(2019.9.10)









 35.友達の印









「そう言えば。なんでは僕の事、君づけで呼ぶの?」


その日のうちにはサマンガン海停に到着する予定であったが、思いのほか天候状態が悪く、町を出て少ししたころには堪えきれなくなった雨粒たちが大きなものとなり頭上に降り注ぎ始めた。

ミラの体力が万全でない以上、この天気の中無理して進むことはないと二人は短い会話の中で話し合い、ミラもそれに同意した。

ローエンが事前に用意してくれた物資たちは十分すぎる程あったため不自由することはなく、ジュードはテキパキとその材料たちでスープをこしらえ、パンとチーズを添えて夜食を用意してくれた。

はその間手際よくミラの患部にお手製の火傷用の塗り薬を塗布し、包帯を巻き直していた。

食事を終え、冷え切っていた体も温まってきたころのそんな言葉にはきょとんと目を丸くした。


「そう。アルヴィンの事はアル兄だし、エリーゼの事はエリーだし」

「…。アル兄は一緒に傭兵してた時にそう呼んでる人がいたからだし、エリーはティポがそう呼んでたから…なんとなくよ」

「だが、私の事はミラ、だな」

「それは、ジュード君が最初に呼んでたから」


が言っているのは恐らくイル・ファンの研究所で再会した時の事。

最初に教えてもらった呼び方、もしくは呼ばれていた呼び名を覚えて呼んでいると。

そこまで言われてはた、とジュードも考える。


「…あれ、僕と初めて出会ったのはハウス教授の診療所だったからマティス君とかマティス先生呼びが多かったんじゃ?」

「…そうだっけ」

「それこそ、ル・ロンドの…地元の人たちはそう呼んでたけどね」

「…。…不満があるなら変えるけど」

「またそんな言い方する…。好きに呼んでいいよ」

「…」


面白くなさそうに話を終わらせようとするにミラは内心疑問を抱く。


「ジュードの故郷か。どんな所か楽しみだ」

「普通の田舎町だよ。昔は鉱山で栄えたときもあったらしいけど」

「長期休暇中もあんまり実家に帰ってなかったんでしょ?ご両親心配してるんじゃない?」

「どう…かな。2人とも仕事一筋って感じだし、正直ちょっと苦手なんだ」


素っ気なく淡々と、そう、と短く返す

ミラは「だが、おかげで希望が出てきた。有難いことだよ」と静かに目を閉じ、それからジュードに向き直って「こっちを」と名前を呼んだ。


「ありがとう。君たちがいなかったらわたしはここまでこれなかったかもしれない」

「そ、そんな事…」

「これを受け取って欲しい。私の気持ちだ」

「え、僕が貰っていいの?」

にもと思ったが、ジュードの方が受け取るにふさわしいから、ジュードに渡してくれと断られた」

「もう、余計なことは言わなくていいから」


尻すぼみながら「ありがとう」とお礼を言うジュードに腕を寄せ、抱き着くような形でカラハ・シャールで作ったガラス玉のネックレスを付けるミラ。

至近距離で顔を真っ赤にするジュードをここぞとばかりにはからかうように笑い飛ばした。


「本当に、よかったの?」

「私、無くすのが怖くてあまり装飾品は付けないの。それに、私はもう貰ってるから」

「少し妬けるな。その赤いリボン、以前友から貰ったものなのだろう?」

「へぇ、出会った時からずっとつけてるもんね。…あ、でもそのリボン何処かで…」

「…」

「あっ、思い出した。幼馴染が小さい時につけてたものによく似てるんだ。確か、大きい病院にうつるからって引っ越しちゃった子にお守りだって言ってあげちゃって」


その子、名前なんて言ったかな。

そんな彼の言葉に目を伏せると、それを知ってか知らずかミラは言葉を続ける。


「案外近くにいるかもしれないぞ。人間の言葉にあるだろう、世間は狭い、というやつだ」

「確かに、大きい病院がイル・ファンだったら、何処かですれ違ってたかもね」

「…馬鹿らしい。本の世界じゃあるまいし」

「ふふ、本当。あっ、僕食器洗ってくるから」


食べ終わった食器をひとまとめにして川の方へ行くジュードの背中を見つめる2人。

手伝おうとが立ち上がった時、ミラの言葉に引き止められる。


「彼の鈍感さには苦労するな」

「何の話?」

「先程の話、お前の事なのだろう?の事だ、イル・ファンの頃から気付いていただろうに」

「…なんのことだか」

の嘘をつくときの癖がわかったよ」


そう言うとはぎょっとして手で口元を隠す。

余裕の笑みを浮かべるミラが嘘をついてはいないことを察すると、面白くなさそうに唇を尖らせた。


「だとしても、私から言う事じゃないわ」

「強情だな。これは長くなりそうだ」


背中でやれやれと息を吐くミラを感じながら、ジュードの手伝いをするため川へ向かった。

いつの間にか雨は上がったようだ。

それでも鼻をつん、とする雨上がりの香りに心が鎮まるのを感じる。

「ありがとう、」と屈託なく笑うジュードを見ていると、幼少期のあの頃を思い返してしまった。

瞼の奥に映し出される光景に胸が熱くなる。

診療所。

ベッド。

揺れるレースのカーテン。

窓から覗く影。

ひとつ。

ふたつ。

窓から見える“外”がずっと羨ましかった。

友達という存在に憧れた。


『 はじめはね、友だちと一緒に遊びたかっただけなの 』


眩しかった。

きらきらしてた。

その中に自分も混ざれたらって何度も願った。


「ありがとう、

「何、急に」

「何となく。イル・ファンから船に飛び乗った時、は“一緒に来てくれてありがとう”って言ったでしょ。その言葉にどれほど救われたかわからない…お礼を言うのは僕の方だよ」

「…」

「僕と、一緒にいてくれてありがとう」


彼の無垢な笑顔に毒気を抜かれてしまう。

ミラの言う通り、彼の鈍感さにはこれからも苦労しそうだと思った。

彼の天然さに翻弄されて悔しいは照れを隠す意味も込めて「口説き文句みたい」といって彼を赤面させることに成功していた。














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