(2019.07.10)









 22.秘密のレッスン









「煌めきよ、威を示せ」


… フォトン …


光の爆発が魔物を襲う。

ダメージは多くないが、範囲も広く目くらましになるのでその隙をつくようにタイミングを合わせて前衛の仲間たちが切りかかる。

共に行動する人数が増えたことで魔物の出る地域での戦闘がだいぶ楽になった。

長く共に戦ってるメンバーはもちろんの連携だが、後から加わったローエンもその隙を埋めるような動きで、歳に似合わず経験の差を肌で感じることが出来た。

なにより、エリーゼも大人以上の精霊術の使い手であるが、ローエンも中々の手練れだ。

両手はまるで指揮をするように、音楽でも奏でるかのように滑らかに空を切る。

時に荒々しく、時に穏やかに。


「どいていただきますよ」


… エアプレッシャー …


魔物を囲うように展開された魔法陣は魔物を拘束し、すぐに動かなくなった。

ミラやエリーゼが使うものとはまた少し違った精霊術に、は目を見開いて記録する。


「…」

「おやおや、そんなに見つめられては照れてしまいます」

「…っ!知らない!」


肩をびくりと震わせると逃げるように先を進み始めたの背中を見つめて、考えるように顎髭を触るローエン。

小さく唸る声を聞いてか、ミラが静かに歩み寄った。


「お前も感じるのか、ローエン」

「ええ。違和感、といいましょうか…彼女の精霊術は我々とは何処か…」

「ふむ」

「…この事、他の方々は?」

「否。…だが、以前はよくマナに酔っていたというのはジュードから聞いたことがある」

「マナ酔い、ですか」


本来、霊力野で生み出されるマナに酔うなんていうのは精霊術の扱いに慣れていない幼子がなるもの。

ジュードと同じ年と言っているから15歳…過去に実例がない年齢だ。


(これは、先天的なものか、あるいは…)


違和感の正体は不明なままだが、マナの扱いについては自分も覚えがある。

髭をいじる手を止めると、ミラに向かってにっこりと微笑みかけた。


「では、私から話をして見ましょう。お力になれることがあるかもしれません」

「…そうか」


ミラは「すまないローエン、頼んだ」とだけ溢すと内緒の密談を終えるようにすっとローエンの横を通り過ぎる。

察しがいいに気づかれまいというミラなりの優しさだろうとローエンは付き合いが浅いながらに感じ取った。


「ここで休憩にしよう」

「お?ミラさまからのご提案…いったいどういった風の吹き回しで?」

「先を急いでるんじゃないの?」

『僕もエリーもまだまだ頑張れるぞー!』

「ドロッセルのお兄さんを早く助けに行かないと」


普段は目的の為ならば、となかなか足を止めることのないミラの提案に一同が思い思いの反応をする。

先を急いでいるのは真実。

だが、それ以上に気になることもある。


「ミラ、もし今朝の事を気にかけてくれてるのだったら、私は平気よ」

「だが、バーミア峡谷もう目と鼻の先。ここからは恐らくラシュガル兵の配置も多くなる」

「ここまでいいペースで来ています。ミラさんの言う通り、ここで一時コンディションを整えるのは得策でしょう」


ミラだけの言葉では自分が足枷になっていないかと心配するであったが、ローエンが穏やかに続けると、少し考えたのち素直に頷いた。


「…気分転換に薬草採ってるから行くとき声かけて」

「あぁ」

、一人で平気?」

「平気」


ミラの短い頷きとジュードの声にぶっきら棒に答えて、は小道の方へと一人進んでいった。

完全に背中が小さくなったところでミラとローエンが目配せをし、頷き合う。

ローエンも「それでは私も…」などと言いながら後を追うように森の中に消えていった。

各々他のメンバーが談笑したり、幹に腰かけて一休みする中、アルヴィンがミラに尋ねる。


「なーに企んでんの?」

「口の軽いお前には関係のないことだよ」

「…まーだ根にもってやんの」


つまらなそうに言うアルヴィン。

腰を下ろして目を閉じたミラがこれ以上何も言うつもりはないというのを察し、アルヴィンは肩をすくめて問いただすことを諦めた。




 +




仲間たちの気配を感じないほどに距離を開けたところでは地に膝をつく。

目が回る感覚が気持ちが悪い。

立っていられないほどにこみ上げてくるモノに何度も嗚咽しそうになるのを押し堪えた。

心臓をぎゅっと掴み、深い呼吸を静かにするように心がけて神経を体内に回る異物に集中する。


(自分の意志と関係なく生み出されるのも厄介ね。これが普通だなんて…)


ミラも、ローエンだって精霊にマナを与えて精霊術を繰り出している。

この世界では誰でも霊力野からマナを発生させて、精霊術を使う。

日常生活の中にもそういった類のものは多い。


(なんとかしなきゃ。でもどうしたら)


あのエリーゼであってもあの規模の精霊術を展開しているというのに。

リーゼ・マクシア人にとっては感覚的な物、なのだろう。

イル・ファンにいた頃に仕組みを知りたくて精霊術に関する文献や古文書を読み漁っては見たものの、自分が精霊術を使いこなすヒントになったかと言えばNOだった。

冷汗がにじむ。

じっと耐える。

兎に角、出発の時間までにどうにかしてこの乱れを整えなければ。



ジャッ、ジャッと砂を踏みしめる音が近くで聞こえては慌てて振り返る。

平然と。

涼し気に。

いつも通りに。


「どうしたの、ローエン?もう出発の時間?」


すぐに気付かなくてごめんね、考え事してたの、なんて言って横を通り過ぎてやり過ごそうとした時、ローエンに腕を引かれて静止される。

振り返った視線が交わった先はいつもの穏やかのものではなく、険しいそれだった。


「マナ酔いですね」

「…!」

「図星と見受けました」


明らかに顔つきが変わったのを見て、ローエンが静かに言う。

決して責めているように聞こえないのは彼特有の落ち着きが声に乗っているからかもしれない。

相手によってはあれだけ突き詰められてもなお、腕を振り払い「ほっといて」の一言でも出そうなところだが、相手がローエンであるからかは渋っても仕方ないとすぐに認めた。


「…いつから?」

「…」

「私はさんより少し長く生きている分、きっとお力になれることもあるでしょう」


先程の強がりを解いた後のは言葉を選んでいるのか慎重な動きを取ろうとする。

仲間であっても許容できないほどの事情。

ローエンは問いただすのではなく、静かにその時を待った。


「…。こんな風になったのは2年くらい前から。理由は…言えない」

「言わないのではなく、言えないのですね」

「言えない」

「…」


すぐによほどの事情がある、もしくは口止めをされているのだと察するローエン。

ローエンはゆっくりと彼女に頷きかけて、それ以上の詮索をやめた。


「わかりました。では私もこれ以上は聞きませんし、他言も致しません」

「…」

「その代わり、この爺とのレッスンにお付き合いください」

「………え?レッスン?」

「ええ。マナの扱い方は精霊術における基本。さんに足りないのは圧倒的な経験値。実践トレーニングで経験を積みましょう」


真剣な雰囲気を醸し出しながら、ローエンの口から出た言葉に驚きを隠せない

大きく目を見開いて、ぱちぱちと瞬きをしてみせると、丸め込むようにローエンは話をつづけた。


「まずは手をつなぎ、私からマナを流します。さんはそれを受け取ったら同量、同じ速度で返してください。いいですか、マナを出して終わるのではなく、循環させるイメージです」


年相応の皺だらけの手だが、それはローエンが「経験」という言葉を使うだけの事はあり、いろいろな箇所に固いタコが出来ていた。

繋いだ両手に神経を集中させると微弱に感じる、自分とは異なるモノの感覚。

自分のモノじゃないマナが体内をめぐる感覚にぐ、と眉根を寄せると、ローエンはの様子を見ながら調節してくれた。



時間にして数分程。


(マナを巡らせるって、こんな感覚なんだ)


それだけの事なのに、自分の中でとどまっていたものが巡ったおかげか先ほどまでの不快感は一切消え、なんなら入浴を終えた後のようにマナの巡りがよくなった。


「流石呑み込みが早い…マナを循環させる感覚、体感いただけたようですね。どうです、体の方は」

「…さっきとは全然違う。気分もだいぶいいみたい」

「お役に立てたようでなによりです」

「でも、どうして気にかけてくれるの?」

「おおっと、名前は言えませんが端麗な女性に頼まれまして」


とぼけた様に言うが、それはもうほぼ名指しのようなものだ。

ミラだ。

もう、との緊張もふっと緩む。


「ありがとう、ローエン。…また付き合ってくれる?」

「ええ勿論。私でよければいつでもお付き合いいたしますよ。それに」

「…?」


遠くから仲間たちが「おーい」と呼ぶ声が聞こえる。

出発の時間のようだ。

互いに仲間の元へと自然と足を向かわせる。

ローエンの続きの言葉を待っていると、その視線に気づいた彼は


「お礼はさんのカモミールティで結構ですよ」


とにっこり笑った。














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