもそのはず、たった今まで腕を枕にして突っ伏すように寝ていた彼が飲みかけの酒を全部飲み干したのだ。
がん、と空のグラスを机に叩きつけるレイヴン。
(バカ兄)
そんな彼には袖で口元を拭うレイヴンに「やっぱり狸寝入りじゃんかよ」と心の中で悪態を一つ。
そのまま机の上に札やら小銭やらを無造作に置くと、自分の腕を引いてさっさと店を出てしまう。
酒気を帯びた彼の後を黙ってついて歩く。
その口元はニヤリと弧を描いていた。
鼻歌でも歌いだしてしまいそうな彼女に、溜息ついでにレイヴンが問う。
「ご機嫌じゃないの」
「えぇまぁ。面白いものが見れましたので」
「おっさんとしては面白くないんだけど」
「そう?」
おっさんとしては、ねぇ。
くすくすと笑いながら短く返すと、目の前の彼は振り返ることなく頭をガシガシと掻く。
本当に面白くない時の仕草。
「どうする?飲みなおす?」
「…お前さんもいっちょ前に言うようになって」
「そりゃあ25だもん。酒くらい飲めるよ」
「…。リタっちと青年が怒るんじゃなかったの?」
「あ、やっぱり起きてた」
指摘すると目を合わせずに口を尖らせる兄にニィ、と笑う。
「ってことで、ツレも起きたことだし一杯ひっかけるか」
「はいはい、お付き合いさせていただきますよ」
腕を強引に引くとその表情はどこか誇らしげな兄の表情。
どうせ怒られるのであれば、2人で潔く怒られることにする。