(2019.05.18)









 12.すれ違う思いやり









『じゃあ、ミラの育ての親はその四大たちなのね』




そう言った時、自分の両親の事を思い出さなかったと言うと嘘になる。

行方不明になってもう数年たつのに、連絡が取れない。

手紙の返事もない。

何かの事件に巻き込まれてしまったのか、不慮の事故で動けないのか、はたまた…。


(きっと確実なのはあの人に聞くこと)


逃げ出したあの場所にまた戻る事。

…まぁこのままだと否応でも避けては通れない道になりそうだけど。


久しぶりに思い返した両親の表情があの時焼き付けたまま鮮明に残っていたことに、どうしようもなく安心してしまった。


(大丈夫、忘れない。忘れてない)


何度も心の中で繰り返しては、自分のよりどころを心の隅にしまった。




 +




のどかさが静けさを誇張し、それが居心地の悪さに感じてしまっている。

キジル海爆で気を損ねてしまって以降なんとなく気まずくなってしまっていることを気にして、二人きりで話が出来るようにと仲間と離れたはいいもののぎこちなさから抜け出せない。

イル・ファンにいた頃も、塩対応…とまで感じたことはなかったが、元々お喋り好きといった風でもなく質問すれば2、3言返って来る程度だった。

彼女の調子が良ければちょっとした本で知ったことの話とか、見つけたハーブの話とかしてくれていたくらいだ。




あの時、どんな風に話してたっけと苦笑した時、が自分の目を見つめたまま小首をかしげた。

褐色の瞳は自分と同じ色の物。

真っすぐに見つめられて、居心地の悪さがぎゅっと増したような気さえする。

なのに、逸らせなかった。


「…まだ、私の為すべきことが知りたいの?」

「ちが…!……わなくもないんだけど、でも無理やり聞き出したいってわけじゃなくて。あの時僕のせいで嫌な気にさせたんじゃないかってのはあるよ」

「…」

「そうだとしたら、ごめん。この前はバタバタしちゃって言いそびれちゃったから」

「別に、謝る事じゃない」

「でも」


続きを言おうとして尻込みするジュードに目を伏せる。


「…ジュード君は、これからどうするの?」

「僕?」

「ミラは、ジュード君を事態が落ち着くまでこの里で過ごせるように村長に言うつもりみたい。そうしたら故郷とか、医者になる夢とか、家族の事とか…失うものは多いけど、ここで安心安全な暮らしは約束される」

「…は?」

「…」

「あ…ごめん、僕がこんな風に聞くから、が迷っちゃうんだよね」


は静かに首を振った。


「私はミラと行く。四大を召喚出来たら、きっとミラはあの装置を再び破壊しに行くって言う。あれは…あんなの絶対に扱っていいものじゃない。そこは彼女と同意見だし」

「でも、そしたらだって、ミラだって危ないよ!」

「でも、するの」

「…っ」


迷いなく言い放つと、ジュードはぐっと押し黙った。

怪我じゃすまないかもしれないのに。

死ぬ、かもしれないのに。

数日前までただの学生だった自分が、不運にも事件に巻き込まれ今では極刑扱いの犯罪者だ。

平穏で約束された場所が目の前に広がる。

なのに、目の前の人物はそれよりも蛇の道に進もうとしている。


「…それが、の為すべきことなの?」

「そうね」

「……」

「残り時間も少ないけど、よく考えたらいいんじゃない?」

「あ…」


は吐き捨てるように言うと、祠の中の石を抱え里の奥にあるという社に向かって歩き出した。

呼びかけには答えぬまま、その場に彼を置き去りにして。


「…」


為すべきこと。

彼女は、決めたんだ。


階段を上っていく離れていく姿に、自分が追いかけてばかりな事を思い知らされた。




 +




社に運び込まれた世精石をミラの指示通りに配置する。

神聖な空間だった。

ミラはここで食事も睡眠もとらずに四大たちと共に過ごしてきたという。

めいいっぱい吐き出して静かに空気を吸い込むと調子の悪かった部分が浄化されるように消えていくのを感じた。



ミラは中央で胡坐をかくと両手を虚空に這わせて、四大を召喚したときと同じような巨大な精霊術を展開させる。

4っつの属性の柱伸び、天井に魔方陣を描いた時、ピシ、と軋むような音と共に配置した世精石が砕け散ってしまった。

四大を呼び出す術は、失敗したのだ。

ジュードがミラの身を案じて声をあげるのと、その隣を人が駆け抜けたのはほぼ同時だった。


「ミラ様!」


ミラの前で膝をつく銀髪の男にミラは肩で息をしながら「イバルか」とだけ呟く。

イバルと呼ばれた青年は部屋中を見渡すとその様子から表情をぐっと曇らせる。


「ミラ様、心配しました。…これは四元精来還の儀?なぜ今このような儀式を…」


ミラの元に歩み寄り、肩を支え気に掛けるにミラはぎこちなく微笑み返すと呼吸を整えてからイバルに事の次第を手短に伝えた。

神妙な顔持ちで一語一句逃さずに聞き入るイバルは、ミラの話では彼はミラの巫子らしい。

聞き馴染みのない単語に首をかしげるものも多かったが、どうやら身の回りのお世話をする存在、とのことだ。


「そんなことが…」

「んで、精霊が召喚出来ないのってそいつらが死んだって事?」

「馬鹿が。大精霊が死ぬものか!存在は決して死なない幽世の住人、それが精霊だ」

「…だったら、四大精霊はあの装置に捕まったのかも」

「馬鹿が、人間が四大様を捕らえられるわけがない」


あの装置、と言われ目の当たりにした一同は脳内に「クルスニクの槍」というワードが浮かんだだろう。

ミラは目を細め、は指を唇に当てて思慮する。


「でもその四大精霊が主の召喚に応じないんでしょ?」

「四大を捕らえる程の黒匣だった、という事か。あの時…私はマクスウェルとしての力を…」

「さぁ!貴様たちは立ち去れ。ここは神聖な場所だぞ」


全身を大きく使って追い払おうとする彼の脇を抜け、はミラに「大丈夫?」と声を掛ける。

あぁ、と短く頷きながらもその声にいつものような力がないことに眉根を寄せた。


「き、貴様いつの間に!お前も出ていけ、ミラ様の巫女はこの俺だぞ」

「…」

「それに、なんだその体は――」

「――イバル、お前も出ていけ」

「…」

「!…ですがミラ様」

「有体に言うぞ、煩い」

「!!」


幸い、イバルの呟きにも似た、軽蔑のそれはミラ以外の耳には入っていなかったようで安堵する。

ジュードもアルヴィンも社を出ようとしていた最中で、イバルの落ち込みにジュードが小首をかしげた程度だった。

主にぴしゃりと言い放たれてあからさまに落ち込む巫子を見送ると、二人きりになったところではミラに礼を言う。


「…ありがとう、ミラ」

「お前を見習って“気を遣う”というのをやってみたが、これはなかなか難しいな」

「…」

「それに、約束は必ず守るよ」

「うん」


静かに頷くと、もミラの後を追い社を出る。

社の外では左腕を抑え、考え込むジュードの姿があった。

2人が中から出てくることに気付くと、気まずそうに顔を背けたのを見てほうとため息をつく。


「アル兄は?」

「あ、アルヴィンは先に村に帰ってるって」

「…そう。私も先に戻るわ」

「ああ」


まだ悩んでいるらしい彼から離れるように階段を下りていく。

お節介気質な彼は同行を選ぶかもしれない。

それでも、これからこの先彼が選択していく機会を摘んではいけない。


(結局は自分が枷になりたくないっていう自己防衛。私のは、気遣いじゃないよミラ)


胸の内に起きた消化不良は、静かな溜息となってニ・アケリアの空に消えた。














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