(2019.08.21)
29.副参謀と心理戦
ジランドの口がひくり、と動き「不要な発言は控えて頂きたい」と低い声で耳打ちし、面白くなさそうにそばにいた兵に短く命令を下す。
「全員立て!外へ出ろ」
ジランドを先頭に誘導されたのは廊下を進み、広い空間だった。
真っ先に目に入るのは魔法陣のような光。
…精霊術、とは異なる感覚。
黒匣だろう。
兵に両脇を固められるはこれから起こることが予想できているのか静かに押し黙ったままだった。
「…」
ミラは相変わらず毅然な態度のままであったが、ドロッセル、エリーゼは今から何が起こるかわからないという恐怖にぎゅっと身を縮めて大人しくついて歩いた。
足に感じる重みは目覚めて気付いたもの。
三人の右足には全く同じ種類の足環のような装置が付いていた。
そして、行く先に横たわる女性にも、同じものが付いている。
「これはなんだ」
「時期に分かりますよ」
「…ひっ」
ジランドが顎で指示を出すと、一人の同じ足枷の着いた女性は怯えるような悲痛な声をあげながら、突如一人の兵によって魔法陣へと放り込まれる。
次の瞬間、目を覆いたくなるような光景が広がった。
「――」
魔法陣を通過するかと思いきや、足枷がそれに触れた途端大爆発を起こしたのだ。
燃え広がる爆炎。
光りと遅れてやってくる音。
肉の焼けた匂い。
死の匂い。
むせかえりそうになるのを目を閉じてじっと耐える。
ジランドは一人「さぁ、鍵の在り処を吐きなさい」と強気に言い放つ。
「ひ、い、いや」
これを見て普通の人間なら次は我が身だと怖気づき、命令に従うところだろう。
エリーゼは両手で目を覆い肩をがたがたと震わせ、それをドロッセルが庇うようにして肩を抱く。
だが、ミラの態度は変わらなかった。
「お友達がどうなってもよいのですか」
「くだらんな。お前たち人の尺度での脅迫など何の意味もない。傷つくこと、失うことは私にとって恐怖ではない」
嘘だと思うのなら、私でもその者たちでもそこに突き飛ばしてみろ。と余裕の表情だった。
(…)
心なしかの口角も上がったように見えたが、それが嘲笑によるものなのか、信頼によるものなのか不明なままだった。
「興醒めね。何を見せてくれるのかと思ったら」
「…貴女は口を開くなと言ったはずですが」
「はぁ、もう結構。先に休ませてくれないかしら」
「かつての仲間たちの最期を見届けなくても?」
「ふっ」
はすぐさまジランドの言葉にまるで笑うように息を吐く。
「別に興味ない。それに自分の事くらい自分で守らないと。…ね、エリー」
「…!」
が踵を返すと、ジランドの指示を受け2人の兵士がそれに付き添うように囲う。
不機嫌をあらわにしたジランドであったが、別の兵による新情報を受けて目の色がすぐに変わった。
「例の件の準備が出来たようです。ここは任せますよ。必ず鍵の在り処を吐かせなさい」
「ははっ」
いくらか手薄になった兵にそう告げるとそそくさとその場を去るジランド。
人質が彼女にとって効果がない今、ミラの優勢は変わらなかった。
「さぁ吐け!吐かんか!」
「ふっ、困っているな。脅しが聞かない時点で策は尽きたか」
「なにを…」
「何なら身体検査をして見たらどうだ。持っていないとわかるはずだ」
身体検査を持ち掛け兵の隙を見つけると腰に装備されていた剣を抜き、喉元に突きつける。
一気に形勢逆転となる。
ぴり、と兵に緊張感が走るのを肌で感じ、
「そちらには人質は効果的なようだな」
とミラは静かに笑った。
+
時間は半刻ほど前に遡る。
目が覚めた時、真っ先に見えたのは鉄格子。
近づく足音。
トラウマを想起させる見知った顔ぶれに思わず身構えようとした時、両腕からシャララという金属の音が聞こえ、自分が人の力では千切れないものに拘束されているのだと気づく。
「気が付いたか」
思い鉄の扉が開いて、再びガシャンと音を立てて閉まった。
目の前にはジランド。
そして取り囲むようにラ・シュガル兵が4人。
(厳重だこと)
頭に鈍痛を感じながらも、芋づる式に記憶の糸を辿っていく。
足りない頭で現状を確認すると、どうやら気絶させられたまま牢の中に放り込まれたようだった。
15歳と言えど、かつてこの場所を去る時精霊術の暴走でゴーレムは破壊し、研究資料や建物を吹き飛ばした人物。
その上、両手をしばる鎖の存在。
四角い個室に隔離され、厳しい状況についつい口を慎重になる。
街中で見せたものとは種類が違う鋭い目をぎらりと向ける人物に、は恐る恐る目を合わせた。
「随分と好き勝手してくれたじゃないか。おかげで要塞は半壊、多くの駒を失い、計画も白紙となった」
「…」
「予定とはいささか違ったが…まぁいい。お前さえ戻れば手筈は整う」
「…私をあの兵器のエネルギー源にするつもり?」
「――何か勘違いをしているな」
低く唸るような声に無意識に体がびくっと反応してしまう。
まるで親に咎められているような気分だ。
「“同胞”を資源にすると思うか?」
「でも!イル・ファンで私を捕らえたのだって…」
「少々手荒だったが増霊極の力を抑え込むにはああするしかなかった。“希少な成功例”を無暗に殺すことはしない」
「……」
思考する。
自分は人為的ではあるが黒匣と増霊極の双方を体内に所持する特異体質であり、つまりは膨大なマナを抱えていることになる。
てっきりクルニクスの槍のエネルギー源としてイル・ファンの研究所やバーミヤ峡谷で見た人体実験のように人柱として搾取されるものだと思っていた考えが全否定された。
(じゃあ彼らの本当の目的って何?)
拒絶反応がなくほぼ無限に近いほどのマナを発生できる人型兵器、それこそが“成功例”であり彼らにとっての“可能性”なのだとばかり…。
「思慮深さは父親譲りか」
「…。父さんと母さんはどこ?」
「…度胸と気の強さは母親似だな」
顎を掴まれ、街中でそうだったようにぶたれるんじゃないかと眉根を寄せた。
哀愁満ちた表情の割に返答を渋るジランドに不安といら立ちが同時に募る。
「――質問に答えて!」
―― ブワッ !!!
生憎装備品は剥ぎ取られていたが、抵抗する手段としてには精霊術があった。
拘束されていても発動が可能なその力を解放させるとその精霊術の波動、術式に数人の兵が咄嗟に「ひっ」と声をあげた。
「例の物を」
「は…はっ!」
ジランドに指示を受けた兵士が返事と共に黒匣の装置を起動させた。
自分がいた頃には見覚えがない装置だったが、次の瞬間身を持ってその威力を知ることになる。
「ぐっ…。ああああっ!」
「無駄だ。お前の体にソレを埋め込んだのは我々だ、その対策が取られてない訳がないだろう」
「何を…っ!」
「それにお前が抵抗すればするほど連れが痛い目に合う」
急に締め付けるような痛みを覚えた心臓を抑え込むようにして顔を歪める。
「単刀直入に聞こう。イル・ファンでクルニクスの槍を起動させたのはお前だな?鍵はどこだ」
「知らない!」
「なら精霊の主とやらに聞くとしよう。小娘の一人や二人呪環に放り込めば記憶力のいいお前も…思い出すだろう」
顎で合図をすると、周りにいた兵が強引に体を起こし、手枷から縄に縛りなおし、コートで隠れるように背後で括り付けられる。
肩で息をする。
「さぁ、どうかしらね」
「その威勢のよさもいつまで続くか見ものだな」
ついて来い。
短く吐き捨てジランドはニヒルに笑った。
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