(Web拍手掲載夢)









 おあいこ









?」


エステルの声。

凛。

と鳴る。

目を見開いてかすむ視界を懸命にこらす。

ぐしゃりと閉ざされる心。

途端に泣きたくなるのは何故だろうか。

瞳だけが、彼女の影をうつす。

彼女を見る目は、いつも通りだっただろうか。


「どうしたんです?」


そう言う彼女の歪んだ表情を見て自分が「大丈夫」じゃないことを知る。

きれいな新緑色の瞳にうつった自分は情けない顔をしていた。


「いんや別に?ちょっと散歩いってくる」


にこり。

大丈夫、今のは笑えた。

ぱちん、と弾けた様にはその場を後にする。

背中で聞き馴染んだ「おい」という声が聞こえたような気がしたが振り返ることはなかった。




 +




「心配しすぎ。私は大丈夫だって」


何を言い出すかと思いきや開口一番このお嬢さんはそんな事を言いのける。

ゆったりと穏やかな口調で言ったそれとは反して、捕まえた腕を離してしまえば彼女自身闇夜に消えて混ざってしまいそうなほど自嘲めいたものに感じさせた。

弾けるように逃げ出した彼女を追ってテラスまで来たユーリは掴んだその手を離せずにいる。

決して振りほどくことはしないか細い腕が、今にも煙や光になって溶けてしまいそうなほど儚い。


「一杯ひっかけたらちゃんと帰るよ」


抜け出し癖のあるこのお嬢さんは本当に月夜が似合うと思う。

月に照らされる亜麻色の髪。

今は決してユーリを映そうとしないサファイヤの瞳。


このまま手を離してしまえば一生手の届かない場所に行ってしまいそうな気にさせてくれる。


長い長い沈黙の後の何があった、と問うと彼女は息を吸うように冗談を言う。


「干渉しすぎる男は嫌われちゃうわよ?」


決して本心を見せないのはどっかのクリティア族やおっさんにも似た傾向がある。

それでも最初のそれよりいくらか落ち着きを取り戻したように聞こえた。

静けさを貫き通すようにだんまりを決め込む彼女に先に折れたのは年下のユーリ。


「話せよ」

「何を」

「調子悪いんだろ」

「…そうだとして、それをアンタに話してどうなる」

「力になれるかもしれねえ」

「今回はなれないだろうな」

「なんでそうやって簡単に決めつけるんだよ」


向かい合うように捕まえられた手に力が込められる。


(仲間思いなこって)


今回ばかりは頑なな彼に圧倒される。

しかしどうしたって譲れない部分がある。


(満月の子の近くにいすぎたから、なんて、言えるわけねえだろ)


世界の毒だから、とまではいわない。

しかし始祖の隷長の血を取り入れた人間である自分にとっても大なり小なりの影響はあるらしい。

元は純の人間とは言え、こう何度も何度も治癒術を浴びていれば自ずと寿命を縮めることにはなりそうだ。


(皮肉なもんだな)




仲間として、一緒に居たいだけなのに。

彼もまた、仲間として思ってくれているのに。




「はぁ、わーったよ。つっても、ただの職業病。昨日ちょっとこの町の結界魔導器修繕して体に負荷がかかってるだけ。他に奴らに言うなよ」

「…本当にそれだけか?」

「それ以外の何があるってんだよ。まぁ追い打ち掛けるように昨日寝酒しちまったから、それもあるかもだけどな」


へらり、とかわす。

彼はしばらく疑うようなまなざしを向けていたが、それをふっと緩め安堵する。


(ごめん。でも、皆と一緒に居たいんだ)


嘘をつくのは自分への自己暗示も兼ねている。

平気平気と笑ってるうちに、本当に平気になればいいのにと日に日に落ちていく視力を感じながらそっと願った。

このままいくと彼らを見届けることが出来なくなってしまう。

どうかその前に。


(…星喰み、早くなんとかしないと)


目を閉じると暗闇が強調される。

どうか、最後まで仲間と一緒に居させて。


「あ?なんか言ったか?」

「別に。…ってことでお兄さん、このまま付き合ってくれるんだろ」

「お前…ほどほどにしとけよ?」


エステルに心配かけるな、といいつつ、一杯くらいなら付き合ってくれるんだろう。

それ以上深く追求してこない年下の彼に甘える。

もしかしたら完全に納得したわけでもなさそうなユーリと、残された時間を楽しむくらい許されたっていいだろ?









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