(2019.9.10)









 36.カギを託す









夜の内には雨が上がり、少し足場は悪いが何とか昼までには海停に付けるだろうと話をしていた矢先、事件は起こった。

洞穴に頭を突っ込んでいた野生のボアが抜け出す拍子に勢い余ってこともあろうかミラの乗っていた馬に直撃する。

悪いことは続くもので、馬は驚き町の方へ逃げるように走り出し、ミラは放り出され、驚いたボアはそのままジュードたちの方へと突進してきた。

2人は一気に臨戦態勢になって身構える。


「ジュード君、共鳴いくよ」

「…!うん!」


今まで避けられていたのではと思うくらいすることがなかった初めての共鳴に胸を躍らせる。

リリアルオーブを共鳴させると思いが通じ合い、相手の意識が自分の方へと流れてくるのがわかった。


(ジュード君ならきっとこう動く。…やっぱり。なら私は)

(すごいジュード君。私だって!)


信頼されてる、というのが一番に伝わってきた。

あれだけ塩対応だと思っていたのが嘘のように、リリアルオーブを通して流れ込んでくる彼女の思いはどれも自分の信じてくれるもの。

これほど力がみなぎることはないだろう。


「息を合わせて」

「いくよ、


― 三散華 ―

― 鳴時雨 ―


― 双覇連散 ―


が足払いをして、体勢を崩したところをジュードの強い連撃でとどめを刺す。

共鳴こそ初めてだったが、長く一緒にいる分、息を合わせるのは容易ですぐにボアを撃退することが出来た。


(もう終わっちゃった…)


ミラの安否を気にかけぷつん、と共鳴が途切れると途端に寂しさを感じてしまうジュード。

今はそんな場合じゃないと首を振るとと同じようにミラに駆け寄った。


「平気?ミラ」

「あぁ、だが、困ったことになったな」


馬は驚きのあまりカラハ・シャールの街に戻ってしまったようで、見る影もなかった。

ジュードはに頷きかけるとミラの言葉を待たずに彼女をおぶって歩き始めた。


「お、おい」

「しっかりつかまっててね。、他の事任せてもいい?」

「うん」


おぶる時に邪魔になるミラの装備を預かると、自作したホーリーボトルを振りまき海停へと再び進み始めた。




 +




「船があるか見てくるね。ミラをお願い」


歩いた距離はそうでもなかったが、人一人おぶっていた分疲れもあるだろうが、彼はそんな素振りを見せずに港の方へとかけていった。

ベンチに腰を下ろし、足の調子を問うにミラは二つ返事で問題ないことを告げた。

その時二人の目の前に影が落ちる。


「ミラ様。ようやく追いつけました」

「イバル…どうしてここに」

「手配書にミラさまを見つけ、心配で馳せ参じました」


ニ・アケリアを守るという使命についてミラが問うとイバルは村の者は理解してくれたからと胸を張るものだから、ミラは呆れイバルを叱った。

気持ちが前のめりになり、バランスを崩す結果となってしまったミラの体をが援助し再び椅子に座らせた。


「お前…あの時の!お前がミラ様をこんな風にしたのか?」

「…」

「やめろイバル。これはのせいではない。私の判断が招いた結果だ」

「俺ならば、そもそもそんな目には合わせません」


ぎっと睨みつけるイバルに負けじと睨み返す

騒ぎを聞きつけてジュードが戻ってくると、その切っ先はジュードへと向いた。


「いいか、元来ミラさまのお世話役として、我身を顧みずに務める従者を巫子と呼ぶ。ミラさまのお言葉とは言え、それをどこの誰とも知れない輩に任せたのが間違いだった!」


そう言ってイバルはミラの手を取り「行きましょう」と連れ戻そうとする。

ジュードが慌てて間に入り止め「僕の父さんならミラの足を直せるかもしれないんだ」と言うと、イバルはならば自分が連れて行くのだと剣の刃を向けた。


「何か勘違いしてない?あなたの使命はミラの力になる事?それとも気に入らない相手を退ける事?剣を向ける相手が違うと思うけど」

「何だ貴様は!…ミラ様、何故このような…黒匣を持つ、このようなものを傍に置いておくのです!」

「(…え、黒匣?)」

「俺がミラ様をお連れする。貴様らの様な巫子の資格を持たない偽物の出る幕など――」

「いい加減にしろイバル!」


ミラが一括すると、流石に今度は堪えたらしく先ほどの威勢はどこへやら、萎縮するのが見て取れた。

それでも「し、しかし…」と声を振り絞るイバルにミラは懐から鍵を取り出し、を見据える。

は一瞬顔を顰めたが、ミラの熱い視線に負け静かに頷いた。


「イバル、お前にこれを託す。これは私の命と同じくらい大事な物。四大の命もこれにかかっている」

「ミラ…」

「勝手に決めてすまない。イバルに預けておけば大事に至らないだろう」

「…。わかった」

「そのような大役を!お任せください!」

「頼む。そして、ニ・アケリアに帰れ」


渋るイバルだが、ミラの「何度も言わせるな」という一言に奥歯を噛みながら道を譲ってくれた。

その手にはクルスニクの槍のカギ。


「さっさとミラ様をお連れしろ。だが忘れるな…本物の巫子は俺だという事を」

「うん、わかってる。絶対にミラはまた歩けるようになるよ」


吐き捨てるようにワイバーンに乗り込んだイバルに聞こえたかどうかわからないがジュードは確かにそう言った。

静かになった港に船の汽笛が鳴る。

音の方へ視線をやるとジュードが「ル・ロンド行きの船がすぐ出るみたい」という事を教えてくれた。


、イバルの言ってた“黒匣を持つ”ってどういうことか、教えてくれる?」


ミラをおぶると足は港の方へと進みだす。

ル・ロンドまではたっぷりの時間があり、その間白を通すことは難しそうだ。


「…船の中で話す」

「うん、わかった」


余計なことを…という気持ちに封をして、は意を決したように頷いた。














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