(2019.10.06)
41.炭鉱を照らす石
後ろ髪引かれるような思いを残しながらミラを乗せた車いすを押し、フェルガナ鉱山の中を進んでいく。
隣には、ずた袋につるはしやらロープやらランタンやら完全に乗り込む気満々な用意のレイア。
ミラの足を再び動けるようにする為の可能性は、父の生み出した医療ジンテクスにかかっていることを知ったジュード。
そして、その起動の為には「マナを含んだ精霊の化石」が必要という事がカルテからわかった。
本来ならばミラの事を気にしているがこの場にいない事が一番の心配だった。
精霊の化石を求めてこの鉱山に向かうことが決まった時、幼馴染の言った言葉がの頭をよぎる。
『あの子、今日は診察の日なんでしょ。そんな時に声掛けたりなんかしたら、きっと心配するし治るものも治らなくなっちゃうよ』
無茶ばかりするを見ていると、確かに彼女の言うことも一理あると感じた。
自分たちの計画を離したら最後、放っておけない彼女は自分の状態を顧みずついてくるといっただろう。
結果的に、化石の発見有無にかかわらず自分一人残された事…彼女は何と言うだろうか。
(念のためにレイアの目を盗んでメモ紙を残してきたけど…気づくかな)
目を離すと勝負だと意気込む幼馴染が先へ先へと進んでいってしまう。
ジュードはどちらも気にしつつ、声を掛けながら進むことにした。
「うーん。やっぱこうやってすぐに見えるところに都合よくないか」
人の手が入っているといっても閉山された炭鉱は砂利や小石がそこら中に転がっていて、踏めば踏むほど嫌な音がした。
あたりを見渡し、掘れるところを手あたり次第つるはしで打ち付けていくと、脆い部分がガラガラと音を立てて崩れた。
「これって」
「わ、なにこれ。すぐ横にもう一つ穴が?」
「うん?」
崩れた部分を手探りで見てみると、石の礫に混ざって青い欠片のようなものが見て取れた。
ミラはそれを「精霊の化石だ」と言ったが、大きさがあまりにも小さすぎる。
「僕、ひとりでちょっと先まで行って、様子見てくるよ。もしかしたら大きな化石がそっちにあるかも」
「わかった、じゃああっちに行ってみよ?」
「あ、いや。レイヤとミラはここに…危ないかもしれないから」
「ジュード一人にしたら私が来た意味ないでしょ」
こうなってしまっては何を言っても無駄であると、付き合いの長いジュードはよく知っている。
「仕方ないな」と言うと、レイアは満面の笑みを浮かべた。
横道を何とか潜り抜けて広めの道に出ると、ミラの表情が曇ってくる。
「うーん。この地の霊性勢おかしいのだろうか?大きなマナの流れを感じるが、何だか妙だな」
「そうなの?」
「あぁ、どこかで感じたことがあるような…。いや、私の気のせいかもしれない」
「そっか。だったら何かわかるのかな」
「…」
レイアがむっと唇を尖らせる。
ぼそりと「のことばっかり」と呟くが「何か言った?」と聞き返されて首を横に振った。
それから三人の間を何とも言い難い妙な空気が纏った。
それに加え、道を進むにつれて酷くなる足場や空気に一同は見てわかるほどに疲弊し、レイアだけでなくジュードも肩で息をするほどだった。
「はぁ、はぁ」
「レイアやっぱり…」
「大丈夫だって」
彼女が虚勢を張っているというのは幼馴染のジュードじゃなくとも見てわかるほどだった。
段々と彼女との距離は開き始め、彼女が追い付くのをジュードが待つこともしばしば。
雲行きが怪しくなる。
一旦引き返すことも視野に入れた時、自分たちが今来たばかりの方向がぽう、と光り輝くのが見えた。
思わず魔物の類かと身を固めるレイア。
しかし、その姿を目に映した途端、全員は胸を撫でおろした。
「!」
「えっ、なんで!どうしてここが」
「こそこそ何かしてると思ってたけど…何、医療ジンテクスの事だったの」
明らかに不機嫌な彼女は松明替わりに灯していた精霊術を合流と共にふっと消した。
ガンダラ要塞を出てからというもの精霊術の使用は控えていた彼女だったが、経過がよいのか精霊術を普段通り使う彼女は何の問題もなさそうでジュードは二つの意味で安堵する。
「来てくれたんだね」
「見て見ぬフリも出来ないでしょ。それに、言ったって聞かないじゃない」
医療ジンテクスの効力を身をもって知っているものとしては気が引けるが、それを伝えたところで納得する彼らではない。
それ以前に化石が見つからない可能性もある。
どうせ後に引けないのであれば立ち会うまでだと、はミラの視線に口角をあげて答えて見せた。
「それにしてもやっぱりすごいや。まさか合流できるなんて」
「…?メモを残したのはジュード君でしょ」
「そうだけど。カラハ・シャールの時も思ったけど、土地勘がすごいなって話」
「…そう?」
「ル・ロンドに来てまだ2、3日とかだっていうのに」
「え?」
思わず声をあげたのはレイアだった。
驚き、まるで不思議なものを見るようにジュードと、それからへと視線を動かす。
レイアの視線にきょとんと小首をかしげて返す幼馴染との反応にレイアは一つの疑問にたどり着く。
それに対して薄い反応を返したのはで、ほんの少し目を伏せると「なんてことない」といつものようにさらりと返した。
そしてジュードに何事か告げようとしていたレイアの服を引っ張る。
体勢を崩し、「あたた」と首をさするレイアが抗議の声をあげる。
「ちょっとー!いきなり何するのよ!」
「休憩は終わり。さっさと目的のもの見つけましょ」
「…なんっか、はぐらかされた気がする…!帰ったら色々聞きたいことあるから」
「…。私はないけど」
「私があるの!」
ふい、とかわして先に進み始めたの背中に向かってレイアがむきーっと声をあげる。
ジュードが2人を気遣うように「えっと、喧嘩でもしてるの?」と言うと瞬時にレイアからとばっちりが返ってきて体をぎゅっと竦ませた。
その光景にくすくす笑うミラは「藪蛇だったな」と静かにジュードを慰めたのだった。
+
炭鉱もいよいよ最深部へとやってきた。
帰りの体力を温存するのであれば、そろそろ決断の時だろう。
化石を見つけ持ち帰るか、引き返すか。
掘れども掘れども欠片ばかりで項垂れてばかりいた面々も、そのあたりに到着する頃には、耳で、肌で、体で感じることが出来る程精霊の化石の反応が大きくなってきた。
きん、と透明感があるのに、それでいて耳障りでない音の元を神経を集中して探す。
「わぁ、何ここ。やけに広いところだけど」
「音が反響してる…」
「何だか変な感じ」
「だが場所に間違いはないようだ」
ミラの言葉にはこくりと素直に頷く。
目を閉じて視界を塞ぐことで意識を研ぎ澄まし、自分の中にあるものと同じ反応を追う。
「どう?」
「なんだか散る感じ。まるで動いてるような…」
「でも、石が動くなんて」
「在り得ない事でも他に可能性がないなら真実になり得る」
「ハオの卵理論か」
イル・ファンで読み漁っていた精霊術に関する記述を見るとそのほとんどの記載があったワードを口の中で繰り返す。
意識だけは精霊の化石の反応を追っているとその感覚が急に近くなり、ミラとはぐっと体を強張らせた。
「気を付けろ、何か様子が変だ」
「!…レイア、下がって!」
「え…?」
はそう言いながらも彼女の足元から這い上がる巨大な魔物の存在から庇うように手を伸ばす。
掴んが腕を思い切り引っ張るとお互いにバランスをは崩し、地面に叩きつけられはしたが致命傷は免れ、魔物の牙や爪によるダメージはなかった。
ジュードが素早く2人と魔物の間に入り、後ろ目に「大丈夫?」と確認する。
「平気よ、かすっただけ。血止めはしたわ」
「そんな…私を庇ったから」
「…心配は後。奴の頭、あれがそうじゃない?」
「あっ、精霊の化石!」
巨大なミミズ、もしくは蛇のようにうねるそいつはその巨大な体に相応しい岩を噛み砕く牙と鋭い爪を持っていた。
の言うようにその額にはこんな深海部分でも青々と光り輝く精霊の化石。
レイアは初めて目の当たりにした魔物に、震える手を抑え込むようにぎゅっと棍を握ると唇を噛みしめて前に立つ。
「私が…取るからねジュード」
自分を奮い立たせる様に、レイアはそう呟いた。
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