(2019.9.12)









 37.故郷ル・ロンド









「つまり、は生まれつき心臓疾患があって、その運動機能を手助けするために幼少期から黒匣が体内にあると」


その働きによって体に負担がかかってしまったり、マナの適応障害に陥ることがあると。

芋づる式に出てくる情報たちを一つにまとめ、目の前のジュードがこめかみに手を当てて引きつったような笑みをこぼす。

笑ってる。

けど無理やり理由をこじつけて怒りを押し殺そうとするときの顔だ。


「黒匣を取り込もうなど、人間は不思議なことを考えるな」


ミラとしては内心複雑だっただろう。

黒匣は精霊を殺す道具。

それをわかっていながら見過ごすという特別扱い。

本当にが黒匣の扱いを誤ることがあれば「約束を守る」ことになるだろう。


「…」


その真正面に座るは途中から蛇に睨まれた蛙のように居心地の悪そうに目をそらし続けており、青筋を立ててため息をつく彼に耐えている。

いつもは同い年とは思えない余裕で彼をリードしているも、今の彼には敵わないようだ。


「はぁ、ハウス教授の定期診察を受けてたのは知ってたけど、ようやく納得したって言うか」

「…心配しすぎ。普通に生活する分には何にも問題ないんだし」

「でも、イル・ファンを出てから診察受けられてないってことでしょ。ドロッセルのところで…ってわけにもいかないか。体内に黒匣があるなんて、前例の無い事だから」

「今特に困ってるわけじゃないから、平気よ」

「あ、言ってなかったけど。旅の道中何度もマナ酔い起こしてたのとか、ガンダラ要塞脱出の時に吐血したっていうの…ローエンやアルヴィンに聞いて知ってるからね」

「………」


げ、と顔を思い切りバツの悪そうに歪めるにミラまでもが「かなり酷いようだな」と苦笑する。

ローエンなら事前に何かしら予備知識をジュードに入れていることもあるだろうと想定していたが、まさかアルヴィンまで告げ口していただなんて。

他の仲間たちには見られていなかったから、彼さえ黙っていればやり過ごすことが出来たというのに。

…あの時口止めする余裕さえあれば。


「それで、ここからは僕の憶測なんだけど――勝手に投薬とかしてないよね?」

「………」

「無言は肯定と取るけど」

「…一回だけよ」

「本当は?」

「………」

、諦めろ。ジュードの目は誤魔化せないぞ」


まるで尋問のようだとはこの時思った。

味方がいない事を改めて思い知らされると、ぽつりぽつりと薬の種類、回数、反応を白状する。

まるで診察を受けているようだ。

研修医と言えどかつては医者の卵としてタリム医院で共に診療することもあったジュードは、薬の名前や処方についても多少の知識はあったようで、それらの証言により一層眉根を寄せて難しい顔になった。

とうとう呆れてしまったのか、言葉すら出なくなった彼に恐る恐るが問う。


「…ジュード君、怒ってる?」

「怒ってない…って言ったら嘘になるけど、そこまで気付く余裕なかったって事に対してね。とりあえず、過去は責めてもしょうがないしこれからどうするか考えなくちゃね」

「ジュード、お前の父に相談してみるのはどうだろう。優秀な医者なのだろう?」

「そうだね。それは僕も思ってた。田舎の診療所だから全部診れるわけじゃないかもしれないけど、何か知ってることがあるかもしれない」

「う…2人とも、私のためにありがとう」


目も合わせずにおずおずというと、ようやく2人の表情が緩んだ。

ミラとジュードが顔を見合わせてふ、と息を吐く。


「そう言えば、ガンダラ要塞出てから精霊術を使ってないみたいだけど、何か関係ある?」

「あの時ちょっと無茶しちゃったからそのリバウンドで…」

「…」

「…ご、ごめんなさい」


じと…とした目で見られて素直に謝る

これじゃあ僕がいじめてるみたいじゃないかとジュードはため息をつくと、彼女の両手を取ってそっと握る。


「いいよ。これからは僕も気にかけるけど、も異変があったらすぐに教えてね」

「…はい」

「じゃあちょっとマナの状態診るから、楽にして」

「なんか、フクザツ…」


それは町を離れる前にローエンが教えてくれた手法だ。

マナを送り、返してもらい、循環させる。

はじめはジュード相手に警戒心からか緊張していたようだが呼吸を合わせるとすぐに無駄な力が抜け、外から見ていたミラがわかるほど円滑に流れるようになっていく。

上手く循環されてなかったマナがほぐれ、見る見るうちにの頬に桃色が指していくことに安堵する。

それが終わった後も彼女はやっぱりどこかバツの悪そうな顔をしていたが、ジュードとしては彼女の役に立てていることが純粋に嬉しかった。




 +




船から続く階段を下り、一歩ル・ロンドに足を踏み入れると何とも言えない懐かしい空気に胸がざわついた。

後ろからは同じくこの故郷の空気に何とも言えない表情のジュードがミラをおぶって上陸する。

ハ・ミルやニ・アケリアとはまた違ったのどかな雰囲気とは裏腹に、二人の表情はお世辞にも明るいとは言い難かった。


「さぁ、まだまだだよ!行けー!」


遠くから聞こえてきた賑やかな声に視線を奪われる。

子どもが2人。

1人は車いすにと同い年くらいの少女を乗せかけっこでもしているかのようだった。

車いすは段々と速度を上げていき、そのスピードは風を起こすほど。


「あ、人!」

「きゃ!どいてどいてー!」


彼女の安全のためにもここで減速させるべきだったが、ジュードももひょいっと身をかわした。

そのまま車いすを押す少年がその速度を自在に操れるわけもなく、茶髪の少女はそのまま投げ捨てられるように海に放り出される。

うーそー!

と大きくわめく少女は無抵抗のまま無事着水。

ばしゃばしゃと激しい水しぶきが海面に起こるのを、ミラはあっけらかんと、そしてジュードとは半ば呆れたように眺めていた。


「何だ今のは」

「…はあ」


はコートを脱ぐと、海に車いすごと落ちた彼女を助けるべく岸へ向かう。

車いすを押していた少年の力を借りて、なんとか水を含んだ彼女らを救出する。


「えほえほ、ごめんなさ、大丈夫でした…か?」


そこで、の褐色の瞳と彼女の持つエメラルドグリーンの視線が交わる。

すぐに逸らされる褐色と、大きく見開くエメラルドグリーン。


「え、嘘…」

「…」


彼女が何か言う前にジュードが呆れたように割り込む。


「レイア…ただいま」

「何で、ジュード?…え、えぇ?何してんの?」

「いや、レイアこそ」

「あ、あれは…この子たちがかっけこで競争したいって言うから!」


私を押してハンデを付けないと勝負にならないって思って…と気まずいのか目を合わさずに手をバタバタさせて言うレイア。

ジュードは「レイアが一番楽しんでたんじゃない?」と刺すように言うと、今度はレイアが開き直った。


「ジュードの方こそ…何してるの?」

「知り合いか?ジュード」

「その…僕の幼馴染なんだ。えっと、彼女はミラって言って、なんて言えばいいのかな」

「よろしく、ミラ。…って、ちょっと!彼女の足」


彼女、レイアも医療の心得があるらしく、包帯を巻きつけた足を見て顔色を変え、子どもたちにテキパキと指令を出して診療所に通達を任せていた。

「とりあえず、これを使って!」と差し出されたのは先ほど彼女と共に海に浸かった車いす。

はパン、と自分のコートを広げて払うと、躊躇いもせずに車いすにかけた。


「ミラ、私のコート使っていいから。この上にどうぞ」

「すまないな、


、という言葉を口の中で復唱するレイアの呟きを聞こえなかった振りをして、車いすにおろすジュードを補助する。

そして思い出したかのように、あぁ、とジュードが言う。


「レイア、こっちはだよ」

「あ、うん。…えっと」

「…」


戸惑うレイアには「はじめまして」と不愛想に返した。

赤いリボンが、海風に揺れた。














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