(2019.9.2)
32.友への代償
「茶番だな、実に下らん」
唸るような低い声は聞き覚えがあった。
ぎゅ、と縮こまる心臓を高ぶらせる様には低く身構える。
「陛下!」
「実験に邪魔が入ったのか?」
「はっ、しかしすでにデータは採取しました。あとは…」
ラ・シュガルの王である、ナハティガルだ。
その長身から下等を見下ろすような細く冷たい瞳で一部を舐めるように見回すと、の姿に王は「ほう」と笑った。
続けるようにミラを一瞥し「貴様の様な小娘が精霊の主だと」と鼻で笑い飛ばす。
咄嗟に切りかかるミラの斬撃を一歩も動くことなく手甲で全て弾くと、彼女の剣を掴みいとも簡単に投げ飛ばした。
が瞬時に援護に入り、ミラが壁に直撃するのを何とか防ぐ。
「儂はクルスニクの槍の力をもってア・ジュールを平らげる。誰にも邪魔はさせん」
「ナハティガル王!あなたは」
「下がれ!お前の様な小僧が出る幕ではないわ」
ナハティガルはジュードの言葉を薙ぎ払うかのように槍を一振りする。
それからとどめを刺すようにミラのいる場所目掛けて槍を投げつけた。
力不足とわかっていながらナイフを構えて少しでもダメージを軽減するように構える。
圧倒的な差を見せつけられ、女性陣の叫び声が飛んだ次の瞬間、後方から精霊術がその槍を破壊した。
「ぐぅ…イルベルト、貴様か!」
「あ、あそこにいるのはローエン・J・イルベルト…?」
「ローエンって、あの学校の授業で習った『指揮者イルベルト』!?」
「ただのじいさんじゃないと思ったが」
ジュードもアルヴィンもその事実に驚きを隠せずにいた。
ローエンはそれらの反応に「昔の話です」とだけ言うと、ドロッセルやエリーゼの安否を確認しほっと息を吐いているところだった。
その姿を嘲笑するようにナハティガルは「落ちぶれたな」と言い放った。
「陛下こちらへ、このような下賤な者どもに陛下自らこれ以上関わられる必要はございません」
ジランドの言葉に踵を返すナハティガル王。
この機会を逃すまいとは精霊術を繰り出し、足を止めさせる。
… フォトン …
「未熟だな。儂と共にこい。力の使い方を教えてやる」
「私は道具じゃない。カラハ・シャールの人たちだってそう…人を資源と思っている貴方についてなんかいかない」
「力無くしてどうやって国を守るというのだ。民はその為に礎となる…些細な犠牲だ」
「…貴方のやり方は間違っている。民を犠牲にして得る力に何の価値もない」
「――お前の両親が遺した“可能性”を儂が使ってやると言っている」
「…」
遺した。
このした。
というフレーズが頭の中で再々繰り返された。
『 私たちはもう長くないだろう 』
先ほど焼き付けた父の手記の一文がよぎる。
記憶の情報が一致し、一番認めたくなかった結論にたどり着くまで時間はかからなかった。
両親は、
(もう、いない)
死んだのだと。
王は告げた。
「うそ」
力なくぺたり、とその場に座り込む。
心の言葉は声に出たのか、思っただけだったのかもうわからなかった。
機械仕掛けの心臓がとくとくと全身に血とマナを通わせるのが嫌というほど感じる。
生きてる実感。
死んでる事実。
受け入れられない双方に痛みが増す。
そばでジュードが何事か言っていたようだが言葉が耳に入らない。
つ…と頬に涙が伝った。
「まぁよい。何れ戻ってくることになる。…いくぞ」
「はっ」
「逃がさん!」
「ミラ、一人じゃ!」
壁に刺さったままだった自身の剣を力づくで抜くと、ミラは走り出す。
ジュードの言葉虚しく、行く手はラシュガル兵にはばかれ、ミラの背中はあっという間に小さくなってしまった。
「――ッ」
「!」
弾丸のように飛び出したは兵の意表をついてあっという間にナハティガルたちが去った扉を超えた。
先程まで崩れ落ちていた彼女は抜け殻そのもの。
ジュードの声掛けに全く反応がなく、心ここにあらずといった様子。
ミラが危ない、という本能だけで動いたようにも見えた。
「くっ!」
「追いかけるにしてもまずここにいる連中を何とかしてからだ。来るぞ!」
アルヴィンが吠える。
早く駆けつけなくては。
無茶ばかりする二人の身を案じながら、ジュードはナックルを握る手に力を込めた。
+
ラシュガル兵をかわし、駆け出したミラは巨大な装置のある部屋を抜け呪環のある大広間に出て、ナハティガルの後姿を捕らえた。
足環の着いたミラを呪環越しにとらえ、ナハティガル王とジランドは変わらず余裕な態度であった。
一歩でもそのラインを超えれば大爆発を起こしてその損傷はやがて死に至る。
「答えろ、何故黒匣を使う?」
黒匣を使う事で精霊は消え、マナは枯渇し、やがて人々の暮らしにまで影響を及ぼすだろう。
精霊術でほとんどの生活をまかなっているこのリーゼ・マクシアで精霊が消えるとはそういう事。
その上自身の理想の為にリーゼ・マクシアの民まで犠牲にしている彼を精霊の主としてこれ以上見過ごすことは出来なかった。
「貴様は一つ勘違いをしている。黒匣などに頼らねば自らの使命を唱えられない貴様に出来る事など何もない」
「その言葉、黒匣無しでは生きていけないものがいることを知らんようだな」
「何?」
「その娘がそうだ。共にいてそんな事にも気づかぬようでは精霊の主と言えどたかが知れているな」
遅れて駆けつけたにナハティガル、そしてミラの視線が刺さる。
心臓部分をぎゅっと握るの表情は強張っていた。
「ふっ、まぁよい。儂に傷1つ負わせられぬお前が何を言っても、負け惜しみにしか聞こえんわ」
「勘違いは一つではないようだな」
ミラはふっと笑うと、それがどうしたと言わんばかりに「お前たちこそ」と続ける。
『 ない。――その時は、斬ってくれて構わない 』
『 絶対に阻止しなきゃ。リーゼ・マクシア人と、精霊の為にも 』
『 同じ信念を持つもの同士、最後まで付き合うから 』
「長く共にいても彼女の強い意思の力を知らないのだな」
(あぁ、ミラは最初から)
知ってたんだ。
そう思った。
これが終わったら本当のこと、彼女に話そう。
自分を…。
破壊しようとしている黒匣の力を借りて生きている自分を信じてくれたミラに。
ミラを。
(守らなきゃ)
は胸に手を当てると迷うことなく増霊極を起動させた。
カチ。
機械仕掛けの音が広い空間にこだまする。
まるでスローモーションのように送られる刹那。
自分の体に巡るマナが一気に膨れ上がり、自身の髪を毛先から徐々に白くした。
膨大な量のマナを使って、呪環を恐れず王に切りかかろうとするミラを守るべく強力な精霊術を唱える。
「 希望の曙光を見よ 大地に尽きしその時も 」
眩い光がミラを包み、その後遅れて爆発音が彼女に襲い掛かった。
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