(2019.08.17)









 28.立ちはだかる要塞









「ミラたちが!」


ジュードが思わず飛び出そうとするのをローエンが止める。

見ると、すでにラシュガル兵たちは馬車に気絶した状態のミラやエリーゼを運び込んでいる最中だった。

兵の数から見ても今飛び出したところで馬車に追いつくのは困難であり、余計な体力を削るだけです、と最年長のローエンは首を横に振った。


(でも…)


ジュード、は段々と小さく離れていく馬車の後姿を睨むように見つめる。

何と言っても一番に思い出されるのは、ラシュガル兵の中でも幹部であろう人物に、がぶたれている場面。

顔を掴まれそのまま振り上げられた手のひらは容赦なくの頬に振り落とされた。

まるで時が止まったかのような、一瞬。

華奢な体が地を離れ、そして次の瞬間崩れ落ちていく場面がコマ送りのように再生される。

あたりどころが悪かったのか、はそのままぐったりと地に伏せ、男が2、3言まわりの兵に何かを告げると、他の仲間たちと同様馬車の中に連れ込んだ。


これはアルヴィンが強く自分の腕を引いて止めていなければ、無策で飛び出していたかもわからない。

自分の無力さにぐっと奥歯を噛みしめる。

かっと頭に血が上るような感覚。

胸騒ぎが喉元まで駆け上ってくる。

そしてそれを諫める冷静な自分。

他に何か痕跡や手掛かりを探そうと周囲を見渡した時、目に入ったのは赤――。


(ん?あれは)


馬車が完全に見えなくなってから町の広場へと足を運ぶと、象徴でもある大きな大樹に不釣り合いな赤いものが刺さってる事に気が付いた。

歩み寄り、近くでよく見るとどこかで見覚えがあるリボン。

リボン…?


「これ、の。このナイフも」

「この位置にこのリボン。偶然…じゃないなこりゃ」

「うん、きっと何か意味があるはずだよ」


木の幹に刺さったままのそれを少し力を加えて引っこ抜く。

出会った頃から欠かさず身に付けているものだ。

見間違えるはずはない。


「でも、どこに連れて行かれちゃったんだろう…」


しゅるり、とナイフからリボンを外すと丁寧に畳んで両方とも大切にしまった。


(…おたくさ、えらくアイツの事信用してるのな)

(え?)

(ほら、兵の位置と刺さったナイフの位置…どうもおかしくないか?仲間の方に向けて投げてることになる。実は仲間のふりして近づいてきたスパイだったりして)


耳打ちするように言うとジュードは肩に回された腕を考える間もなく勢いよく振り払う。

悪びれた様子もないアルヴィンを咎めるようにきっと睨みつけると彼は「かもしれないってだけ。そんな怒るなよ」なんていって手をひらひらさせた。


「ミラさんたちはおそらく――ガンダラ要塞でしょう」

「助けに行かなきゃ!」

「そんなに焦ってもしょうがないだろ。要塞なんだ、簡単にはいかないだろ」

「そうとも限りません。逆に機会があるとすれば今晩でしょう」


さっきの一瞬でラシュガル兵の士気の低さや、イル・ファンに戻ると仮定した際のルート、またそこからガンダラ要塞に侵入した際の有効な手段をつらつらと述べるローエン。

その鋭い観察力と策に二人は圧倒され、それぞれ驚いた反応をする。

これほど頼もしいことはない。


「ではすぐに出発しましょう。よろしいですかな?」


2人は二つ返事でそれを快諾した。




 +




場所は変わって牢だ。

コンクリートの固さ。

冷たさ。

鈍い意識を鎮める様な見渡す限り薄暗い室内に心細さが助長する。


「ミラ…ミラ、しっかりして」


ドロッセルが声を掛けながら意識が戻らないミラの肩を揺する。

ぐっと眉をしかめた後の覚醒にほっと胸を撫でおろすドロッセルとエリーゼ。


「2人とも、無事だったか…ここは牢か」

「…。ガンダラ要塞に連れてこられたの」


記憶の糸を辿ると自ずと自分と全く目を合わせようとしなかった彼女の事が否応でも思い出される。

ドロッセルの奥ではティポを失ったエリーゼが心細そうに手を握り締めて怯えていた。


(…ん)


身じろいだ瞬間に感じた足の不自然な重み。

見知らぬ装置だ。

ミラにはすぐにそれが黒匣であると理解することが出来た。

ドロッセルの言葉に、そうか、とだけ短く返した時、部屋の外から足音が近づいてきて視線を持ちあげる。


「お目覚めのようですね」

「貴様は」

「まだ名乗っていませんでしたね、失礼。私はラ・シュガル軍参謀副長ジランドと言います」

「ふん、ナハティガルの犬と言うわけか」

「誉め言葉と受け取っておきましょう。そしてこちらが」


兵が隊列を変えるとその中央から、後ろ手に組むの姿に一同が困惑した反応を見せた。

薄暗い室内で表情は完全に見えないがこちらを一瞥もしようとしない冷めた目線。

余程の人物なのだろう。

を囲むように兵が2人配置されている。

ミラだけは静かに眉をしかめる程度。

しかし「どうしてが…」と絶望するドロッセルやエリーゼの表情を見て、ジランドは至極満足そうに微笑んだ。


「皆さんもすでにご存じ博士。長年ここで我が国の為に黒匣の開発に携わっていただいております」

「………」

「じゃあ、は…私たちを騙していたってことですか?」


何も答えずに沈黙を貫いていると、エリーゼの不安はより一層にこみ上げるばかり。

「どうして何も言ってくれないんですか」と言う絞り出すような言葉を投げても届くことはなかった。


「貴方に伺いたいことがあります。アレの『カギ』を持ち出しましたね」

「知らんな」

「その上どこかに隠したそうじゃないですか」


ミラの突っぱねるような一言を全く信用してないかのように間髪入れずに追及を重ねるジランド。

そんな様子にミラは動じることなく「くどい、知らないといったはずだが」と強気に白を切る。

そのやり取りに今まで一切喋ることがなかったが口を開く。


「――だから言ったじゃない。こんなの時間の無駄よ」


相変わらずそっぽを向いたまま何の感情も載せずに淡々とが言う。

場所も、雰囲気も相まってまるで別人のようだとこの時エリーゼは感じた。














お気軽に拍手どうぞぽちり inserted by FC2 system