(2019.05.24)









 16.降りそそぐ優しい光









サマンガン街道を進むと商人たちの荷車が集う開けた場所に出る。

多くの人の気配に皆は木陰に身を潜めて様子を伺うと、その奥には赤い軍服を着た兵士の姿もあった。


「検問、か」

「そんなうまい話もないわな」

「…となると」


は海停で焼き付けた地図を頭の中で展開させると、カラハ・シャールまでの別ルート…サマンガン樹海の方へと視線をやった。

魔物が多く人があまり寄り付かないという樹海。

旅に不慣れなエリーゼを気にかけるのであれば困難な道だが、ミラにとっては問題ではないようでに頷きかけると迷わず進み始める。

一瞬、彼女が先日言った「仮に命を落としても捨ておくだけ」というフレーズがリフレインされた。


「迷う必要はないな」

「滅多に人が立ち寄らないんだよ?エリーゼには…」

「こうなることは予期できただろう?」

「…」


ぴり、と張り詰めた空気が流れる。

ジュードは言い返せずに押し黙り、アルヴィンとは腕を組んだまま口を閉ざすばかりであった。

その沈黙に耐えかねたエリーゼが俯き、弱々しい声で「私は大丈夫です」と呟いた。


『喧嘩しないでー!友達でしょ』

「エリーゼ…」

「エリーゼも了解した。これで文句はあるまい」


そういってミラが樹海へと足を進める。

悪意はない。

しかし言い方、伝え方はあるだろう。

は申し訳なさそうに俯くエリーゼの前に立つと目線を合わせて諭すように言った。


「ねぇ、エリー聞いて。樹海って普段は人が立ち寄らないような場所で、魔物も多く住むところ。そんな危険な所を、今から私たちは通らなくちゃいけない」

「それは、わかります…」

「…うん。私も、勿論ジュードだってエリーに危険な目にあわせたくない気持ちはある。けど、どこまで庇いながら戦えるかわからない。いざという時は、自分のことは自分で守るのよ、いい?」

「…わかりました」

『アシデマトイにならないよーにがんばるからね』


力なく頷くエリーゼの頭をそっと撫でると、ミラの後を追う

その後持ち直すように歩き始めたエリーゼを見てほっと胸を撫でおろすジュード。

に救われたな」と言うアルヴィンの声がやけに耳に残った。




樹海、とは流石に言うだけあって木々は生い茂り、見上げても青空がかき消されてしまうほど青々とした葉が広がっていた。

太陽光が遮られているだけあってあたりは土の香りが立ち込め、獣たちの声が反響している。

足場も悪いが、樹の根の隙間や蔦を上手く使えば、進めなくもない道が続いていた。


「ミラ、ここから行けそう」

「あぁ」

『2人とも早く―!』

「やれやれ、狭い道は苦手だよ。俺ってすらりと背が高いから」

「…はいはい、どうせチビはこういう時身軽でいいですよっと」

「何も言ってないって」


木の根の隙間を身を屈めるようにしながら進む。

奥へ奥へ進むにつれて森の香りがよりいっそう増したように感じる。

全員が根の隙間を潜り抜け広い場所に出た時、急に背後に近づいた気配にミラが咄嗟に剣を構えた。


「シルヴァトレントだ!」

「構えて」


咄嗟の声掛けでそれぞれが武器を身構え、防御したおかげで致命傷は避けられたがそのリーチの長さを生かした攻撃は範囲が広く、前線に出ていた全員がダメージを食らってしまう。

容易に近づけないが、魔物は自分たちを敵と認識したらしくその2本の枝で殴りかかってくる。


「エリーゼ!来ちゃダメだ」

「お前を庇いながらでは戦えない、邪魔だ!」

「!…ジュード君!」

「うぐっ」

「言わんことではない!」


エリーゼに気を取られ、油断した一瞬の出来事。

ジュードがトレントの攻撃をくらい、後方に吹き飛んだ。

すぐさま庇うようにが前に立ち、牽制する意味も込めて投げナイフを放り投げる。


「前線慣れてないんだから、無理すると痛い目見るぞ」

「…その為にアル兄がいるんでしょ?その長身を生かす時が来たじゃない」

「はいはい、庇わせていただきますよっと」


リリアルオーブを共鳴させると早速共鳴技でトレントを攻撃する。


― 衝破十文字 ―


巨大な体が2人の息の合った連携攻撃でトレントが一瞬怯んだのを確認すると、後退し距離を置いた。

背中に感じた精霊術の力にはトレントを警戒しながらも、驚く。


… ピクシーサークル …


「これは…みんな一斉に?」

『元気出して!僕たちがいるよ!』

「今の回復術、エリーゼが使ったのか?」

「私だって、役に立てます!」


全員を包み込むように展開された魔法陣から優しい光が立ち込め傷を徐々に癒してくれる。

マナの発生源を見ると、そこにはエリーゼの姿があった。

一気に体制が整うと、ジュードとミラが前線に繰り出し弱点である火の精霊術であっという間に敵は動かなくなった。

短剣をしまい、震えが止まらない手のひらを抱え込むエリーゼの背を撫でる。


「まさかこの歳で、こんな術が使えるとはね」

「エリーゼに救われたな」

「そうね、ミラ」


ジュードも心配した様子で「もう怖くないよ」と声を掛けるがエリーゼの震えは止まらないまま。

これにはと目を合わせ眉根を寄せる2人だったが、彼女の声を代弁するように叫ぶティポの声にはっとなる。


『仲良くしてよー。友達は仲良しがいいんだよ』

「わたし、邪魔にならないようにするから。だから…」

「だってさ。エリーゼに免じて許してやれば?」

「免じるも何も…別に私は怒ってはいないが」

「…悪気がなくても、そんな風に感じさせてたってことじゃない?」

『そーそー君の言う通り。ミラ君とジュード君、もっと仲良しだったもんねー!』


か細くも「私頑張るから」と勇気を振り絞る彼女はきっと沢山の我慢をしてきたのだろう。

ジュードとミラが顔を見合わせると、ミラが折れた様にふっと息を吐きだした。


「いつの間にか私が悪者か。…ふふ、わかったよ」

「ほら、2人ともいうことあるんじゃないの?」

「…心配かけちゃってたんだね。エリーゼ、ありがとう」

『やっぱり、友達はニコニコたのしく、だね!』

「ミラも、エリーゼの術があれば頼もしいでしょ?」

「ありがとう、エリーゼ。これからは当てにするぞ」


頼りにしている、必要だ、ということが伝わるとほっとしたように出会って一番の笑顔を見せてくれた。

旅の仲間が増えた今、エリーゼの大人顔負けの治癒術は本当にありがたかった。




 +




フォウ、フォウ、と夜の魔物が遠くで啼く。

流石に人があまり踏み入らない樹海だけあって進むのが困難で、慣れない足場と魔物との戦いで疲労が蓄積していた。

町まで一気に抜けたかった気持ちもあるが、日が暮れても動き続ける方が危険と判断し一同はいわゆる野宿、というのをすることになった。

火を焚き、交代で見張りながら順番に休息を取ることにしたのだが、魔物の気配と隣り合わせ…そう簡単に高ぶった感覚は休まる様子を見せなかった。


「…エリー、眠れない?」

「あ、の…ごめんなさい。すぐに寝ます…」

『お外で寝るの初めてだからなんだか落ちつかないのー』

「…」


何度も身じろぎ落ち着きのない彼女に声を掛ける

ジュードとミラは後半の見張りを、という事で先に横になっており、一緒のタイミングで横にはなっていたはずだが、そこから数刻、眠れずにいたのだろう。

は少し考えるとエリーゼの手を取って「お散歩に行かない?」と誘う。


「おいおい、あんまり遠くには行くなよ」

「すぐそこに川があったからそこまで」

「えっと、いいんですか?」

『ジュード君が離れちゃだめだーって言ってたよ?』

「眠れない夜は長いもの。少しだけ、気分転換よ」


怒るから、ジュード君には内緒よ?というとその目をぱっと輝かせるエリーゼ。

ティポをぎゅっと抱きしめて立ち上がると、の手を取って、川辺の方まで歩いた。


水の音に心が休まる。

川といっても下流の方らしく、天然の湧水が流れ込んでいる清流だった。

そこだけは生い茂っていた葉が開けており、隙間から多くの星と三日月が見える。

わぁ、と声をあげる彼女。


「見て、エリー、ティポ」

「なんですか?…わぁ!」

『すごーい、水の中におつきさまが浮かんでるみたーい』


両手で川の水をすくって見せると、反射するようにその水の中に月が浮かび上がる。

それを口に含むと、自然と張り詰めていた心がほぐれるようだった。


「私も昔怖い夢を見て眠れなかった時、お父さんに教えてもらったの。これを飲んだらすぐに眠れるようになるのよ」

『それってほんとー?』

「ふふ、騙されたと思って飲んでごらん」

「…。冷たくて、美味しいです。なんか、落ち着く気がします」

「よかった」


エリーゼの表情が緩んだのを見ると「じゃ、戻ろっか」と声を掛ける。


「おやすみ、エリー。いい夢が見れますように」


父の言葉をなぞる様に言う。

すやすやと落ち着いた寝息が聞こえた後で、一人星空を見上げて子供だった頃の事をほんの少しだけ思い出した。














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