(2019.08.22)
30.友を信じる心
『傷つくこと、失うことは私にとって恐怖ではない』
自分を落ち着かせる様にミラの言葉を脳裏で繰り返す。
何とかかんとか言いくるめて自分の監視を兵2人にまで絞ることが出来た。
そのうちの片方は先程精霊術を使おうした私を苦しめた黒匣の兵器を持っているのは鎧の傷で確認済みだ。
何よりジランドから離れられたこと、ミラたちからも兵の数を自分側へ引き付けられたことは大きい。
「あなた、見かけない顔ね」
「あ、あぁ…」
カツカツと静かな廊下を歩く。
この一年で立て直したらしいガンダラ要塞も以前とあまり大差がないようで、今来た道は全てかつて焼き付けた記憶通りだったことに安堵する。
平然を装いながら静かに会話を仕掛けると、後ろから耳打ちをしあう声が聞こえてきた。
(おい、余計なことを話すな)
(はっ、失礼しました)
(お前は来たばかりで知らないだろうが、こいつこう見えて14の時にここを半壊するほどの術の使い手だ)
(そうなんですか!)
(あぁ。こちらには制御装置があるといっても油断するなよ)
確信したことが一つ。
は黙って道なりに進むと角を曲がったところで足をぴたりと止めた。
そうして死角となり相手が油断した隙に一人の兵に奇襲をかける。
「ぐっ!何を…!」
「ちょっと黙っててくれる?」
両手が拘束されているから不自由はあるが、何とか足払いを掛けたうえで回し蹴りでとどめを刺し、気を失わせることに成功した。
残す兵は一人。
突然連れの兵が倒れて驚く彼にニィと笑って見せる。
「ローエンの手の物ね」
「…これは、よく紛れ込んでいるとわかりましたね。上手く振舞えているつもりでしたが」
「私ここに長くいたから、ガンダラ要塞に配属されている兵の特徴はすべて覚えてるの。それに」
「?」
「私が精霊術を使った時、貴方だけは驚きが薄かった。一年前の事件を知らないってことなら…後は大体想像がつくから」
「それで“見かけない顔”だ、と…お見事です。今拘束を解きます」
有難う、と短い台詞ののちに両手が解放されようやくほっと息をつける。
血の通うようになった手の動きを確認しながら、気絶した兵が持っていた増霊極の効果を制限させる装置を見おろして「また厄介なものを」と苦言をこぼす。
「先程、共に潜伏しているものより連絡があり、イルベルト氏他2名もガンダラ要塞内に侵入したとのことです。自分もこのまま脱出用の馬の確保に向かいます」
「…了解。流石仕事が早いのね」
「これからどうされますか?」
「とりあえず呪環を外すために制御盤とティポを探さなくちゃ。…それまで皆が無事だといいけど」
そこまで言い終わると遠くの方で感じた覚えのあるマナの反応と、爆発音が聞こえた。
「不要な心配だったわね」と肩をすくめる。
「どうか、お気をつけて」
「感謝するわ」
取り上げられていたナイフたちを装備する。
は内通者の兵に礼を述べると、見知った道のりを気配を殺して進み始めた。
(結局、両親の事聞き出せなかった)
いくら尋ねてもはぐらかされるばかりだったさっきのやり取りを思い出す。
(もう、戻ってくることはないって思ってたけど)
仲間が大変な時に私用で寄り道することを心の中でそっと詫びる。
きっと1年前のあの時の影響を受けてないエリア。
かつて私たち親子がここでアルクノアとして研究員だった頃に生活していた場所に足を進める。
ピッピ。ピーピピッ。
それ以外の事で手が回っていないのかパスコードもどうやら昔のままのようで安堵の息をこぼす。
一歩足を踏み入れた時に感じる埃っぽさは、あれから人がこの場所に足を踏み入れていないことを意味する。
その埃っぽさの中に懐かしい匂いを感じ、は泣き出しそうになるのをこらえ鼻をひくっと震わせた。
「父さん、母さん」
目を閉じれば瞼の裏に色濃く映し出されるあの時の情景。
大丈夫、忘れてない。覚えてる。
そのことにほっとすると、長い間使われていない机の前でしゃがみこんだ。
(確かここに…)
父さんはよく手記を見つからないようにと引き出しの奥に隠していたのを思い出す。
ここにいつか立ち寄ることが出来たら回収しようと思っていたものだ。
「あった…父さんの手記」
部屋を見る感じ、きっとここは随分と前から使われていない。
それに、重要そうな資料は持ち出されているのかほとんど使われていない無機質な倉庫の様だと思った。
表紙の埃をそっと撫でてぬぐうと、ぴらぴらとめくり最後のページまですすめる。
父さんにしては珍しく文章は途中で途切れていることに不信感を抱く。
そして、何気なく父の言葉に目を落とす。
――節 ――日
私たちはもう長くないだろう――
パタン、と現実を拒絶するように本を閉じた。
一瞬の事なのに心拍数が跳ね上がる。
どくんどくんという音が喉のあたりまでこみあげてきて呼吸がしづらくなる。
(父さんたちは)
本を閉ざしても目に一度焼き付けてしまった情報は剥がれない。
何度も何度も脳裏をめぐって、思考は一つの答えに行きつこうとするのを何度も自我が首を振った。
(もう――?)
手記を無くさないようにポーチにしまい込むとあの人に問いただすために地を蹴った。
+
「…本当に私たちの敵なんでしょうか?」
ティポを失い精霊術が使えなくなってしまった不安、そして敵地側に立つに対するショックで俯いていたエリーゼがぼそりという。
戦うことは出来ないが、それでも怯えるエリーゼのお姉さんとして気を張るドロッセルは「え?」と彼女の言葉を拾う。
「私、どうしてもそうは思えないんです。はいつも優しくて、眠れない夜は一緒にお喋りしてくれて、それに友達って言ってくれたんです」
「エリーはの事大好きなのね」
「はい…」
「真意はわからないが、私の知っているなら無策であんな行動に出ることはない。何か考えがあるのだろう」
「ミラ!」
「ただ、がクルスニクの槍の起動について詳しかった事、バーミヤ峡谷で呪帯を知っていたことやナハティガルの素性を知っていた事も気にかかる」
そう言ってミラは出会って間もないころの彼女の言動を思い返していた。
『それはこれからミラが判断して』
『私はもう、あの人たちとは関係ない』
『――その時は、斬ってくれて構わない』
先程、約束を覚えているか、との問いに忘れていない事も確認できた。
自分の進むべき道を邪魔するものは誰であっても斬るだけだ、と内心呟く。
「友達の事は何があっても信じるって本に書いてありました」
「信じましょう。私もと会って間もないけど、そんなことする人だなんて思えないもの」
「ドロッセル、ありがとう。…ミラ。ミラにとって、は友達、ですか?」
恐る恐るエリーゼが尋ねる。
それに驚いたように目をぱちぱちさせたミラは少し考えたのちふっと笑って、
「私の片思いでないといいんだがな」
と顔を背けながら答えた。
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ぽちり