(2019.9.5)
34.それぞれの別れ
太陽がのぼったばかりの朝も早くに、はいつものように屋敷を抜け出した。
夜の憂いを残すひんやりとした刺すようなカラハ・シャールの朝の空気が好きで、ついつい仲間の目を盗んで抜け出しては空を見上げてしまう。
出会いと別れの街、というだけの事はあり、まだ朝が始まったばかりだというのに一方は手を振り別れを惜しみ、また一方では再会を喜び手を取り合っていた。
そんな街の人たちを潜り抜けて、目的の人物を捉える。
「おはようアル兄」
「あぁ、おはよ」
「ローエンから聞いた…あの時助けてくれてありがと」
「…」
先程から全く目を合わせようとしない彼の横に立つ。
彼は手をひらひらしただけでの言葉を返し、それから思いつめるように黙り込んでしまった。
居心地の悪さを互いに感じながらそれでもは続けた。
「あともう一つ。いつも、手紙を送ってくれてありがとう」
「…なんで礼なんか」
「父さんと母さんの事、知ってたんでしょ?」
「…」
「返事もないのに、届きもしないのに。私も馬鹿の一つ覚えみたいに…ごめんなさい」
よくよく思い返してみると、手紙を差し出した時、いつも彼は浮かない顔をしていた。
独りよがりとはよく言ったものだ。
返事のない手紙を懲りずに送り続ける姿はさぞ滑稽だっただろう。
それでも彼女にとってそれは両親と繋がる唯一の方法で、ジンクスのようなものだった事を、彼は汲んでくれていたのかもしれない。
「…死に目に会わなくてよかったな」
「…っ」
ぼそり、と独り言のように言った言葉にひどく動揺してしまう。
すると彼にもその動揺が移り、一瞬戸惑ったような表情になったが、すぐにバツが悪そうに視線を逸らした。
背中の方で町が活気づいてきている。
その賑やかさに取り残されそうになりながら、は意を決してアルヴィンに向き直った。
「一緒に行こう、アル兄」
「…」
手を差し伸べる。
その瞳は力強い意志を感じられ、彼女は決めたのだということが嫌というほど伝わってきた。
思い出されるのは、ボロボロになりながら、血を吐きながら、黒匣の力に侵されながらも仲間の為に自分を犠牲にして巨大な精霊術を繰り出したあの時の光景。
自分よりも10個も年下で、同じエレンピオス人である彼女の意志の強さが眩く、それに照らされる自分の方が滑稽に思えた。
(なんでお前はいつも、そうやって)
ぱん、と乾いた音がした。
奥歯を噛みしめると、アルヴィンは無慈悲にもその手を払った。
大きく目を見開く彼女に胸が強く締め付けられる。
(これでいい)
アルヴィンは自分を納得させるようにそう何度も胸の中で復唱すると、遠くに見えたジュードの姿に声色も、表情も変えて話を振る。
「よっ。ミラ、無事だったんだってな」
「アルヴィン…それに、も。…えっと、何かあったの?」
「ちょっと別れの挨拶をな。あれ、次の依頼主」
「え…一緒に行かないの?」
「目的のために自分から吹き飛んで死にかけるなんて異常だろ?」
「…っ」
その言葉でジュードもあらかた察しがついたようにはっとなった。
俯いていたも、アルヴィンの言葉に弾けるように走り出した。
追いかけようとするジュードをアルヴィンが止める。
「なあ、この町の別名知ってるか?」
「え?」
「出会いと別れの街、だってさ」
彼はミラたちの考え、行動についていけないと判断したのだ。
それを聞いていたは何を思っただろうか。
考えるよりも先に足が彼女が向かった先へと動き始めていた。
今度こそ、行動しなかったことを後悔しないように。
「はぁ、はぁ…」
活動を始めた町の人を避け、段々と人気のない方へと進んでいくと、路地裏で膝を抱えしゃがみ込む彼女の姿を見つけた。
何かを押し殺すような声。
砂利を踏みしめる音に彼女も気づいたのかこちらを見ることもなく「ほっといて!」と声を荒げた。
「ほっとけないよ。僕がそういう事できないの、知ってるでしょ?」
そばに膝をついて背を撫でると彼女は肩をピクリと震わせた。
それでも抵抗しようとするように強張る背中を慣れない様子でとんとん、と叩いていると少しずつ彼女の緊張もほぐれていくようだった。
「は、アルヴィンの事…好き、だったもんね」
言葉に出してみて、チクリと胸が痛んだ。
でも気を許しあっているのは、目に見えてわかるほどだった。
自分など入り込む余地がないくらい。
は絞り出すようにして
「大っ嫌いよ、あんなやつ」
と、またひとつ、嘘をついた。
+
「ミラを、僕の故郷ル・ロンドに連れて行こうと思うんだ」
ジュードの父は医者であり以前、足が動かなくなった患者の足を動けるようにした事があるという。
このまま剣を握り再びガンダラ要塞に向かおうとしていたミラを止め、代わりに、と出した案にミラはようやく首を縦に振ったのだ。
「勝手に決めてごめん」と謝るジュードには先程弱みを見せてしまった事もあってか素直に
「謝る事じゃない。私も少しでも可能性があるなら、そっちの方がいいと思うし」
とそっぽを向いていた。
「上手くいくことを祈っているわ」
「道中お気をつけて。ここまでのお見送りしか出来ずに申し訳ありません」
「何から何までありがとう」
屋敷の前まで見送りに出てくれたドロッセルとローエンにお礼を言う。
また、ミラが全く歩くことが出来ないからと馬の用意も整えてくれており、至れり尽くせりのこの状態は何度頭を下げても足りないくらいだろう。
2人の後ろから寂しそうにするエリーゼとティポの姿にジュードもも歩み寄ってそれぞれ別れを告げた。
が腕を広げると、エリーゼとティポは飛び込むようにに抱き着いた。
「エリーゼ、元気でね。ドロッセルとローエンは仲良しだから、寂しくないよね」
「う、うん…」
「大丈夫、またいつでも会えるから」
「私…みんなにお手紙書きます。だからちゃんと、お返事書いてくださいね」
「うん、約束」
何でも言う事、手紙を書くこと…約束は二つに増え、また同じように小指を絡めた。
ティポが『君は一言じゃなくって、ちゃんと書くんだぞー』と念を押されており、一同の笑いを誘った。
「それじゃあ僕たちはいくね。ありがとう」
出会いと別れの街。
沢山の仲間と出会って、そして、一気に3人になった。
ミラを乗せた馬の手綱をひくジュードと、そのすぐそばを歩く。
こんなに心強い出発はない。
カラハ・シャール特有の柔らかい風に背中押されるように、3人はサマンガン海停へと足を進めた。
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