(2019.10.23)









 42.帰る場所









体のいくらかは土の中に埋まっておりその全貌は見えないが、間違いなく自分たちの3倍の大きさはありそうだ。

モグラのような鋭い爪で岩をも砕き、巨体を蛇のようにくねらせ、体当たりして襲い掛かってきた。

その額には薄暗闇の中でもはっきりとわかるほどのクリアな輝き。

その色、音、反応から見て間違いなく精霊石そのものだった。


「こいつ、額に精霊の化石を持ってる!」

「この魔物、精霊の化石を取り込んで自分のエネルギーにしてるのかも」

「ジュード君、解説してる余裕はないよ!」


は魔物の気を逸らす意味も込め腿のホルスターから迷うことなく投げナイフを抜き取り一気に投げつける。

しかし、その巨体からは想像できない素早さで土の中をまるで泳ぐかのように自由に移動するソイツに呆気なくよけられてしまった。

遠距離で動きを捕らえられないのであれば、もうここは2人に前を任せるしかないだろうとは即時にジュードとのリンクを外した。


「レイア、あれやるよ」

「任せて!」


― 巻空鏡舞 ―


リリアルオーブをすぐに切り替えたジュードは、レイアと共に息の合った連撃を繰り出す。

話には聞いていたが、流石共に拳法の修行をしていたという事もあり呼吸をぴったり合わせた攻撃で、ジュードの拳と、レイアの棍が合わされば頼もしいくらい強力なダメージを与えた。

一瞬の隙を見つけ、もそれに追い打ちをかける。


「白銀の光輪、ここへ」


… エンジェルリング …


指先から作り出されたリングは手元を離れると巨大なものとなり、弱った魔物の動きを拘束する。


「やった!今のうちに精霊の化石を…」

「待って、僕が」

「私だってできるよ!」

「2人とも…ッ早く!」


精霊術で押さえつけているがぐっと奥歯を噛みしめる。

それもそのはず、二人の攻撃で弱っていたはずの魔物が残っていた力を使って暴れ始めたからだ。

ころんと落ちた精霊の化石をレイアが掴むのと、の精霊術の拘束が強引に解除されるのはほぼ同時だった。

すぐそばにいたジュードがレイアを庇うように腕をひいたが、魔物の振り回された上半身にもろに当たってしまい二人の体ごと後方に投げ飛ばされてしまった。


「ジュード!レイア!」


遠くから見ているだけしか出来なかったミラが固唾を飲んだ。

足元にレイアが掴んでいた精霊の化石が放り出された時、ミラは躊躇いもせずに車いすから自らの体を離した。

地に落ちるミラ。

全身に痛みを伴うが、苦痛に表情を歪めている間にも怒った魔物はじりじりと仲間たちとの距離を詰めていった。

精霊の化石に手を一生懸命に手を伸ばす。

そしてなんとかして化石を掴むと迷うことなく右足の装置に化石をはめ込んだ。

直後の神経を刺すような痛みが右足から全身を支配する。

痛みに耐えながら、ミラは何とか自分の足で立ち上がった。


「これ以上…好き勝手をさせるつもりはないぞ!」


二度と歩くことが出来ないと言われたミラが立ち上がり魔物に飛びかかる。

それは医療ジンテクスが無事に作動したことを意味した。

ミラは自身のソードを魔物に突き立てると今度は完全にとどめを刺したのかぴくりとも動かなくなった。


「か、勝てたぁ」

「ミラの助けがなかったら、危なかったね」

「くっ…よくこんなモノを考えてくれたな…」

「全く。実践でいきなり使うなんて」


初めての使用が強引なものだったからか、全身疲労や痛みは想像を絶するほどだろう。

その痛みを実際に身をもって体験しているは誰よりも険しい顔をしながら車いすの用意を始めた。


「ごめん、私がドジったから」

「だが、おかげで精霊の化石を手に出来た」

「これからリハビリしなきゃね。最後まで付き合うわ」

「すまない。しかし、はこんなものを……」

「ミ、ミラ…?」


ミラが何か言い掛けた時、ふっと気絶するように気を失うミラにレイアとジュードに緊張が走る。

慌ててジュードが呼吸や脈を確認して意識を手放しているだけだとわかると、3人にようやく安堵の息がこぼれた。


「戻りましょう。長居したからかなり心配かけちゃったでしょうし」

「うん…」

「うわぁ…絶対怒ってるよ…」


自分たちで決めたことだが、それでも親が心配する姿が容易に目に浮かぶ2人は険しい表情になった。

はやれやれと肩をすくめた後、


「私も共犯だし一緒に怒られてあげるから」


と笑った。




 +




街の入口では心配で帰りを待つエリンの姿があった。

その奥にはディラックの姿も。

中でもジュードは特に厳しく叱られ、見てわかるほどに落ち込み、不貞腐れていた。

ミラとのフォローがあったからその場は静まったものの、その後も一言たりともジュードはディラックと話している姿はなかった。

そして、ディラックの協力の元ミラのリハビリがついに始まった。


「けほっけほ。流石に10年も経つとすごいのね」


まさにそこは10年前のそのままの姿を残しつつも、埃やカビの匂いがどこか時の流れを感じさせた。

ル・ロンドでも街からはだいぶ離れ、炭鉱に最も近い場所。

栄えたところからはやや離れる場所に、の幼少期を過ごした場所はあった。

ここに住んでいた頃はまだ医療ジンテクスを取り付ける手術をする前だったから、ほどんどがベッドの上で過ごしていた記憶が強く残っている。


(本棚も、食器も、テーブルも全部あの時のまま、残してたんだ)


もしかすると自分の治療がある程度落ち着けばこの地に戻るつもりだったのかもしれない。

窓を開け、空気を入れ替えると胸にいっぱい溜まっていたものが少しずつ目からこぼれ落ちそうになる。

リビングから扉を一つ空けて廊下へ、それから右側にあるのは父の書斎、その隣が両親の寝室。

そして一番玄関に近いところが自分の部屋。


(私の、部屋)


白いカーテン、木枠の窓、手の届くところには本だな。

棚の中の背表紙は全て見覚えがあるし、幼少期目に焼き付けた童話やおとぎ話が多数あった。

埃を立てないように静かにベッドに腰を下ろすと、今まで張り詰めていたすべての物が剥がれていくようだった。

一度溢れ出したそれはもう自身でコントロールできるものではなかった。

今までいろいろなことがあった。

何にも整理が出来ないまま次から次へと目まぐるしく日々全てに封をしてきたせいで、何にも前に進めてはなかったんだ。

ただ目を瞑ってきただけで。

ただ胸の奥に押し込んできただけで。

頭に入れないようにして平気な顔でやり過ごしてきたんだ。


「ただいま、帰ってきたよ」


ひとしきり泣いた後、静かに声に出してみた。

誰にも届けるつもりのない言葉。

一人きりという事をいいことに呟いた。

それだけで不思議と安心してしまう私がいた。

帰ってくる場所があるって、こんなにも安心する事なんだ。


「 おかえり、 」


声がした。

その声には覚えがあった。

涙を慌てて拭い、振り返らずに固まる。

きっと開いた窓からきっとあの時と同じように、私を見ている。

10年前のあの時と同じように。


「なにがはじめましてー、よ」

「ごめん」

「許さない。結構傷ついたんだから」

「…だって、忘れられてるかもしれないって思って」


レイアは「あ、」と小さくこぼす。

2人が思い浮かんだのはもう一人の幼馴染の顔。




研究所から命からがら抜け出して、ようやくたどり着いた先でまさか再び会えるなんて夢にも思っていなかった。


『あ、はじめまして。ジュード・マティスです』


医療ジンテクスに加え増霊極が加わることによって極度のマナ酔いに苦しんでいた自分をどん底に突き落とすのは十分な言葉だった。

一時は自分の記憶違いも疑ったが、近くで見る彼は見れば見る程10年前と変わらず気が穏やかで、誰にでも優しくて。

最初に感じた寂しさも、段々と慣れてしまった。




「気にしなくていいよ。ジュードの奴、私の誕生日だって忘れちゃうんだから」


いつのまにか窓から入ってきたレイアが肩を抱く。


「私から言ってあげよっか?」

「ううん。そりゃあ最初は結構きつかったけど、もういいんだ」

「いいの?」

「うん」


あの時は越えられなかった壁を彼女はいとも簡単に乗り越えてきてくれる。

10年たっても変わらずに友達でいてくれる彼女には赤い目のまま微笑んだ。


「ジュード君の慌てる姿、見てやらないとね」















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