(ジュード・chamomileシリーズ)









 4.思わぬ再会









ラシュガル兵の警備が厳重になっていくにつれて、目的のものへの期待が高まる。

きっと他所ではお目にかかれない大切なものがしまってあるのだろう。

警備の配置、数がそれを物語っているようだった。

人間からマナを搾取して、それをエネルギーにして効果を発揮する装置……野放しにしていいわけがない。


(この装置、見覚えがある。私がいた頃はまだ設計図の状態だったのに)


研究室の最深部。

目の前に広がるのは大砲にも似た巨大な機械装置。

不意をつき、なんとかラシュガル兵を気絶させる事に成功したは過去に目に焼き付けた設計図を思い返すように唇に手を当てる。


(確か、)


装置本体の操作盤を見やると過去に自身の脳裏に焼き付けた記憶を頼りに情報を展開していく。

響く電子音。

徐々に開かれていく画面全てに目を這わして見落とさないように睨みつける。


『――』


扉の外が騒がしくなる。

もう少し、もう少しだけ情報が欲しいと欲が出てきて、無意識に唇を噛んでいた。

後僅かな操作で目的のページまでたどり着ける、というところで背後の扉が開いた音をきっかけに臨戦態勢に入った。


「そこで何をしている」

「――ッ」

「待って、ミラ!」


胸に手を当てて精霊術を詠唱する。

逆光に目が眩みながらも敵を睨みつけ、目が慣れ始めた頃、見覚えのある姿、声に思わず緊張を解いた。


「ジュード、くん。どうして」

「心配したんだから。でも、だけでも無事で、本当によかった」

「…」


私だけ、でも。

彼の言葉に思わず目を見開いてしまう。

切り捨て、割り切ったはずなのに目頭がかっと熱くなるのを誤魔化すように俯く。

やっぱり、ハウス教授は。

震える唇ときゅっと結ぶと、ジュードはびくりと肩を震わせて「ごめん」と呟いた。


「知り合いか?ジュード」

「うん。この子は、探していた人の助手で……あっ、その手、どうしたの!?」

「…。教授と、はぐれた後部屋に閉じ込められて、拘束されて。何とかここまで逃げて来たけど」

「一人で、怖かったね…もう大丈夫。治療するね」

「見た感じ、精霊術を使えるようだな。ふむ。…あぁ、でも確かに我々とは……」

「?」


金髪の背の高い女性は、傷口を覗き込んでその痕から精霊術で焼いたものだと察したらしい。

警戒しながらも小首をかしげていると、治癒功を当てていたジュードが「ミラ、本物のマクスウェルなんだって」というから驚いた。

ミラはぶつぶつと考え込んでしまう。その姿はまるで何者かと話し込んでいるようだった。


「それにしても、ここは…」

「やはりか。黒匣の兵器だな」

「クルスニクの槍って創世記の賢者の名前だね」

「………」

「…!」

「ちょ、どうしたの!」


ミラは何かを決心すると手のひらを虚空に這わせて精霊術式を展開させる。




(これが、本物の精霊術――)




ごくりと生唾を飲み込む

自分の使う偽物とは威力も、範囲も違う。


「ふん、クルスニクを冠するとは…これが人の皮肉というものか。――やるぞ、人と精霊に害為すこれを破壊する」

「これは…四大精霊!すごい」

「彼らが四大精霊…」


次々と具現化する精霊たちがミラの掛け声で召喚され、クルスニクの槍を取り囲むようにして配置される。

ただただ圧倒されていると、胸の中が精霊たちに呼応するように脈を打ちは一抹の不安を覚える。


「…」

、どうし」


――ゴ、ゴゴゴ


「君は、さっきの!」


機械の起動音。

見上げると先ほどまではいなかったはずの赤い服の女の姿に身構える。

不安定な姿はそのままに、左手はクルスニクの槍の核の部分に触れ、ぶつぶつと呟くその姿からは嫌な予感しかしなかった。

思わずジュードと目を見合わせる



起動する装置。

天空に大きく広がる術式。

四大の力を巻き込み、拘束してしまうほどの大きな力。

黒匣――。

それはミラと四大精霊の力を相殺するとそれだけでは終わらず、その場にいた者全てからマナを搾取し始めた。

押し殺したうめき声と共に床に沈み始める。


「うっく……!マナが、抜ける!」

「馬鹿者!正気か?お前もただでは済まないぞ」

「アハ、アハハハハ!苦しめ、し、死んじゃえ!!」


霊力野に直接作用しているらしいその解放された力に、発動させた本人も沈んでいった。

ジュードも、ミラもまるで見えない圧力に押し付けられているような苦痛が襲う。

とてそれは同じ。


(負担は掛かる、後のリスクも大きい、けど)


それでも。

は両手で心臓に一度手を当て意を決すると、カチ、と体内にある装置を解放させる。

この装置を解放させるのは2度目だ。

1度目は数年前、研究所から脱出するとき。

力を得て間もなかった私はあの後しばらくリバウンドに苦しみ、悩んだが、あれからマナの循環や精霊術の修行は自分なり積んだので、あの時ほど酷くはないだろう。

増霊極。

マナを増幅させる装置。

自前の亜麻色の髪は毛先から徐々に白く染まっていったのが視界の端で確認出来た。

同時に身体能力が向上する。

マナを奪われている中、無駄な足掻きかもしれないが、それでもいくらか身に押し迫っていた圧力は軽減したような気がした。


、その髪――」

「鍵を、出現させる。それがなければコイツの動きは止まる…!」

「――ッ!少し、予定と変わったが、いささか問題はあるまい」


一番操作盤に近いは先ほどの続きをするようにボタンを操作する。

目がかすむ。呼吸がしづらい。圧力で押しつぶされそうになる。

それでも先ほど出来なかった画面まで何とかたどり着くことに成功する。


円盤の上に出現する個体。

ちらり、とミラに合図を送ると、力を振り絞って歩み寄るミラに大きく頷く。

そう、それが鍵。

あと数歩進めば届くといったところで3人の足元に陣が出来る。


「っく、安全装置!?」

「お前たち、引きずりこまれるぞ!」


見上げれば四大精霊たちも同じように拘束され、出現した大きな塊の中に吸い込まれそうになっている。

甘かった。

私がこの槍を見たのは数年も前、それも設計図の頃。

それでもミラは鍵を奪おうと手を伸ばし、自分も飛びそうになる意識を繋ぎ止めるように耐える。




――


(え…?)


――


(ミラを、連れて、逃げろ)


――


「!最後の力って」


はっと見上げるとジュードの脳裏にも同じように交信があったようでぱちりと目が合った。

後の、突風。

四大精霊たちが最後の力を解放させて、体の拘束を解いてくれた。

ミラが鍵を手の中に収める。

その取り外した時の力でミラの体が宙に浮き、ともども後方へと吹き飛ばされた。


「ミラ!!」

「くっ、ジュード、君!」


装置へと続く橋が壊れ、勢いよく水の流れる下に吸い込まれていく。

バランスを崩しながらもなんとか橋の隅に手を引っかけ耐えていたジュードが、飛ばされてきた二人に声を掛ける。

も突起部分を掴み落下に耐えていたが、先ほど自分で焼いた手首の痛みに顔を歪ませていた。

ミラは強くそのカギを握り締めると、落下を防ぐように精霊術を展開させるが上手く発動せずにそのまま水の中へと落ちて行ってしまう。


「あ、ミラ!」

!……もう!」


ミラの落下を受けて地を蹴るようにミラの後を追うと、それを見て掴んでいた手を放し一緒に水の中に吸い込まれるジュード。


がミラの手を掴んだとき、どぶんという音と共に水の中に沈んでいった。














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