(2019.06.15)
18.焼き付く記憶
『 お主が、例の“人型”じゃな 』
人型、という言葉に耳なじみがないわけではなかった。
研究所ではもっと違う名称で呼ばれていた気もするけど、珍しくそのあたりの記憶が曖昧で思い出されるのは研究所で過ごした記憶の断面と、その他もろもろの資料や研究の記録。
そして、すべてを焼き尽くした炎と、黒く巻き上がる…。
(煙――)
それは急に始まった。
光。
『 ――何だこれは。兎に角ゴーレムを起動させろ 』
爆発。
『 奴が暴走した。止めろ。殺しても構わん 』
巻き上げたもの。
『 こんなつもりじゃなかったんだ。助けて。どうしたら 』
黒。
『 成功だ。君は、我々にとって唯一無二の可能性だ 』
視界を覆うほどの、煙。
『 一体どんな兵器、身体ん中に仕込んでんの? 』
一瞬で広がって。
『 お主が、例の“人型”じゃな 』
それは全てを飲み込んでいった。
『 自分を信じて生きていいの。貴方が選んだ先にはきっと光があるから 』
ぞくり、と背筋が粟立った。
咄嗟にこめかみを抑え俯く。
決して初めてではない感覚。
しかし慣れているかと聞かれればそうでもなく、自分の気持ちはそっちのけでリフレインされる回想たちに怖気て息をのんだ。
きっと今の私は酷い顔をしている。
瞼の裏に広がった、記憶のログに足を止まる。
一度見た場面が延々と繰り返されるのを静かに耐える。
所謂、フラッシュバックと言うやつに咽返しそうになるのを、欠片しか残っていない意地で呑み込み続けた。
+
樹海を抜け、街道に出たその場所からは次の目的地であるカラハ・シャールが目と鼻の先に見える。
鬱陶しいほどの湿度と殺伐とした魔物の気配から抜け出しほっと息を吐いた束の間、今頃になって先程の戦いに紐解かれるように芋づる式にいろいろな情景が目に浮かび上がってきた。
不意に足を止めてしまったをミラが振り返り「どうした」と尋ねる。
目を覆うように手で押さえるその姿にアルヴィンは一人眉を顰めた。
「…。明るいところに出て眩んじゃったみたい。皆先に行っててくれる?」
「大丈夫?まだどっか痛む?」
『ジュード君に診てもらったらー?』
「少し休めば大丈夫よ。ありがとう」
「…さっき吹っ飛ばされた時に頭でも打ったんじゃねーの?」
「そうかも」
言葉は返すが目線を消して合わせようとしないにアルヴィンが静かにため息をつき傍による。
ミラは腕を組み暫く考えていたが「落ち着いたらちゃんと合流する」というの言葉を聞き、首を縦に振った。
「じゃあ、僕が」
「おっと、ここは俺が残るよ。町に近いといっても少なからず魔物は出るしな」
「え、でも…」
「(ここでジュードが残るって言ったらエリーゼまで残るって言いだすぜ?そしたらも変な気を遣って休めなくなる。本末転倒だろ?)」
「(確かに…そうだね)」
上手く言いくるめられるが、確かに彼の言うことは容易に想像がつくことだ。
大丈夫ですか?と眉を派の字にするエリーには顔を青白くさせながらも口だけは笑って見せようとする。
平気な、フリをする。
それはきっと僕相手にでも、するのかもしれない。
気を許してもらえてないんだ、という不安が立ち込める。
共鳴だって。
(きっと僕がそばにいるより、アルヴィンの方が)
彼女を想うとここはアルヴィンに任せた方がいいのかもしれないとジュードは引き下がった。
彼女の為だ。
そう自分に言い聞かせて、後ろ髪をひかれながらもジュードはミラとエリーゼと共に目と鼻の先のカラハ・シャールに足を進めた。
少しずつ小さくなる3人と1つの背中をある程度のところまで見送る。
樹の陰に座り込んでしまった腐れ縁に静かにため息をつくアルヴィン。
(ひでぇ顔)
必死に両手で目を覆いこみ膝に顔を埋める彼女に顔を歪める。
仲間の前でのあの姿がただの強がりであると言わんばかりの力ない姿。
彼女曰くちょっとした「持病」というやつで、立ち会うのは実質2回目だが今回は前回のそれより酷く感じる。
近くでしゃがみ込み「気分はどうだ」と尋ねるが返ってくる言葉はなかった。
「今は何が見えてんの?」
「…」
「ほら、よく言うだろ。悪い夢も人に話すと吉になるって」
「…」
「ほら、言ってみ?」
時折彼女を苦しめるそれはフラッシュバックという現象だと初めて立ち会った時に周りの大人から聞いた。
幼少期より優れた記憶能力があったようだ。
一度目に焼き付けた映像はまるで一枚の絵のように脳裏に記録することが出来、一度見たものであればいかなる言語であっても一つも脱字をすることなく写生することが出来る。
ペンも紙も持たずに丸暗記できてしまうその能力をアルクノアは潜入調査などで使うために養成した。
その時のパートナーは俺だった。
敵に見つかってしまってしまった時の戦闘要因として。
…まぁ、主なところは護衛兼、情報収集の補佐と言うところだったが。
一見便利で羨ましいねえと妬んでいたこともあったが、本人にとって都合の悪いことも一度焼き付いてしまうと鮮明に蘇ってしまうらしく、こんな風に落ち着くまで耐える他、術はないようだった。
「…私のフォローなんてしてたら、仕事がやりにくくなるんじゃないの?」
「おま、この状況で俺の心配かよ」
「…。置いていってよかったのに」
「…とか言って、本当は安心してるくせに」
「そんな事!」
張り上げる声もいつもに比べて弱々しい。
それでも、視界を塞いでいた手をどけることに成功したアルヴィンはにやり顔ではぷい、と顔をそむけた。
その通り。
互いに事情を知ったもの同士。
楽さに甘えてしまった。
「んで?今回は何を思い返してたわけ?確か前の時は、小さい頃の爆発事故で友達をケガさせたって話だったか?」
「…。それもだけど、私が要塞を出た時の事とか」
「あぁ、あれね。後で他の奴に聞いた。…お前本当にすごいよ、ゴーレムも一体戦闘不可能状態にして、要塞は半壊して」
「…よく、覚えてない」
「お前よく無事だったな」
「…」
黙り込む。
何とか生き延びはしたが、無事ではなかった。
増霊極を埋め込まれたばかりで初めての精霊術の使用は自分自身では制御しきれないものであり、今思えばあの爆発の中、死んでもおかしくない状況だった。
自分の中で作られるはずのないエネルギーは使い方がわからず暴走した結果があれだ。
その後私は体の損傷と合わせて重度のマナ酔いで記憶も朦朧としており、右も左もわからぬまま逃げるようにしてイル・ファンにたどり着いた。
(結果的にハウス教授に拾われたのは不幸中の幸いだったのかもしれない)
彼が“そちら側”だとも気付かず、だらだら惰性でそばにい続けたことは自分の落ち度ではあるが。
「きっと、ケムリダケの爆発に起因されて思い出したんだと思う」
「あぁ、そゆこと。ある意味効果抜群だったわけね」
「…」
「ま、このままじゃ遅かれ早かれ“戻る”事にはなりそうだけどな」
どこに、なんてわかってる。
脳裏に焼き付いている世界地図を思い返してみても、イル・ファンへの道にはどうしてもあの場所を通る。
近づいているんだ。
となると、接触する日も近い。
「上等よ。そうなったらあの人に両親の居場所を聞き出してやるわ」
「…元気が出てきたみたいだな」
それはようござんした、とアルヴィンはの頭を叩く。
痛い、と文句を言いながらもはお尻の砂をはらって立ち上がった。
顔色はだいぶいい。
彼の言う通りなのは癇に障るが、人に話すことでいくらか散らばった思考がまとまったらしい。
「お、もう休憩は終わり?」
「みんなが待ってるもの。すぐに合流できるといいけど」
「(おたくはほんっと、他人のことばっかりなのね)」
肩をすくめて立ち上がるアルヴィン。
は少し悩んでからコートのすそをぎゅっと握り締めた。
ん?と振り返るアルヴィンに、
「…ありがと、アルフレド」
とぼそりと呟いた。
親しい間柄にしか呼ばれないその名前にこそばゆさを感じ、アルヴィンはニィ、っと笑いながらも「アルヴィンだっつの」と返した。
その表情はどこか満足げであった。
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ぽちり