(2019.07.28)









 25.相容れぬ夜









『そんなの無責任です!』


日も暮れて、カラハ・シャールの街は夜に包まれた。

あれだけ賑わっていた商店も夕暮れ時には店じまいをしてしまったようで、今はもう別の街かと思わせるくらい静まり返っていた。



あの場所に戻る日が近づいてきている。

興奮してしまっているのか、はたまた時期に挑まなくてはいけないトラウマに緊張しまっているのか。

研ぎ澄まされた神経ではなかなか寝付くことが出来ずに、夜風にでもあたろうと廊下に出るとエリーゼのそんな声。


「あっ…」


バツが悪そうに顔を歪ませたエリーゼは、自分の横をするりと抜けるとバタンと閉じこもる様に部屋へと入り扉を閉めた。

目の前にはがっくりと肩を落とすジュード。

察するに彼女の気持ちを無視して彼女の落ち着き先についての話を切り出し、気を損ねてしまったのだろう。

彼も彼なりに一生懸命だが、女心に鈍いが故に今みたいになってしまうきらいがある。


。…見られちゃったね」

「…どうせ、引き取り手の話したんでしょう?あの子、今そのワードに敏感になってるから」

「あはは」


エリーゼを気にかけるように少し考え込む

「僕が話してくるよ」とエリーゼを追いかけようとするジュードにデコピンをかます。


「いて」

「馬鹿、追い打ち掛けてどうするの」

「でも」

「エリーだって思いがないわけじゃないんだから。今は一人で考える時間も必要でしょ」

「そっか、そうだね。ごめん、僕…早く何とかしなきゃって思って焦ってたのかも」

「ジュード君の気持ちもわかるけど、今は待っててあげよう。大丈夫、ちゃんと落ち着いて話したらわからない子じゃないもの」


「私も、フォローしておくから」というと、ジュードは素直にお礼を言う。

深刻そうな険しい面持ちがふっと和らいで、はふっと肩をすくめて見せた。


「…そういえば出かけるの?」

「ちょっとお散歩」

「外、暗いよ?僕も一緒に…」

「…アル兄に用があるの、さっき出ていくのを見かけたから。すぐ戻るから平気よ」

「あ」


ジュードが何か言い掛ける前にくるりと踵を返して屋敷の外へと歩く。


(ごめんジュード君)


私は今、貴方の気持ちを無視した。

人には偉そうなこと言って。

私だって自分のことで精いっぱいなのだ。




 +




「悪いことしてる」


屋敷の外れでシルフモドキから手紙を回収するアルヴィンに静かに言う。

本人はいたって平然で、悪びれた様子もなく「心外だな」なんて返すから、は眉根を寄せた。


「何か用?」

「…手紙、一緒に送ってほしくて」

「あぁ、両親にか。でもお前、ずっと返事来てないんだろ」


アルヴィンに差し出したのはまたしても宛名もサインもない、ただ“会いたい”と書かれた紙きれが一枚。

自分の気持ちを素直に言うことがへたくそな彼女の精一杯の本心。

ずっと差し出したままでいると、苦言をこぼしつつも、アルヴィンはそれを受け取ってくれた。


「ま、いいけど」


そういって、先ほどシルフモドキから受け取ったばかりの文書に目を通す。

相手がだからか、淡々と返事の手紙の用意を進めるアルヴィン。

内容はきっと、アルクノアへの情報提供とかそんなところだろう。

ガンダラ要塞の突破を控えた今、慎重に動きたいところだというのに。


「ミラが勘ぐってる。こそこそとするならもっと入念にすればいいのに」

「お生憎様、聞かれても適当にあしらえばいいし、なんか面倒なことあれば姿消すからお構いなく」

「…」

「それに裏切り者の誰かさんにとっては“悪い事”でも、俺にとっては“仲間の為”だから」


周りに人の気配が少ないこともあるが声を潜めて静かに言う。


(裏切り者。もうこの人とは仲間じゃ、ないんだ)


俯き、言葉を見失う

イル・ファンを出た船の中で泣き続ける私に傍にいてくれたのも、戦いの中で幾度となく庇ってくれたのも、すべては目的の為と言い切るかのような冷めた口調。

アルクノアを抜けた今でも、それとはまた別のつながりが彼とはあるって心の中で期待してしまう甘い自分。


言葉を失くしたまま黙り込む彼女の頭を、真正面に立つ彼が抱くように手で包み込む。

抵抗する気力もなくされるがままの

ほぼゼロになった距離で、今度はアルヴィンが優しく言った。


「仮に悪い事してるとして、お前、俺をやれんの?」

「…っ」

「…出来ねえよな、そんなこと」


ずるい。

ずるいずるいずるい。

ぎゅっと手を握り締めて押し黙る。

今すぐにでもその胸を叩きつけて、抵抗して、言い返したいのに。

言葉が喉の奥で空回りする。

目頭が熱くなるが、ここで迂闊にも零れ落としてしまったら負けだと意地でも我慢する。


「お前、優しいもんな。ま、今はまだ一緒にいてやるよ…お前がアイツらに告げ口しない限り」


手紙を背負ったシルフモドキは夜空に舞い上がった。


「これでお前も共犯な」


止めるべきことだとわかっているのに。

後々後悔することだと分かっているのに。

頭を包んでいた熱が呆気なく離れると、夜の静けさも相まって寂しさがこみ上げてくる。

アルヴィンが闇に消えて、静かな時間を一人ぼっちで過ごす。


「バカアル」


絞り出すように呟く。

それが彼女が今できる精一杯の抵抗だった。














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