(ジュード・chamomileシリーズ)
3.本心は胸の奥底に
流石に自力では取れないといっていただけあって15歳の女の力じゃどうにもならなかった。
今はあの時のようにシステムは作動していないようでマナを乱されることも、先ほどのように枷が錘になっているという事もない。
ただ、両手が拘束されている。
それだけ。
(外の様子はわからないけど、体感時間はそんなに経ってない)
くねくねと不安定に揺れる彼女の攻撃をぎりぎりでかわす。
両手を塞がれ、投げナイフどころか短剣を装備することもままならず、逃げるだけで精いっぱいだった。
(あの子、マナを吸い取られてって言ってた。計画の話、進んでるんだ)
となると精霊術でどうこうするしかないのだが、丸腰相手に彼女は案外容赦のないようで、ガンガン攻め込んでその隙を与えない。
「アハー。考え事しながらとか何、余裕ぶってんの?」
「貴方も殺すって言うわりには弄んでくれるじゃない。何が目的?」
「なに質問してんのさ。主導権はこっち…!」
大振りの突きが一線。
両手が塞がった状態で無傷で交わすことを諦めたは手枷を引っかけるようにして身をかわす。
機械に亀裂が入るのを確認すると、精霊術を直に手首に当ててダメージを追加する。
(…ッ)
「へえ。やるじゃん」
がしゃんという音を立てて、私を拘束していた機械が鉄くずと化す。
光属性しか使えない私が手首に当てたのは小さなフォトンのようなもの。
光であっても少し焼けたような痛みに眉根を寄せるが、死ぬよりかはいいだろう。
「貴方、ラシュガル兵じゃないのね」
「はあ?何突然。気を逸らせて時間稼ぎのつもりイ?」
「だって、そうよね。教授がそっち側だったのか利用されてただけなのかはわからないけど、貴方はさっき“マナを全部取られて死ぬ”と言った。つまり、教授またはその裏幕の目的は私からマナの搾取をすること。それなのに、目的に背くことをしているあなたはいったい何者?」
生憎私はジュードの様な治癒系の精霊術は使えない。
手首の軽いやけどの痛みを抑えるためには太もものポーチに仕込んでおいた塗り薬で和らげ、応急処置をすることだけ。
目の前の彼女は至極面白くなさそうに、ただゆらゆらと上半身をくねらせて何かを考えているようだ。
「甘っちょろい考察。アンタ、早死にするタイプだな」
「考察が外れるのは私の読みの甘さだし、仮に貴方がただの無差別殺人鬼さんか何かなら…そうかも」
「実際、そうかもよ?」
「それなら運が悪かったと思って諦めて応戦するしかないね。死ぬのは、嫌だし」
戦闘に気を取られていたが、どうやら隣の部屋で聞こえていた男たちの声はなくなってしまったようだ。
自分を拘束するものが何もなくなると、自由を得ることが出来たが失うものは大きかったように思う。
「クールぶって、マジ気持ち悪いな、アンタ。あのおっさんに騙されて、売られて、憎いんだろ?悔しいんだろ?何なら始末するの手伝ってやろうか?」
「…別に。誰かに気分よくなってもらう為に生きてなんかいないもの。それに」
どうせ、教授もこのまま無事なわけがない。
(左様なら、教授)
そう呟こうとした時、その先の言葉を悟ったらしい少女はアハハと不安定に笑いだした。
「知ってるぜ?アンタ、霊力野退行してるくせに精霊術が使えるんだろ。一体どんな兵器、身体ん中に仕込んでんの?」
「……」
「アハハッ、無言は肯定と取るぜ」
「…。お生憎様、私も知らないの。知ってたとしても、名乗りもしない貴方に言う事じゃない」
反感を買う言葉をあえて選ぶと年の近い(もしかすると同じかもしれない)彼女は簡単にその挑発に乗って顔色が変わり噛みつこうとした時、狭い空間に機械音が鳴り響いた。
――ビビーッ!ビビッ!
何かの通知音と赤い警報光。
頬にそばかすのある赤い服の女はそのエラーコードにも似た通知に軽く舌を打っていた。
「ち、こんな時に侵入者かよ」
「…賑やかね」
カチャカチャと何かを操作すると映し出される画面がすぐさま切り替わる。
侵入者に興味はないが、このタイミングは有難い。
「貴方とはもっとお話ししていたかったけど、私、この騒ぎに紛れてお暇するわ。これ、外してくれてありがとう」
背中に暴言を受けながらは研究室を飛び出した。
頼るものを、場所を、すべて失った空っぽの頭をフル回転させる。
(イル・ファンには戻れない)
(ハウス教授はきっと口封じで消されるだろう)
(私だってあの子がいなければ、あのままマナを搾取されて助からなかった可能性だってある)
(あの計画は、すでに実行されていると考えるなら、私がすることは一つ)
「私はまだ、死ねない。私は、可能性、なんだから」
――計画を止めなくちゃ。
怖い、逃げたい、泣き出してしまいたい。
色んな渦巻く感情をぐぅっと胸の奥に追いやると、は短剣を構え、研究所の最深部へと歩みを進めた。
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ぽちり