(2019.9.13)









 38.本当のただいま









右に左に、街並みを眺めてジュードの実家であるマティス医院を目指して歩く。

ミラがまじまじと興味を持っていたのは、海停から奥の山まで続くトロッコの軌道。

昔は炭鉱として栄えていたらしいが、今はのどかな田舎町といった様子で、過ぎゆく人々は皆ジュードの帰りを喜び、声を掛けていた。

その度に嬉しい反面内心複雑な顔をするのは、今は医学校を除籍処分にあっていることがあるからだろう。


(ねぇ、ジュード)


限りなく小声で、耳打ちするようにレイアが言う。

突然の幼馴染の行動に小首をかしげて返すと、前を歩くに聞こえないように彼女は続ける。


(…あの子ってさ、いつもあんな感じ?)

(え、の事?どうかな、初対面には大体あんな感じだと思うけど)

(へ、へぇ。そうなんだ)

(確かにつん、としてて最初はとっつきにくいけど、悪い子じゃないよ)


すぐに仲良くなれるよ、なんて付け加える彼に眉根をぎゅっと寄せて目の前の彼女を見るレイア。

ミラを乗せた車いすを押しながら、町に興味津々なミラに付き合って観光でもしているかのよう。

港での自分を避ける様な、あの目は嘘のようだ。

考え込むレイアにジュードが疑問を抱くが、深く追求する前に彼の実家であるマティス治療院に到着してしまった。


「ここが僕の家だよ。ここも変わってないな…」

「当たり前でしょ。家を出て何十年もたつわけじゃないんだし」


レイアに扉を開けてもらって入室すると待合室は多くの人でにぎわっていた。

ジュードの顔を見ると「首都はどうだ」「ちゃんとやってるか」なんて声が飛び交う。

その賑わいを聞きつけるように、奥からジュードによく似た女性が顔を見せた。

母親、その名をエリンというらしい。


「その人がそうなのね?」

「うん」

「わかったわ。…ごめんなさい、みなさん。急患がいらしたので続きは午後の診察に」


ここで看護師をしているらしいレイアも続くように「ごめんね。またあとでねー」なんて言って見送っていた。

聞くところによるとジュードが医学校に入学すると共に、ここで看護師として働き始めたとのこと。

「板についてきたねえ」という患者に自慢げに胸を張っていた。


「彼女はこちらへ」

「宜しく頼む」

「押すの代わるよ。父さんに挨拶しておきたいし」

「…わかった」


に場所を譲って貰って、母の後を追うようにミラの車いすを押して奥の診察室へと向かうジュード。

待合室に残されたとレイア。

どちらともなく気まずい空気が流れる。


「あの、さ。聞いても」

「――私、外で待ってる。ジュード君に伝えておいて」

「あっ」


レイアが沈黙を破ってかけた言葉を遮るようにが言葉を重ねる。

相変わらずに目線どころか、顔すら合わせようとしない不愛想な態度。

通り過ぎ様に見えた横顔は困惑したもののように見えて、レイアは一つ核心を得る。


(うん!やっぱり、間違いないよ)


結びついた先の答え。

そしてもう一つの謎は何故あの時ジュードはあんな風に言ったのか、という事。

久しぶりの両親の顔を見た後だというのに浮かない顔でとぼとぼと戻ってくると彼に、問い詰めたくなる気持ちはまた別の時にだと、自分に言い聞かせ、ぐっと喉の奥に呑み込んだ。




 +




時間にして、10年ほどだろうか。

もう2度とこの場所に戻ることはないと思っていたのに。

案外一度焼き付けた記憶は鮮明なままなようで代わり映えしない風景、人、モノに自分の方が取り残されたような気分になった。


(悪いことしちゃった)


ハジメマシテ、だなんて、嘘ばっかり。

あの目、表情、言葉。

きっと彼女は私の事を覚えているだろう。

逃げ出すような真似をしたって、やり切れるわけないのに。

その場しのぎの自分の子どもじみた行動に、はぁ、と思わずため息をついてしまう。


(だって、なんて声かけていいか、わからないんだもん)


友達の証だと彼女はお別れの時この赤いリボンをくれた。

失くしてしまったら怖い、って言ったのに、ずっとつけてたら大丈夫だって言い返されて。

事故の事を思い出したくなくて逃げるように去った私に、あの子は…。


「ここも、変わってないな」


ゆっくりと雲が流れていく空を見上げる。

こんなにゆっくりとしていられるのはいつぶりだろうか。

先程彼が呟いた言葉をあえてなぞる様に声に出してみると、体の余計な力が根こそぎ吸い取られるようだった。

レイアの言うように数10年ぶり、とはいかないが、10年という月日は自分を大人にしてくれた時間だと思っていたのに、変わらないものばかりを目の当たりにして、ついつい気後れしてしまう。


「私が生まれた町…ル・ロンド。ただいま」


エレンピオスからやってきて、アルクノアを抜けた両親が住み着いた場所。

私の病気と、あの事故さえなければジュードやレイアと同じ時を過ごしていた場所。


『友だちと一緒に遊びたかっただけなの』


生まれつき運動できない体だった私は、友だちと外で走り回るなんて夢のまた夢だった。

毎日窓の外に広がる世界に憧れてベッドの上で本ばかり読んでいたのを思い出す。

友達と一緒に追いかけっこをして、走って、転んで、笑って。

そんな未来を夢見て私は大きな手術を受け入れた。

リハビリにも耐えた。

何度も泣いた。

苦しくて何度も諦めそうになった。

でも、励まし続けてくれたのは家族、先生、そして友だちの存在。

それも全部、友だちと一緒に遊ぶためだった。


(もし、あの時、ああしていればなんて、都合のいい話だけど)


後ろめいた思考に終止符を打ったその時、遠くの方で人の叫ぶ声と何かが落ちる音に身構える。

目で確認するや否や体が走り出していた。

石畳の地面につまづかないように港の方に進むと、人だかりが出来ており、その中心では人が横たわっている。

崩れた瓦が散らばっていることから屋根から落ちたのだと容易に想像がついた。

人ごみをかき分けるように体をくねらせ、その輪の中へと入っていく。


「私に診せてください」

「まだ子どもじゃないか」

「医学の心得があります。以前イル・ファンのタリム医院で勤めてました」

「首都で!?」

です。…。あなた、マティス治療院に至急連絡を。そこのあなた、綺麗な布をたくさん用意してください。圧迫して止血します」

「えっと」

「早く!」


状況を見て間もない素早い対応に一同が驚きを隠せずにいる。

が大きく声をあげると蜘蛛の子を散らしたようにそれぞれが走り出した。

怪我人はあたりどころが悪いのか意識が混濁しており肩を叩いたところで呼びかけに答えることはなかった。


「じいさん!…くっ、屋根の修理してる時に足を滑らせたんだ」

「…頭を強く打っているかもしれないので揺らさないように。幸い傷は深くないようなのでしっかり圧迫して」


その他の細かい外傷がない事を目で確認すると腕の止血の上から治癒術をかける。

エリーゼほどの強力なものは出来ないが、医者が駆けつけるまでの応急手当くらいにはなるだろう。

そうしつつも、空いた片手で肩を叩いて呼びかけを続けていると、後ろからどよめきと共にジュードの母、エリンが駆けつけた。

の存在に「貴方はさっきの」と驚くエリンに、端的に現在の容態を告げる。

聴診器を片手に自分の目でも患者の確認を行うエリン。


「貴方の見立て通りよ。でも、貴方は一体」

「…お久しぶりです、エリンおばさん」

「!」

「話は後、指示をください」


驚いた顔は、ジュード君にそっくりだと思った。

それからすぐに目の前のことにすぐに切り替える冷静なところも。

2人は頷きあうと、目の前の患者を救うべく力を合わせた。














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