(2019.07.29)









 26.討伐作戦と陰謀









『アル兄に用があるの』




そう言って踵を返す彼女はどこか切羽詰まってるような表情をしていた。

サマンガン樹海を抜けた後のあの顔色の悪さ、時折見せるどこか遠くを見つめる視線。

気付いてないわけじゃない。

けれども、僕やエリーゼが話しかけるとすぐに“いつもの”に戻って何事もなかったかのように振舞う。

何かあった?なんて尋ねても「別に」、「大したことじゃない」なんて言ってはぐらかされてしまう。


(待っていれば、いつか話してくれるようになるかもしれない)


そんな風に思ってた時期もたった。

でも、今でも僕はアルヴィンに任せて彼女の元を離れたことを後悔している。

合流した彼女は至って普通で安心した反面、その何事もなかったかのような涼しげなそれに胸がざわついたのも確かだ。


(僕にも何か出来ることはないのかな)


ほう、と吐き出したため息がカラハ・シャールの夜空に消える。

屋敷を出ていってしばらく戻る様子のない彼女を気にかけつつも、後を追うことが出来ずにいる彼の黒髪を柔らかい風が撫でた。

たった今、エリーゼの為にと思ったことで逆に困らせてしまったばかりなのに。

今度はの事で何かできないかと考えてしまう。

自他ともに認める「ほっとけない病」についつい自嘲の笑みをこぼした。


「お休みになられないのですか?」

「あ、ローエン。うん、ちょっとね」

「何かお悩みですかな。よろしければ相談に乗りましょう」


ローエンのねぎらいの言葉に素直に「ありがとう」とお礼を言う。

ジュードが何から切り出そうか言葉を選んでいると「エリーゼさんの事ですか?」とローエン。

思わず狼狽えてしまった。


「彼女がこの旅路に加わった経緯はお嬢様より伺いました」

「…エリーゼは、ミラたちがやろうとしている事とは関係ないから、これ以上巻き込まない方がいいかなって。ローエン、この屋敷でエリーゼを引き取ってもらえないかな」

「ジュードさん、他人である彼女の事をそこまで考えていたのですね」

「ミラやアルヴィンにはお人よしって言われちゃうけど、放っておけないし。それに、だってきっと同じようにすると思うから」

さんですか。確かに、気立てがよいお方です。その分色々な苦労をされてきたのでしょう」

「…」


ローエンにそう言われてジュードは「でも、僕には何も話してくれないから」と弱音をぽつりと吐き出す。

はっとなって見上げると、ローエンはくすりと微笑んで、


「甘え下手なのでしょう。ジュードさん、そこはいざという時の為に男らしくどーんと構えておかなくては…頼もしい男とはそういうものです」


とウインクを一つ。

ぱちぱちと瞬きをして、ジュードはふっと笑う。

今すぐに何かしなくてはと気持ちが焦り、さっきだって空回りしてしまったばかりだというのに。

一つの解決口が見つかって、肩の荷がふと軽くなるジュード。


「ありがとう、ローエン」

「いえいえ。兎に角、エリーゼさんの事はローエンにお任せください。旦那様とお嬢様には私から伝えておきます。だからもうおやすみなさい」


夜更かしをするとまた悩みは次々と出ますよ、という彼にジュードは二つの返事で返し、用意された自室に足を運んだ。




 +




クレインの言葉に甘え、カラハ・シャールの街でガンダラ要塞突破の糸口を探してもらいはじめて早数日。

待てど暮らせど送り出したはずの調査員からの知らせがない。

完全に足止めを食らってしまった一同は、あまりある時間を持て余しながらも思い思いに時間を過ごした。

鍛錬に勤しむもの、精霊術の基礎を学ぶもの、これからの未来に思いを馳せる者、いろいろだった。


「まだ、ガンダラ要塞の件は連絡が来ていませんね。手配状況の確認にローエンを向かわせましょう」


クレインがローエンにアイコンタクトを送ると、ローエンは二つ返事でそれを了承する。

馬を使えば1日あれば敵地の状況がわかるだろう。

首尾よく進んでいけば明日には行動が開始できると知って、ドロッセルは眉毛をハの字にした。


「それなら、お買い物に行きましょう」


語尾に音符マークでもつきそうなほど上機嫌に言うドロッセルに、エリーゼは一番に目を輝かせた。

その言葉にの心も揺れる。


『お買い物、行こう行こう!』

「決まりね。早速行きましょ」


一緒に買い物に行く約束を交わしていたらしい彼女は一緒にミラの両腕を掴むと引きずるように町に繰り出した。


「ほら、も行きますよ!」

「え、別に私は…」

「気分転換になるかもしれないし、も行って来たら?」

「そーそー、大好きな可愛いものが売ってるかもよ」

「もうアル兄のバホ!余計なこと言わないで…!」


ふん、と顔を逸らすようにしては足取り軽く駆けだした。

こうなった時、引きずられるようにして連行されるミラだけが困惑したようにずるずる言葉をこぼしていたが、カラハ・シャールの屋台に嬉しそうに足を進める3人の耳には届いていない様子だった。




「決めた、エリーにはこれをプレゼントするわね」


出店が立ち並ぶ広場で特産品を見て回る。

丁度アクセサリを見ていた時、ドロッセルが喜々として云うとエリーゼの表情もパッと明るくなった。


「ありがとう、ドロッセル」

「どういたしまして。あら、ミラはそのペンダントが気に入ったの?」

「いや、私も同じようなものを持っているのだ」

『わぁ、ただのガラス玉だあ』

「とっても綺麗な色。ミラ、これどうしたの?」

「昔、人間の子どもに貰ったものだ」


取り出されたのはビー玉のようなもの。

それを見たドロッセルは「なら失くさないようにしないと」とペンダントにしてもらうことを提案する。

店主はそれを快諾し、ものの数分でアクセサリへと加工した。

その出来に大満足なミラは嬉しそうに店主に感謝を述べる。


はよかったの?すごく真剣に見てたみたいだけど…」

「ありがとうドロッセル。私、あまり身に付けるのは…でも見るのが好きなの」

「そうなの?」


可愛い小物たちをまじまじと物色していたのを見られていたことに赤面しながら、照れるように言う


「あ、なら髪飾りなんてどうかしら?そのリボンは愛用しているようだけど」

「これは…」


赤いリボンにそっと触れる。


『はい、これ…友達の証!これでお揃いだね』


当時の焼き付いた記憶が目に浮かぶ。


「友達に貰ったものなの」

「その友達の事、とても大切なのね」

「そうなのかも。…勿論今日だって十分楽しめたし、その気持ちが嬉しい。ありがとうドロッセル」


の言葉にドロッセルだけでなく、話を聞いていたエリーゼやティポまでがにっこりと笑う。

つられるように微笑み、風で流れてきた自前の亜麻栗色の髪を背に払った時、背後からの賑やかな声に振り返った。


「わぁ、やめてください!」

「抵抗するな、容赦せんぞ」


振り返ると、赤い軍服を着たラ・シュガル軍たちが無抵抗な街人に乱暴をしている。

響くのは金属音、罵声、悲鳴。

捕らえられた民は、引きずられるようにして連れ去られていく。

突然の騒ぎに誰よりも早くドロッセルが飛び出していった。


「乱暴はおやめなさい!いったい何のつもりです?ラ・シュガル軍はこの町から退去するように領主からの命を受けたはずです」


軍に向かってドロッセルが大きい声で言い放つ。

するとその軍隊の奥より、一人の人物が列を割るようにして姿を見せた。

褪せた銀の髪に、紺色のコート。

色白の肌と切れ長の茶褐色の瞳。


「(こんな街中で―ッ)」


ナハティガルの側近、ジランドだ。

その姿を数年ぶりに視界に映して、は状況の悪さに奥歯を噛みしめた。


「あなたは?」

「シャール家のものです」

「ふん、何も知らない小娘が」

「これは王勅命による反乱分子討伐作戦。大人しくしていただきましょうか」

「な、なんですって?」


ドロッセルが困惑したように言い淀む。

ジランドは淡々と「捕らえなさい」と片手をあげ、その命令により、周りにいた兵たちは一気に武器を構えた。


『ミラ君、ドロッセル君、早く逃げよー!』

「あぁ。何かが起きている。完全に包囲される前に退くぞ、遅れるな」

「う、うん…」

「………」


小声でやり取りをするが、は一線、真っすぐにジランドを見たまま動かない。

ミラが声を掛けようとした時、先にジランドの方が先手を打つ。

にやり、と弧を描く口元。

悪寒が背に走る。




「――これはこれは博士ではありませんか。ご無事で何よりです」




あぁ、本当にこの男は。

睨みつける視線が鋭くなるが、それが目の前の男に響くことはなかった。














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