(2019.05.24)









 15.腹の探り合い









潮風を浴びて遠く小さくなっていく海停を見送る。

以前イル・ファンから出るときに跳び乗った貨物船とは違い、今度は小さいながらもしっかりとした旅客船で、ベッドもあれば簡単な軽食も食べられる。

はお気に入りの赤いリボンを風に飛ばしてしまわないようにきつく結いなおすと、エリーゼとティポに視線をやった。


「あはは、ティポ見て」

『海すごーい。落ちたら死んじゃうとこだったよー!』


2人にとって海は初めての経験らしく、先ほどから大はしゃぎのご様子。

そんな3人を遠巻きで見守る他の面々の話は自然と彼女たちのこれからについてになる。


「悪い子じゃないよ。引き取ってくれるいい人が見つかるといいけど」

「それは君が探すしかない。それが責任というものだろう」

「うん…」


ミラはさらりとジュードの言葉を交わしてのけるとと共にエリーゼたちの元へ行くことにしたようだ。

怒ってるのかな、とジュードが呟くとアルヴィンはいつもあんな感じじゃないか?とぼやく。


「そういや聞いたぜ、イル・ファンの研究所では大変だったらしいな」

「…から聞いたの?」

「あそこから何か奪ったんだって?国の研究所じゃ、そりゃ軍も出動するだろうな」

「なんだろ、僕も知らない」

「本当か?隠しててもすぐに分かるぞ」


黙っててやるから言ってみろよ、と肩に腕を掛けるアルヴィンにジュードは考え込むように押し黙った。

それらしい発言や素振りを、ミラからもからも見ていないし聞いてもない。


「ごめん、本当に知らないんだ。待ってて、僕が聞いてくるから」

「んー、おたくでも知らないならいいや」

「…でも」


ミラは特に必要以上の事は話そうとしないので、きっと自分が聞いても内容次第では答えてくれないだろう。

なら、どうだろう。

彼女も何か知っているのだろうか。

ちらり、とを見ると、ふとした拍子にぱちりと褐色の瞳と目が合って動揺してしまった。

その僅かな反応とアルヴィンとの組み合わせに不信感を抱くのは容易だったらしく、怪訝そうな表情で近づいてきた。


「…何話してたの?」

「別に?男同士のえっちな話だよ。なあ、優等生」

「…」

「え!?ぼ、僕は別にそんな話…!」

「…ま、いいけど」


明らかに不機嫌になった彼女は睨んでいた目線をようやくアルヴィンから外した。

あれだけのオーラを感じ取りながらもアルヴィンはへらりとしていて、間に挟まれたジュードの方がどぎまぎしてしまっているぐらいだった。

念を押すように「してないからね」と言い切るジュード。


「お腹すいた。売店いこ、ジュード君」

「う、うん」


半ば強引に引き離すように彼の腕を引くと、室内にある売店に向かって彼の背を押した。

ジュードを先に追いやってから、振り返り牽制するようにアルヴィンを睨む


(さっき、シルフモドキで手紙のやり取りしてた。きっと、アルクノアから情報が入ってる)

(どうせ、エリーゼの事もラッキーなんて思ってるんでしょ)


ジュードに知らせてなくてよかった。

これは元アルクノアの勘だが、彼は何かあれば自分だって簡単に切るだろう。

彼の後ろにはあいつがいる。

いくら個人的なところで気にかける部分があったとしても、目的のため、自分が不利な状況になることがあれば姿をくらますんじゃないかとも思う。

まるで腹の探り合いだ。

慎重に動かなくては。

ジュードにとっては呆れたように聞こえてしまうかもしれないが、緊張させていた意識を緩めるようには静かに息を吐きだした。

案の定、隣でジュードがびくりと肩を震わせた。


「えっと…」

「?」

「何の話してたか聞かないの?」

「…別に。ジュード君も年頃の男の子だし」

「ばっ!…あれはアルヴィンが勝手に。本当に違うからね!」


慌てて弁明しようとする彼に、は落ち着いた声色とは裏腹ににやりと弧を描くように笑って見せると、からかっているという事がすぐに伝わってきた。

もう、と限りなく優しく小突く彼に今度は歯を見せるようにして笑う。

乗船前にイル・ファンでの話をエリーゼに話した後と言うだけあって、そういえばこんな風に冗談を言い合ったり、二人だけで食事をしたりしていたなあ、なんて思い出す。

船の上では魔物に襲われる心配がない分、彼女がいくらかリラックスしているのがよく伝わってくる。


「ツナマヨとたまごサンドだって。どっちにする?」

「…たまご。あ、でも…」

「なら半分こしようか」

「うん」


ちょっとしたデートみたいだ、なんて場違いなことを思ったけど声には出さなかった。

隣でメニューを覗く、自分よりほんの少し背の低い彼女は(彼女はコンプレックスに思ってるみたいだけど)皆も食べるかな、なんて言って真剣に悩んでいる。

結局いろいろな種類のサンドイッチが入ったパックのものを選ぶと、適当な腰掛に座って二人で頬張った。

残りは小腹がすいた仲間たちにあげよう、というの優しさ。

ミラやエリーゼが2人でこっそり抜け駆けのように間食することに怒りつつも、手土産付きとあらばその怒りもすぐに収束するだろう。

本当に、二人でこうして食事をするなんていつぶりだろう。


「…エリーの事、これから考えなきゃね」

「うん。でもこれは僕が勝手に考えたことで、責任は僕にあるから」

「責任はジュード君にあっても、あの子の人生でしょ。ちゃんと皆が納得できる着地点探さないと」

「…も手伝ってくれる?」


半分にしたたまごサンドを食べ終わると、指先についたパンくずを口でついばむ彼女。

そして手持無沙汰になっていたジュードの手からツナマヨサンドを半分を受け取った。


「ジュード君が決めたことだもの、それはジュード君が最後まで面倒見なきゃ」

「そうだよね…」

「エリーは私の友達だから、私はエリーの為に考えるの」


そういうとジュードは目を細めて笑った。

ありがとう、なんて言うけどはいつものように「お礼言われることじゃない」なんて言ってかわしていた。




 +




次の日、船は無事に港へと到着する。

サマンガン海停からカラハ・シャールへはサマンガン街道を通るルートになりそうだとアルヴィンは言い、は町の地図をしっかりと目に焼き付けた。

町の掲示板には手配書という表記で5割増し凶悪に書かれた三枚の似顔絵に一同騒然とする。


『わー!みんなキョーアクー!』

「だが、不幸中の幸いだな。これなら捕まる心配もなさそうだ」

「………」

「おチビなんて絶句だもんな」

「僕はどうでもいいけど、二人はこんなんじゃない!」

「ふむ、確かに私がこの手配書のように非魅力的ならば戦略を見直す必要があるな」

「…結構生々しいこと考えてんのな」


まるで5歳の子どもが描いたのでは、と思わせる様なそれには言葉を失う。

ちらりと周囲をに視線を這わせると、兵が少ない割にいたるところに手配書があり、似てないとはいえ気恥ずかしいものがあった。


「ジュード、正直に答えてくれ。男性視点で見て私は魅力ある存在だろうか」

「ミラは…すごく素敵だと思うよ」

「んじゃ、おチビは?」

「…なんで私まで巻き込まれてんの」

「いいじゃん減るもんでもないし聞いとけって。ほら、優等生」

「えっと、は…か、かわいい、かな」

「…」

「…」


尻すぼみしながら言うジュードはそのまま照れた様に首の後ろをかいて俯いてしまうし、言われた当の本人であるも言われ慣れてないからなのか照れを隠すようにそっぽを向いてしまった。

そんな初々しい2人の姿にミラとエリーゼは小首をかしげ、アルヴィンは「あーらら」と肩をすくめる。

ティポだけが2人の周りをくるりと旋回しながら『いちご味ー』とからかっていたくらいだ。














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