(2019.07.08)
21.宣戦布告
――リーゼ・マクシア人と、精霊の為にも。
嘘偽りない言葉。
コトダマというのは本当にあるようで、本来精霊術が使えない私たちエレンピオス人も、夢は口に出すことで叶う、なんて言われていたくらいだ。
言葉にしてみると、自分の意思と使命を改めて再確認でき、力が湧いてきた。
更にはふっと肩が軽くなったような気さえするから、いつもだんまりしてしまう自分にとってはミラのあの言動は本当に有難かった。
「……」
例え、昔の仲間たちと対立することになろうとも。
その道を選んだのは自分の意思だ。
ミラのように何事にも恐れない強い信念があるわけではないが、それ相応の覚悟を持ってこれから起こることに立ち向かう勇気とエネルギーが自分も持っているのだと知る。
あぁ、共に戦おう。
ミラはまるでそう言わんばかりに力強い眼差しでを見つめて、そして背中を押した。
大丈夫よミラ。
「同じ信念を持つもの同士、最後まで付き合うから」
心強いと思った。
そうか、彼女も。
(人間と、精霊の為に――)
思考は遠くから投げつけられた言葉によって途絶える。
振り向くとシャール邸にいた兵とは異なる色…赤い兵服を身に纏った兵士が三人。
ラ・シュガル兵だ。
「お前ら、手配書の!?」
「はっ、往来で堂々としすぎたかもな」
「…。エリー大丈夫よ、後ろにいて」
「は、はい…」
突然の事に驚き不安そうにするエリーゼを匿うように前に立つ。
さっきまでふわふわ飛んでいたティポもエリーゼの腕にぎゅっと捕まって、身構えていた。
騒ぎを大きくしたくないがここはカラハ・シャールの街のど真ん中。
通行人たちの視線が刺さる。
「南西の風2……いい風ですね」
「執事…さん?」
「この場は私が」
「…」
ミラたちにアイコンタクトを送ると、ちらりと兵を一瞥し、振り返る。
振り向きざまに3本のナイフを空高く投げたのを、は見過ごさなかった。
「おい、じいさんこっちを向け!何を企んでいる」
「おおっと、怖い怖い。…おや?後ろのお二人、陣形が開きすぎていませんか?その位置は一呼吸で互いをフォロー出来る間合いではありませんよ?」
「貴様、余計な口をきくな!」
「そしてあなた。もう少し前ではありませんか?それでは私はともかく、後ろの皆さんを拘束できません」
ふん、と鼻を鳴らす兵はローエンの指示に逆らうように後退する。
ローエンが「いい子ですね」とにっこり笑うのと、三人を囲うように先ほど投げたナイフが地に落ちるのはほぼ同時であった。
三人の兵士たちはまんまと嵌められたのだ。
「くっ、これは…」
「では、これで失礼します」
精霊術だ。
三本の地に刺さったナイフがそれぞれマナを結び陣を描く。
3人のラ・シュガル兵たちはあっという間に拘束され、身動きが取れなくなった。
涼しげな表情なままローエンは「皆さんこちらへ」と町の外れへと誘導する。
『ローエン君すごいー!こわいおじさんたちもイチコロだね』
「いえいえ、イチコロなど、とてもとても。私程度ではただの足止め程度です」
「…ローエンのナイフ捌き、無駄がなかった」
「恐縮です。さんこそ、あの状況において咄嗟に陣形を変えましたね。事を荒げず敵意は隠し、しかしいつでも応戦し、背の弱きものを守る事が出来る絶妙な距離。お見事です」
「…。別に大したことじゃない」
ローエンの話を聞いてエリーゼは真っ先にに飛びついて、喜びを体いっぱい表現する。
それを受け止めながらも照れを隠すようにしかめっ面をする彼女に、ジュードは「褒められたね」と追い打ちをかけて、「知らない」と顔を背けられていた。
「それでローエン、我々に用があるのだろう?」
「おや、直球ですね。…実は皆さんにお願いがあるのです。先ほど、ラ・シュガル王が屋敷に来られ、王命により町の民を強制徴用いたしました」
「!」
「何?ナハティガルが来ていたのか」
そう言えば、と先程馬車で町を離れたナハティガルとジランドの存在を思い返す。
町の人の強制徴用と聞いて咄嗟に連想したのは「人体実験」というワード。
目を細めて口を閉ざすと、その表情に勘のいいジュードが真っ先に気づいた。
「まさか、人体実験を?」
「民の危険を感じた旦那様は、徴収された者たちを連れ戻しに向かわれました。しかし」
「――ナハティガルは反抗するものを許さない。ってか」
「…さんのおっしゃる通りです」
「ドロッセルのお兄さん、危ないの?」
静かに頷くローエンにティポとジュードは顔を見合わせて「助けなきゃ」と意気込む。
あーらら、と手を挙げるアルヴィン。
「ミラ」
多くは語らず、ミラを見やる。
ミラはイル・ファンでの光景を思い返した後、組んでいた腕を解いて「いいだろう」と言う。
「あれを遣おうというナハティガルの企みは見過ごせない」
「だってさ」
「ありがとうございます。連れ去られた先はバーミア峡谷急ぎましょう」
バーミア峡谷と聞き、頭の中で以前目に焼き付けた世界地図を展開させる。
「バーミア峡谷なら、この町の南側から出てクラマ間道を通るルートになりそうね」
「おや、さんは土地勘がおありですか?」
「…前に行ったことがあるんですか?」
「ううん、地図を見たから覚えてるだけよ。ちなみにサマンガン海港はあっちでイル・ファンはあっち」
『す、すごーい!』
「見事なものだな!」
そう?としらっとしている彼女はよそに意外な特技に驚きを隠せない女性陣。
元から彼女の優れた記憶力を知っていたジュードとアルヴィンは
「瞬間記憶って言うんだろ?ま、確かに普通じゃないよな」
「読んだ本とか、患者のカルテとか一瞬で覚えちゃってたよね」
と話す。
(…ホント、目に焼き付けたものが一生忘れられないなんて俺ならお断りだけどな)
この場の誰もが知らない、今朝の彼女のフラッシュバックで苦しむ姿を唯一知るアルヴィンは内心思う。
誰にも気づかれないように平然を気取っているだろうが、彼女の内情は大概穏やかじゃないだろう。
『絶対に阻止しなきゃ。リーゼ・マクシア人と精霊の為にも』
ある種の決意にも似た言葉。
かつての同胞として内情を知るだけに、それが自分に対する宣戦布告であることはすぐに分かった。
たとえそれが自分と敵対してでも、やるのだと。
「…」
「アルヴィン?どうしたの?」
優等生が不思議そうに見上げる。
(なんにも知らねぇで)
きっと自分は今怖い顔をしているのだろう。
すぐに「いんや?じゃあま、行くとしますか」なんていって適当にあしらう。
表情を切り替えればジュードは何にも気に留める事なくと隣へ駆け寄っていった。
ジュードに声を掛けられて振り返るの表情は涼しげなそれ。
違和感は感じていてもきっと、今の優等生には外すことのできない仮面。
ちょっとした、優越感。
「――お前には、向いてねぇよ」
誰にも聞こえないように、一人小さく静かにつぶやいた。
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