(2019.9.3)









 33.小指を重ねる









結果から言うと、王を討つべく切りかかったミラであったが行く手を阻む呪環の障害があり切っ先がわずかに掠った程度だった。

爆発を恐れずに飛びかかってきたと怯ませるのには十分で、王と副参謀は秘密兵器だけ起動させてそそくさと姿を消した。

事態はそれだけで終わらなかった。


「くっ…!ミラ、しっかりしてミラ…!」


広がる煙。

異臭。

肉の焦げる匂いに何度もむせかえりそうになる。

表情、脱力した身体、中でも爆発から一番近かった足は見るに堪えない状態だった。

今までイル・ファンのタリム医院にて幾度となく運ばれてくる患者を診てきたが、そのどれよりもひどい有様。

今の自分に出来るのは見様見真似の頼りない治癒術で火傷の進行を食い止める事ぐらい。

こういう時、自分の無力さに反吐が出る。


「これは…!」

「ジュード君変わって!右足首を中心に火傷深度Ⅲ、意識混濁、呼びかけ反応なし、脈は…!」

「―ミラ!どうしてこんな…ミラ!」

『わー、ぐちゃぐちゃだよー』

「エリー!あなたも治癒術を!」

「で、でも…」

「…お願い。私じゃミラを助けられない」


最後の言葉は消え入るほど小さく、尻すぼんでしまった。

あれだけ怖い思いをさせておいて、こんなこと頼むのは都合がいいのかもしれない。

それでも彼女はぎゅっと顔を強張らせて力強く頷くと、ジュードと共に出来る限りの治癒術を施し始めた。

ここで出来る処置にも限りがある。

それに加え、ガンダラ要塞全てを唸らせるような地響きが、緊迫した空気を全員に伝えた。


「あれはガンダラ要塞を守るために配備されている機械仕掛けの巨像、通称ゴーレム。こんな状態で真正面から戦うなんて無謀ね」

「馬車を用意しています。いったんカラハ・シャールまで戻りましょう」


ラシュガル兵の追撃を上手くかわしながら全員が馬車に乗り込むとすぐさまローエンは馬車を走らせた。

移動中も進行を食い止めようとジュードとエリーゼがミラの治癒にかかる。

ドロッセルはそれを祈るような気持ちで見守り、馬車の天井ではアルヴィンが銃を構え追手を相殺し、は肩で荒い呼吸を繰り返しながら応戦しようとゴーレムを睨む。


「おい、お前は下で…」


アルヴィンが何かを言いきる前にが咳き込み、そのまま吐血した。

増霊極の副作用だ。

これほど長く起動させていたことがなかったからかどうやら後にかかる負担が大きくなりそうだと口元を拭いながら自嘲する。

隣でアルヴィンが慌てた様に「おい!」と自分に言葉を投げたがそれに反応を返す余裕は残っていなかった。

増霊極が切れかかっている。

急がなくては。


「 ――天光満つる処に我は在り… 」

「は…お前何する気だよ…!」


思い出せ、思い出せ、思い出せ。

頭では何度も1年前、自分がここを半壊させた時の記憶をたどっていた。

あの時ほどでなくてもいい。

兎に角この場を乗り切り、カラハ・シャールに戻れさえすればミラは助かるかもしれない。

詠唱を終えるころには膨れ上がったマナがバチバチと周囲の空気を弾き、見てわかるほどに巨大な魔法陣を頭上に展開させていた。

突風でかき消されそうな声で、でも確かには言った。


「アル兄、私ね。自分の可能性を信じてみたいんだ」

「――」

「へへ…後は宜しく」


後の落雷。

低く唸るような轟音と目を覆うほどの眩い光に呑み込まれそうになる。

その光に取り込まれるように力なく気を失う彼女を寸前のところで拾い上げるアルヴィン。

ぎり、と奥歯を噛みしめるのは一瞬でも彼女を“化物”と思ってしまったからか、それとも信念に立ち向かう彼女の姿が自分には眩しすぎたからか。


「わかるわけないだろ」


ゴーレムは動きを止め、破壊まではいかなかったようだが追いかけてくることはもうなさそうだった。

アルヴィンは自前の衣服が血で汚れる事なんてお構いなしに段々と白が抜けていく彼女の髪を頭ごとしっかりと抱き込んで、彼女が振り落とされないように守り続けた。




 +




目が覚めると見覚えのある天井に、あの後無事にカラハ・シャールにたどり着いたのだと知る。

どうやら自分はあの後気を失いこのシャール邸の一室のベッドに運ばれたのだと、ベッドの脇で眠るエリーゼの姿を見て察しがついた。

ごめんね。

そう呟いて、そっと彼女の頭に手を伸ばして、ぴたりと止める。

触る資格がないかもしれない、なんて躊躇っていると片隅に転がるティポがぱちりと目を覚ました。


『エリーゼ、君が起きたよー』

「ん…。あ!もう起きて大丈夫なんですか?」

「ええ、お陰様で。エリーが看病してくれたのね…ありがとう」

「い、いえ…」

『ねぇねぇ、何が“ごめんね”なのー?』


安心したのもつかの間、ティポはいつもの調子でそう言った。

エリーゼはぎこちなさそうに俯く。


「友達に怖い思いをさせたから。だから、ごめんねエリー」

「…」

「ごめん」


エリーゼは自分のスカートを握る手に力を入れると首を横に振る。


はティポを助けてくれました。それに、私たちの事も。でも…」

「うん」

『何でも言い合えるのが、本当の友達なんだぞー!』

「友だちなのに、隠し事なんて嫌です」

「…うん。もうしないよ、約束する」


約束ですよ、と小指を絡める。

離れるころにはエリーゼの表情もふわりと緩んだ。


「エリー、ミラは?」


そう聞くとエリーはバツが悪そうな顔をしたので、最悪の状況が一番に目に浮かんだ。

エリーゼが言葉を選んでいると、ティポが代弁するように状況を教えてくれた。




『ジュード君とお医者さんの介抱でミラはイチメイをとり止めたんだー。でも…』




夜遅くまで治療を続けてくれていたらしいエリーゼを部屋まで送ると、その足でそのままミラの休む部屋へと向かった。

部屋に一歩立ち入ると、夜も深いというのに部屋主は上体を起こし窓の外のどこか遠くの方を見ているようだった。

の存在に気づくと「か」とだけいつものように呼び、ベッドのそばまで招いた。


「世話を掛けたな」

「何を今更」

「ふふ…お前ならそう言うだろうと思ったよ」

「…足は?」

「うむ。動かない。痛みも何も感じないな」


エリーゼに聞いてすでに知っていた事実を彼女の口から聞き、は静かに「そう」とだけ返した。

あの爆発、あの火傷、あの状況。

誰よりも一番近くで彼女を見ていたからこそわかる。


「さっきジュードに言われたよ。今の私には何の力もない。現実を受け入れろ、と」

「ジュード君らしい。でも、あの時ミラを止めなかったのだから私も同罪ね。後で白状してジュード君に怒られておくわ」

「…。あの時、お前には私を止めるという選択肢もあっただろう。何故そうしなかった?」

「最後まで付き合うって言ったでしょ?それに、逆境に立ち向かう貴女を見ていたかったの」


はそう言うと襟元から一つずつボタンを外していく。

あらわになる胸元には縦に一線伸びた傷は以前一緒に入浴した際に見せたそれだった。

はミラの手をひょい、とすくうと機械仕掛けの自前の上に置いた。

とくとく、という鼓動と共にジジジという黒匣が駆動する音が指先から伝わる。

ミラは静かに彼女のすることを見守っていた。


「はじめはね、友だちと一緒に遊びたかっただけなの」


ぽつり、ぽつりと紡ぎ始める。

まだ他の誰にも打ち明けられていない事。

ミラはその言葉一つひとつを聞き逃さないようにしっかりと見つめ返していた。


「私は生まれつき心臓が弱かったから、それを補うために幼少期からここには黒匣が入ってる。これがないと歩くことはおろかもう生きてはいなかったかもしれない。父さんも母さんも少しでも私の負担がないようにってあいつらの元で黒匣の研究に励んでいた」

「だからクルスニクの槍の操作や、ラシュガルの内部について知識があったと言うわけか」

「…うん。黒匣のおかげで今私はこうして生きていられる。ミラの言う黒匣が精霊たちを殺しているっていうのもわかってるつもり」

「…」

「彼らは私の事を“可能性”と呼んだ。だからお願い――私に時間を頂戴」


絶対に使いこなして見せる。

強い意志の元そう告げると、しばらく考えてミラが観念したようにふぅと長い息を吐いた。


「もし、使い方を誤ることがあれば――」

「その時はミラがこれを“壊して”?」


心臓を一突き。

それで機械は停止し、すべてが終わるのだとは恐れることなく微笑んだ。

頑なさで言えば自身の右を出るものなどいないと思っていたミラも、彼女の頑固さには呆れて息を吐くほどだった。

これは本当に後でジュードにお説教待ったなしかもしれない。


「あぁ、約束しよう」

「ふふ。今日は約束してばっかりね」

「?」

「…こっちの話」














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