(2019.07.02)









 20.可能性と言われた少女









「なるほど、また無駄遣いするところを皆さんが助けてくれたんだね?」


客間に案内され、改めてお屋敷の豪華さに一同唖然とする。


「無駄遣いなんて!協力して買い物をしたのよね」

『ねー!』


店先で意気投合したという相手がまさかこの町の当主だと誰が想像しただろうか。

絨毯も、カーテンも、並べられた骨とう品も、ソファも机の上に人数分並べられたティーカップやお菓子一つですらも、日ごろ中々お目にかかれない貴重なものばかりで自然と背筋がしゃんとする。

今まで不慣れながらもその場に合わせた身の振る舞いをしていたもこればっかりは緊張したように唇をきゅっと結んでいた。

脳裏の片隅には先ほど焼き付けてしまったナハティガルとジランドの姿がちらついている事もあって、その心持は穏やかではなかった。


「紅茶のお味はいかがですか?」


そんなを気遣ってか、ドロッセルの兄、クレインは柔らかく微笑しながら尋ねる。

はっとしてがティーカップに口を付けると、流れ込んでくる香り、あたたかなものに表情をぱっと明るくした。


「ローエン特性のオリジナルブレンドティでございます。お口に合いましたでしょうか?」

「美味しい。カモミール、パッションフラワー、リンデンね。ブレンドのバランスも絶妙…」

「おぉ、見抜かれてしまいましたな。さん、お見事です」

「流石ですわ。紅茶、お好きなのですか?」

「…母が好きでよく淹れてくれました。そのうちに自分でも淹れるようになって」

君はよく、ジュード君に淹れてあげてたんだってー』

「あれは…別に、ついでだし!」


ティポによる突然のカミングアウトにさっきとは別の意味で顔を赤らめて抗議する

アルヴィンがひゅうと口を鳴らしたり、ミラが「これがツンデレと言うやつだな」なんて言うと、みんなは声をあげて笑った。

面白くなさそうに口を尖らせるをフォローするようにローエンが「それはジュードさんが羨ましい。今度はぜひこのローエンにも淹れてください」と言うと、もすぐに気をよくして二つ返事で返した。

客間に緑の服を着た兵の一人がやってきて、ローエンに耳打ちをする。

それを受けたローエンはこの場の雰囲気を崩さないようにクレインに言づけると、クレインは席を立った。


「申し訳ありませんが、僕はこれで」


町の当主たるもの、多忙なのだろう。

それを見送ると少しして、アルヴィンが「ちょっと俺も」なんて言うからジュードがそれを引き留める。

アルヴィンはそれを「生理現象、一緒に行くかい?」とさらりとかわして、ジュードとは別に自分を睨みつける存在にぱちんとウインクをした。

黙り込む

その雰囲気を一変するようにドロッセルは手を合わせて微笑む。


「みんな旅の途中なんでしょう?旅のお話を聞かせて」

「あの…私…」

「私、この町から離れたことがなくて…。だから、遠い場所のお話しを知りたいの」

「私も、外に出たことなかったです。でも」

『ジュード君たちがエリーを外に出してくれたんだー』


恥ずかしがりながらも嬉しそうに自分の言葉を話すエリーゼと、人見知りもなく親し気に自分が見聞きした旅の情報を得意げに話すティポ。

海の話。

森を抜けた話。

波やキノコがすごかった話。

突拍子もないことばかりだが、ドロッセルはそのすべてに驚き、興味津々に話を聞いていた。


「私海をまだ見たことがないの…。でも貝殻で作ったきれいなアクセサリなら広場のお店で見たわ」

「きれいなアクセサリ…」

「興味あるの?だったら今度プレゼントするわね。お友達の証よ」


友達の証、と聞いてエリーゼは表情をぱっと輝かせた。

嬉しそうにはにかむ隣でティポは『わーい』と声をあげて舞い踊っていた。


「プレゼントをするのが友達の証なのか?」

「えぇ。信頼を形にして贈るの」

「…」


なるほど、とミラが考え込むのと、が動きを止めるのはほぼ同時だった。


『――これでお揃いだね』


一瞬脳裏をかすめた記憶の断片にほんの少し目を閉じてかみしめた。

今日は朝から本当によく昔の出来事を思い返すものだ。

疲れがたまっているのか、はたまた、何かの暗示なのか。


(友達の、証…)


は人知れず愛用していてだいぶボロボロになってきた赤いリボンをそっと撫でた。


「ほっほっほ。お嬢様に良い友達が出来たようですね。どうぞおくつろぎください。お菓子もたくさんありますよ」


ローエンの一言をきっかけに、話はより一層花開かせていくのだった。




 +




談笑の末、事態が一変した。

それはジュードが気分転換もかねて庭先に出ようとした時の事だった。


「何…!?」

、下がって」

「まだ、お帰り頂くわけに話いきません…あなた方が、イル・ファンの研究所に潜入したと知った以上はね」


開こうとした扉を開けてまず目に飛び込んだのは抜身の武器を構える兵が2人。

そして先程とは打って変わって険しい顔のクレイン。

咄嗟に身構えるを制するように自分の背中へと誘導するジュードは、「なんのことか」と白を切る。

しかしそんな咄嗟の嘘をも一蹴されてしまう。

ミラが腕を組み小首をかしげる中、は一人心当たりのある人物に舌を打った。


「とぼけても無駄です。アルヴィンさんがすべて教えてくれました」

「アルヴィンが?」

「………」

「…軍につきだすのか?」

「いいえ。イル・ファンの研究所で見たことを教えて欲しいのです」


ラ・シュガルはナハティガルが王位についてからすっかり変わってしまいました、と彼は続ける。

何がなされているのか、高級貴族の六家ですら知らされていないという。

重たい沈黙が続く。

けれども町の若き当主である彼の言葉が真実であるという事はその場にいる全員がわかることだった。

が腕を組み険しい顔でいるミラに頷きかける。


「軍は、人間から強制的にマナを吸いだし、新兵器を開発していた」

「人体実験を?まさかそこまで…!?」

「嘘だと思いたいが…事実とすればすべて辻妻が合う」

「マナを燃料にして動く巨大な黒匣は人だけでなく精霊をも殺してしまう…」

「実験の主導者はラ・シュガル王、ナハティガルなのか」

「そうなるでしょう」

「……」


ラ・シュガル王、ナハティガル。

そしてその側近でもありラ・シュガル軍参謀副長のジランド。




『 成功だ。君は、我々にとって唯一無二の可能性だ 』




「…」

先程この屋敷を出ていった2人の情景がリフレインされるのをこめかみを抑えてもみ消そうとする。

ジュードが横目に「大丈夫?」と言うのを、目を合わせずに頷いて応えた。


「ドロッセルの友達を捕まえるつもりはありません。ですが、即刻この町を離れて頂きたい」

「…」

「ありがとうございます、クレインさん」


各々、ソファから立ち上がると沈んだ気分のままドロッセルの横を通り過ぎる。

エリーゼだけが申し訳なさそうに胸に手を当てるのを、ドロッセルは悲しそうな笑顔で見送っていた。




屋敷を抜けて真っすぐ町の丁度にぎわっている場所まで進むと、そこにシルフモドキで誰かとやり取りするアルヴィンの姿があった。

ジュードが驚いて声を掛けると、彼はこれっぽっちも悪びれた様子もなく「よっ」なんて言って片手をあげている。


『アルヴィン君酷いよー!バカ―、あほ―、もう略してバホー!』

「…何故私たちをクレインに売った?」

「売ったなんて人聞きの悪い。シャール家が今の政権に不満を持ってるってのは有名だからな」

「…それで情報を得るために、私たちの情報を勝手に出したってわけね。それを売る、というの」

「けど、いい情報聞けたろ?」

「………」


睨みつける。

そんなのキャラメル色の視線なんてお構いなしに、彼女だけに聞こえるように「な、仕事に影響でなかったろ」なんていうから、はぎり、と奥歯を噛みしめた。

元同僚のよしみであっても、仕事となると話は別。

そう、彼はそういうやつなのだ。


「ナハティガルを討たねば第二、第三のクルスニクの槍が作られるかもしれん」

「王様を討つの…?」

「…」

「君たち国民は混乱するだろうが、見過ごすことは出来ない」

「うん、人から無理やりマナを引き出して犠牲にするようなこと、放ってもおけない」

「だろう、


先程から顔色が優れない彼女にあえてミラは尋ねる。


『 君のご両親もさぞ誇りに思うだろう。素晴らしい成果だ 』


お前に出来るのか、と試すようなアルヴィンの目線。


『 実験は成功した。君は、我々にとって大きな希望の光となった 』


虫唾が走るが、脳裏にあの時の再現がやまないのは接触が近いことを暗示しているのかもしれない。

あの時逃げ出したあの場所に、自分が戻る日が近い。


「――そうね」


覚悟を決めなくてはいけない。


「絶対に阻止しなきゃ。リーゼ・マクシア人と、精霊の為にも」


胸を握り締める。

丁度、増霊極と黒匣がある位置。

機械仕掛けのそれが高鳴る。

ミラは口角をあげて笑っていた。

アルヴィンだけが一人、冷たい目をしていたのを、は見てみぬふりを決め込んだ。














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