(2019.05.11)
10.初めての共鳴
海爆と言われるだけはあり、大きな滝は耳で聞こえる音以上に激しく叩きつけ地形を削っていた。
付近の岩場の形が一歩足を踏み外そうならただでは済まないことを物語っている。
水しぶきを恐れずに空を見上げた時、腰まで伸びるミラの金髪がきらりと太陽光で輝いた。
「ミラ!」
「誰!?」
眩さに目を細めるとそこには眼鏡をかけた色香の匂う女性の姿。
穏やかそうな雰囲気は一切なく、彼女は分厚い本を開きミラをバインドして放す様子はない。
敵か味方か、聞くまでもなかった。
「ミラを放して」
「あら怖い、脅しのつもり?おチビさん」
「…………」
「おい、おチビ無言でナイフ構えるなって」
「アル」
「――放してくれよ。彼女俺の大事な雇い主なんだ」
「近づかないで。どうなるかわからないわよ」
気にしている低身長をズバリと言われ、一気にの周りの空気が3度は下がったことを感じたジュードが呆れたように苦笑する。
ひとまずこの状況をどうにかしなければとジュードは額に手を当て、思考をはじめた。
拘束されたミラ。
ミラを拘束する謎の女性。
海爆。
打ち付ける滝。
岩場。
――岩?
「2人とも、そのまま聞いて。右上の岩、見て」
「…。そういうこと」
「そう。この距離のナイフじゃ厳しいよね」
「…でもアル兄の銃なら届く」
「すぐ打っていいのか」
笑顔で頷くジュードを背中で感じると、「援護する」とは光の精霊術を展開させる。
気をひかなくては。
ナイフは届かないが、精霊術で目くらましくらいは出来るだろう。
… フォトン …
「この子は見殺し?酷いヒト」と女が呟くのと同時にアルヴィンは岩場に向かって銃で数発撃ちこみ、その隙に撹乱させるように女の視界に強めの発光を起こす。
女が、きゃ、と目を眩ませてミラの拘束を解くのと、岩に擬態した魔物が飛び起きる振動で足場を失うのがほぼ同時だった。
ミラは何の問題もなさそうに着地し、仲間たちに合流すると「全く乱暴だな」といいつつも口角は上がっていた。
見たところ怪我はなさそうでほっとしたように息を吐く。
「ミラが勝手にどっか行っちゃうからよ」
「おチビの言う通り。そういうなって」
「…アル兄、後で知らないから」
「おーこわ」
「2人とも喧嘩してないで、来るよ!」
減らず口を叩きながらも4人は身構える。
「こいつ本で見たことある。グレーターデモッシュ、触覚注意、火に弱い」
「火、か」
「ミラ、共鳴いくよ!」
「望むところだ、」
… ラウンドエッジ …
… 鳴時雨 …
― スカードエッジ ―
リリアルオーブがきらりと光るとミラとの舞うような剣術の連携技が決まる。
一瞬怯んだところをジュードの武術とアルヴィンの剣技が畳みかけようとするが、2本の大きな触手が二人を裂くように薙ぎ払われた。
粘着質の赤い触手は2人を引き裂くだけでなく、アルヴィンの足を引っかけると、そのまま地に叩きつけようとするのを長年の戦闘の勘か、触手の付け根に何発か打ち込むことで叩きつけられることは回避していた。
あっぶね、と着地をしながら態勢を整えるアルヴィンとリンクを繋ぐと庇うように魔物との間に立つ。
「的が大きいと当たりやすいのね」
「嫌味かこら」
… 守護方陣 …
両手の短剣で虚空を切るように薙ぎ払い、彼を見て覚えたばかりの術技で牽制しつつ回復する。
そうこうしているうちに、ミラとジュードがリンクし、見事に息の合った共鳴技を決め、荒ぶる滝の中に魔物を沈めていた。
魔物に襲われ、水に流された女の姿もあれから出てくることはなく、一同は漸く安心したように構えを解いた。
「リンクってすごい…相手の考えてることが伝わってくる」
「上手く使いこなせれば大きな力になるな」
「…」
「お前の考えも伝わってきたよ、」
「…。あっそ」
照れてやんの、と茶化すアルヴィンの横腹にグーパンを見事決め込むと、はつかつかと先を進み始める。
「にしてもよく岩に擬態してるって気づいたな」
「魔物があの女でなく真っすぐお前たちに向かうとも考えられただろう」
「それでもよかったんだ。アルヴィンはあの位置だと死角だったし、そうなったらもきっとすぐに手を打ってくれるって思ったんだ」
「…」
確かに援護するために精霊術を打ったのはジュードの指示ではなかったが、結果的に魔物がこちらに向かってきたとしても少なくともミラの拘束をとくことはできただろう。
そこまで見越していた彼に気恥ずかしさと、負けたような思いを抱きは押し黙る。
アルヴィンも、ミラも「大したものだ」と褒めた。
「確かに、ジュード君じゃなかったら出来なかった事かも。癪だけど」
「はは、なにそれ」
苦笑いを浮かべて頬を掻くジュード。
(僕にしかできない事)
それが、自分の為すべきこと?
そんな様子を温かく見守るミラは「ありがとう」と言い微笑んだ。
自分の起こした行動にお礼を言われると純粋に嬉しい。
「…」
この滝を超えたら精霊の里、ニアケリアだ。
ちらりと振り返ったの視線は相変わらず冷めていて何を考えているかわからない。
ジュードは思考を止めない。
(とリンクしたら、もっと知ることが出来るのかな)
感じているのは圧倒的疎外感。
ともに傭兵をしていたアルヴィンはともかくとして、会って間もないミラとの共鳴に妬いてないわけではない。
なら僕は?
もやりと渦巻いたものをごくりと呑み込んで、置いていかれないようにと小走りで駆け寄った。
+
「そういえば、さっきの人は?」
ジュードがそういうと、アルヴィンはニヤリとして「優等生」という。
どうやら彼の悪い癖で、真面目な性格の彼をそう呼ぶように決めたようだ。
「悪い奴まで気にしてたら日が暮れるぞ」
「…世の女性には優しくするんじゃなかったの」
「そうそう。だからレディのおチビにも優しいだろ」
「…アル兄は二度とフェミニストと名乗るな」
「もう、アルヴィン、いじめっ子なんだから」
「わりいわりい」
むっとするをさらりとかわす二人の光景にも幾分慣れてしまった。
「そういえば、知り合いだったの?」
「あ?あれね、向こうは知ってたみたいだけど、俺は…」
「傭兵とは恨みを買う商売のようだな」
「…私を見ないでよ、ジュード君。私確かに一緒に傭兵してたけど、本業はジュード君もよく知ってる薬学者の方よ」
「そうなんだ。イル・ファンで出会った頃にはもう教授の助手してたもんね」
聞きなれない「薬学者」という言葉にミラは小首をかしげる。
「薬の扱いに長けた人の事だよ。主に医療をサポートする医療医学と、薬の製造とか発見に関する医薬品科学に分野が分けれるんだけど。は両方に精通してるんだ」
ほら、道中に使ってたパナシーアボトルやリキュールボトルはが調合してるんだ。
というとミラは目を丸くして驚く。
「ほう、15歳というその若さで、関心だな」
「別に。趣味の延長みたいなもんよ、こんなの」
「それでも有難いよ」
「…」
「確かに。初めての旅で不安な事も多いけど、心強いよね」
そういうと、は目をぱちぱちとさせて先を進みだした。
ほんの少し耳が赤かったように見えたのは、誰も言葉にはしなかった。
(それにしても、あの人綺麗な人だったね)
(あらら、ああいうのが好み?ジュード君は年上好きか)
(よく分からないけど、そうなのかも?)
(…………)
(ん、どうかしたか、)
(別に、なんでもない)
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ぽちり