(2019.10.01)









 40.苦難の中の力









翌朝、これまた午前の予約を大幅にずらしてもらって行われたの診察は物の数時間ほどで終了した。

結果は午後になっても眉間のしわがとれないディラックの表情が物語っている。

自分の状態があまり思わしくないことを自覚していたのか、診察日の決まった前の晩からも始終そわそわと落ち着かない様子だった。

まるで叱られる前の子どものような落ち着きのなさ。

それでも何とかジュードやミラの前では取り繕って適当な受け答えをしていたのは流石と言える。

まぁそれはミラの足の治療法についてジュードたちが休む間を惜しむように調べまくっており、余計な水を差すまいとした彼女なりの配慮でもあった。


「よければ、どうぞ」

「…」


休診中のディラックと、続いてエリンにお手製のハーブティを振舞うと前者は顔色一つ変えずに、後者はまるで息子を想起させるかのようなふわっと綻ばした表情でそれを受け取った。

この町に来て数日もたつとこの家で過ごすサイクルのようなものが段々とわかって来て、にとってはそのどれもが新鮮だった。

家庭、を思わせるその空気が居心地の良いものだったらしく、ジュードたちが調べ物でいない時はほとんどエリンのそばにいた。


「昔シーナが淹れてくれたのと同じ味。懐かしいわ」

「よかった。でも、母さんの味にはまだ近づけないけど」

「そんな事ないわ。…ねぇ、あなた」


ふわり、とカモミールの香りが部屋中に広がると、エリンは機嫌よくそう話した。

相変わらず複雑そうに眉根を寄せて考え事をしていたディラックもエリンにそう言われて「あぁ」と短く返し、ぶっきら棒なそれだったが、にとっては十分だった。


「家には帰ってないようだな」


ディラックが言う。

はキュロットのポッケの上から鍵を握り締め、そこに間違いなくあることを確認すると、目を伏せるだけで応えた。


「家の前までは行ったんだけど、勇気が出なくて」

「…そうか」

「私でよければ一緒についていきましょうか?」

「ありがとうエリンおばさん。でも、一人でちゃんと決着つけたいから」


はっきりとしたことは伝えていなかったが、だけが戻ってきたことや両親に関する話題になると顔色が変わることからなんとなく察してくれていたのだろう。

それに対してもディラックは酷く浮かない顔をしていた。

幼少期の思い出がつまった我が家は外観を見ただけでも当時の記憶がフラッシュバックされて、足が固まった。

一歩足を踏み入れてしまうと受け入れなくてはいけない現実が多すぎて、敬遠してしまう。




『お前の両親が遺した“可能性”を儂が使ってやると言っている』

『死に目に会わなくてよかったな』

『私たちはもう長くないだろう――』




情報たちが脳裏を交錯する。

完全に減らなくなってしまったハーブティを机へ置くと、隣に座るエリンが包み込むように自分を抱きしめてくれた。

そのぬくもりを噛みしめながら「ありがとう」と呟くと、気持ちを切り替えたのか飲みかけのハーブティを一気に飲み干し「ミラの様子見てくる」とだけ言いその場を後にした。

けなげな姿を見送り、完全に足音が遠く小さくなった後、ディラックはぼそりと呟いた。


「苦難の中の力、か」

「…?」

「いや。カーティスが好きだった花だ」


そう言って、かつての親友を想い、コップに口を付ける。

喉から鼻に抜けるカモミールの香りは、あの時と変わらなかった。




 +




「ミラ?」


ミラが休んでいるはずの部屋を覗くとそこはもぬけの殻だった。

部屋は暗くしんと静まり返り、試しにシーツをめくってみたがミラの姿は見当たらなかった。

しかし確かに少し前までここに誰かがいた形跡はあり、朝とは違うシーツのずれや椅子の配置に疑問符を浮かべる。

人さらいにでもあったのであればその物音に気付くはずだし、先ほどまで一緒にいた主治医のディラックは何も言ってなかったのも気にかかる。


(…何か企ててるとは思ったけど)


無造作に放り出された空き箱を拾い怪訝そうに見下ろす。

ご丁寧にカルテがセットになって置いてあり、ぱらぱらと目を通すと「医療ジンテクス」ととても聞き覚えのある内容について、今朝見て覚えたばかりのディラックの筆跡で書かれている。

そして、ただの塊となったマナを含まない精霊の化石がごろりとベッドの上に転がることで確信を得た。


(試したけど、化石の効果が切れてたってところか。となると)


代わりになる精霊の化石を探しに行ったというのが妥当だ。

そしてミラの姿もないとなると、その場所に心当たりがあるのか同伴でその場所に向かったという事になる。


「…」


足の不自由なミラを連れて、となるとジュード一人ではあるまい。

レイアも共に行動しているはずだと予想できたが、これは自分も行くしかあるまい。


「何から何までご丁寧だ事」


紙の切れ端には“フェルガナ鉱山”という、今度はジュードの殴り書きのようなメモ。

はくるりと目を動かすと、この町周辺の地図を脳裏に叩きだした。


「一つ叱られても二つ叱られても一緒よね」


見つかれば大目玉だ。

今朝叱られたばかりでこの悪だくみが見つかった後の光景が鮮明に浮かび上がってしまう事に苦笑すると、は彼らに追いつくように、と装備を整え部屋を飛び出した。














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