(2019.07.11)









 23.吹き荒れる峡谷









「あ、ローエンも一緒だったんだ」


ジュードの呼びかけで集合してみると第一声にそんな声があがる。

が言葉を選んでいる間にローエンは間髪入れずに「ええ、腰痛に効く薬草はないか教えてもらっていたんです」と返していた。

ぱちん、とウインクをして見せるローエンには本当に敵わないな、と肩をすくめて見せた。


「ミラ、ありがとう」

「…なんのことだか」

「しらばっくれて」


そうしてお互いに顔を見合わせてにやりとする。

その反応で、この休息時間が無駄じゃなかっことが彼女に伝わったようで、互いになだらかな道を進み、目と鼻の先にあるバーミア峡谷へと歩きはじめた。


「えらく盛り上がってたみたいだけど、何の話をしてたの?」

「あぁ、大きくなったら何になりたいかって話。エリーゼはお嫁さんになりたいんだって」

「あー!言っちゃだめです」

『乙女の秘密なんだぞー!』

「…っ!ご、ごめん!――えっと、あ!はやっぱり薬学者とか?」


慌ててジュードが謝るがエリーゼは気を損ねたようでぷい、と頬を膨らませる。

話を逸らそうと突然話を持ち掛けられたは「別に、考えてないけど」と冷めた返事を返した。


「嘘ばっかりー。将来の夢、今も昔も変わってない癖に」

「え、そうなの?」

「………アル兄、それ以上言ったら涙が止まらなくしてあげるから」

「おまっ、あの変なキノコまだ持ってたのかよ!」

君の夢、なんだろー。知りたいなぁ!』

「…さぁ、何かしらね」

「夢は口に出すと叶うって言うんですよ!」

「あら、そうなの。でも温めておきたい派だから遠慮しとこうかな」


いつもはエリーゼにとことん甘いも今回ばかりは頑なで、エリーゼとティポは後を追いかけながら問い詰めようとしてはあしらわれている。

一人ぽかんとするジュードと、そんな光景をはたから見てくつくつと笑うアルヴィン。

岩場で死角になったことを確認して「耳貸せよ」とジュードに告げ口した。


「――、―」

「…へぇ、も女の子っぽいところがあるんだ」

「だろ?ってことで、何かあっても俺ら共犯な」


ニヤリとする彼にしかめっ面で返すジュード。

そして改めてたった今アルヴィンが耳打ちしたことを頭の中で繰り返す。


『母さんみたいな奥さんになって、庭で好きな花やハーブを育てながら暮らしたい』


以前ニ・アケリアでも両親は彼女にとって「優しくて、仲が良くて、素敵な人」と話していたくらいだから、彼女にとってそうありたい、という家庭の理想の形が両親なのだろう。

イル・ファンにいた頃のハウス教授の助手として働く彼女からは「家庭」というイメージが湧きにくかったが、一緒に旅してみるとエリーゼへの気配りもそうだし彼女の気遣いや仕草は確かに女性らしいものがある。


晴れの日は外に出て庭の手入れを一緒にして。

きれいに咲いた花を花瓶にいれてリビングに飾る。

それから彼女お手製のハーブティを2人で飲みながら気持ちのいい朝を迎える。


(なんて、幸せなんだろう)


そこまで考えて、ぼっと顔が赤くなる。


(って、何考えてるんだ、僕は)


自分とは仲間でそういうのじゃないはずなのに。

ドキドキと高鳴りはじめた心臓を深呼吸して強制的に整えると、いつの間にか足を踏み入れていたバーミア峡谷の岩々を見上げ、驚きの声をあげた。


「すごい地層だね」

「ここはラ・シュガルでも有数の境界帯ですからね」

「とってもいい風…」

『もしかして、ここ登るのー?疲れちゃうよ…』


話によれば、カラハ・シャールの人たちが集められたのはこのあたりというが。

それぞれがなれない地形に周囲を見渡して、ジュードがあることに気付く。


「危ない!」

「きゃ!」


エリーゼの小さな悲鳴と、瞬時に追い打ちをかけるように放たれた敵の弩による攻撃。

ジュードに庇って貰って大事に至らなかったエリーゼと、咄嗟に岩場に隠れて様子を見るミラ。

アルヴィンが隙を狙って銃で応戦しようとするが、距離が距離だけに場所の利は向こうにあるようだ。


「軍か」

「余程見られたくないことをしているのだろう…何とか隙を作れれば」

「なら私が」

「――僕が注意をひきつけるよ。その間にミラは狙撃兵を」

「囮を引き受けるというのか、危険だぞ」


しかし彼の決意は固いようで落ち着いた声色で「大丈夫だよ、きっと」と続けた。

自分が名乗りだそうとしていたは、ジュードの腕に手を当ててそっと目を合わせて言う。


「ジュード君」

は精霊術で援護をお願い。任せてもいい?」

「……怪我したらタダじゃおかないから」


3人が目を見合わせて頷きあう。

それを合図にジュードは敵の目の前へ、ミラは背後から敵の死角へ、そしては先ほどのローエンとの特訓を思い返しながら限りなく小さな声で精霊術を詠唱し始めた。


「 絢爛たる光よ、惨禍を和らぐ壁となれ 」


狙撃兵の手元から矢が放たれたと同時に展開される光の壁はジュードを囲うようにそびえ立つ。


… フォースフィールド …


今までの物より明らかに高度な精霊術にローエンは驚き、大きく目を見開いた。

至近距離から放たれた矢も、光の壁に触れた途端、時を失ったように停止し、光の力が弱まると同時にジュードが避けるのは容易にした。

驚く狙撃兵に隙が出来る。

ミラはその隙を逃すまいと、狙撃兵に剣で切りかかった。

追い打ちをかけるようにアルヴィンも援護射撃を行う。

見事な連携プレーに他の仲間たちもほっと胸を撫で下す。


「助かった」

「そう言われるポイントで活躍するのが傭兵のコツなんだ。な、おチビ」

「…一緒にしないで」

「でもおかげで助かったよ。ありがとう、

「別に、大したことじゃない」


ホッとしたのも束の間、狙撃兵が守る岩場の奥からは禍々しいほどの気配が流れ出していた。

キリキリキリと機械のようなものが動く駆動音も聞こえてくる。

穴の奥では複数の装置が並んでおり、カプセルのような場所には連れ去られたと思われるカラハ・シャールの人々の姿が見えた。

その中にはクレインの姿も、ある。


「これは…イル・ファンで感じた気配」

「クレイン様!やはり人体実験を行っておりましたか」


今現在もマナを吸い取られ続けているのだろう。

吸われたマナは濃い色をしており、天井部分にある一か所に集められている。

ミラが穴に進もうとするのを咄嗟にアルヴィンが止めた。


「よせ、手が吹き飛ぶぞ」

「呪帯ね。外部からの侵入者を拒むように術式が施されてる…」

「今の、研究所でハウス教授を殺した装置と似ているんだ」

「…」

「ここでも黒匣の兵器を作ろうというのか。それほどたやすく作れはしないはず…」

「過剰にマナを抜き取られたら人は死んでしまう。兎に角、彼らを助け出さないと」

「余剰の精霊力を上方にドレインしていると考えるのが妥当です。谷の頂上から侵入して、術を発動しているコアを破壊できれば…」


ローエンの策にジュードが「助けられる?」と続ける。

それにしっかりと頷くローエン。

となるとするべきことは一つだった。

谷の隙間を風が通り抜けるのを足を滑らせないようにして一歩ずつ確実に上っていく。

この間にも町の人たちはマナを抜かれて苦しんでいるんだと思うと自然と進む足は速まっていった。


(私も、本当はああなる予定だった)


ハウス教授に導かれ、イル・ファンの研究所に入り込んだ私はきっと胸元に備わった霊力野の代わりにマナを発生できる装置付き…さぞ魅力的なエネルギー源に見えたのだろう。

先程のカプセルの中で苦しむ人々の表情、見たのは一瞬だったが、焼き付いてしまった。

助けなきゃ、という使命感が胸にあふれる。


「くっ、コアが作動してる!けど、この高さ…」

「時間がありません。噴き上がる精霊力に対して、私とさんとで魔法陣を展開します。それに乗ってバランスを取れれば無事に降下できるかもしれません」

「つまり、飛び降りると」

「…ってことは、コアを狙うチャンスは一度か」

「行こう、みんなを助けなきゃ」

「あぁ、他に手はない」

「ふふ、中々度胸がおありだ」


することは決まった。

はエリーゼの前で目線を合わせて「ここで待ってる?」と優しく尋ねる。

聞かれたエリーゼは勢いよく首を横に振って、手を力強く握りしめた。


「では、参りますよ。さん、実践編と参りましょう」

「ええ!」


ローエンの合図で虚空にナイフが投げつけられる。

バーミア峡谷特有の風の魔法陣が全員が乗れるほどに広がるのを確認すると、全員は思い切って飛び乗った。














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