(2019.10.27)
44.行ってきます。
名前を呼ばれたかと思い振り返ると後先考えずに腕の中に飛び込んできた甘えん坊さんには「わっ」と声をあげて驚いた。
不意打ちだったこともありバランスを崩してしまったものの、抱き着いて話さないお嬢さんの方にケガはないようで、腕の中を覗き込むとなんだか安心した気持ちが胸いっぱいに広がる。
「エリー、どうして」
「えっ、!?…ばふっ!」
「エリーゼにティポじゃないか。どうしてここに?」
「お久しぶりです。ミラさんのお見舞いに参りました。先ほど海停に着いたのですが…」
3週間ぶりのエリーゼ、ティポ、ローエンの姿に一同はにこりと微笑んだ。
海停から広場にいたジュードたちの姿が見えていたらしく到着した瞬間エリーゼが飛び出したとのこと。
「あの、あのね!」
『君、お手紙届いたよー!』
「お返事書こうと思ったんですけど、あの、書きたいことが沢山あって…!」
「はい、エリーゼさんが皆さんに会って話したいとあまりに申されるものですから、ドロッセルお嬢様がしばらくお休みをいただいたんです」
『僕たちのせいじゃないぞー!ローエン君だってボーっとしてたじゃないかー!』
猛抗議するティポの言葉に懐かしい気持ちが胸に膨らむ。
別れる時にティポに言われた通り、はミラの容態や町の様子、日々の出来事など手紙に書き留めた。
手紙というのは案外書きだしてしまうと筆が滑るもので、今までどうして言葉が出なかったのかと思うほどだった。
ローエンはミラの足の様子を見て「まさかもう歩けるようになっていたとは」と感心する。
「ふむ、ゆっくり話を聞いてやりたいところだが」
「僕たち、明日にはル・ロンドを発つつもりなんだ」
「一刻も早くイル・ファンに向かわなきゃいけないの」
「そんな病み上がりの体で…あそこには何があるのです?」
「クルスニクの槍と名付けられた兵器だ。あれがある限り精霊も人も破滅のふちに立たされ続けてしまう」
「…」
人間のマナを肥やしにして動く巨大な黒匣の装置。
は自分自身黒匣の力を借りてでないと生きられない体を持つもの…しかし、こればかりは悩んでいる場合などではなかった。
ミラは続ける。
「私には使命を果たす責任がある」
と。
ふと顔を上げるとミラと視線がぶつかり、は力強くそれに頷いて返した。
「ミラさん。貴方は強く、そして気高い。それが私の古い傷をえぐるようです」
「…クレインさんの意志を託されたって言ってたね」
「ええ。私は悩んでいました。今の私に出来る事があるのだろうか、ナハティガルを止めることが出来るのだろうか」
「一緒に来ないかローエン。人の一生は短い。悩みながらでも進んでみてはどうだ」
「…。確かにジジイにとっての時間はとても貴重。立ち止まっていては勿体ないですね」
ローエンの同行が決まった。
戦力面でも、サポート面でも心強い助っ人が加わりジュードの表情に安堵が浮かぶ。
続いてずっと落ち着きのなかったエリーゼが「わ、わたしも」と声をあげるがジュードはその言葉を厳しい顔で首を横に振った。
エリーゼは悲しそうにするが、これからこの先もっと危険なことが起こるかもしれない。
彼女にとっては置いていかれるのは辛い思いかもしれないが、ジュードのとった行動に異論はなかった。
ティポもエリーゼも最後の頼みと言わんばかりにを見上げて「も…」と呟く。
「2人とも長旅で疲れたんじゃない?宿に案内するから明日までの時間、沢山お話聞かせてくれる?」
「はい…わかりました」
しょんぼりと落ち込むエリーゼを見ているのは辛かったが、ここで考えても仕方がない。
ただティポだけは諦めまいとジュードの周りをくるくる回ってんでいた。
+
「ね、ジュード君…レイア見かけなかった?」
ひとしきり彼女の家やら街中やら歩き回っての問いだったが、ジュードの返事はNOだった。
旅立ちの日。
10年ぶりに再会した友達に町を出る前に一言挨拶をちゃんてしておきたかったのに、と落胆する。
「あんまり眠れてないんじゃない?戻るの遅かったみたいだし」
「エリーが寝付くまで付き合ってたから。…やっぱり一人置いていかれるのは寂しいみたい」
「でも…」
「わかってる。私たちだっていつどうなるかわからないのに」
フォローの面では彼女に任せておけば間違いないだろう。
ジュードは素直にその役を買って出てくれた彼女に「ありがとう」と礼を言う。
「なんて、わが子の心配をする親みたいか」
「な、なな何を言ってるの!」
「親の心子知らず、と言えば。ジュード君もディラック先生と仲直りしたらいいのに」
「…必要ないよ」
突然慌てだしたかと思えば、機嫌は一気に急降下する。
(出来る時に…って、そんな簡単じゃないのよね)
余計なお世話だとは理解しているが、もしこの先旅を進めていくとこの地に戻ってこれなくなる可能性もある。
これが今生の別れになることだって。
は自身の体験からぐっと押し黙るが、その意図は彼の知るところではなかった。
「本当に行くのね」
港には見送りの為にエリンが駆けつけてくれていた。
ジュードとの姿を見つけると二人を丸ごと包み込むように抱きしめた。
必然的に母ともとも急接近し、年頃のジュードは「恥ずかしいってば」なんて言って顔を真っ赤にさせた。
母の腕越しに父の姿を捉えてジュードははっと体を強張らせた。
「ジュード、お前は…」
「父さんごめん。僕、ミラたちと行きたいんだ」
「駄目だ!行かせるわけにはいかない!彼女が、お前がが関わろうとしているのは…!」
ディラックが猛反対しジュードを説得しようと詰め寄った時、「おいおい、俺たちどんな縁なんだよ」という見知った声が聞こえてきた。
顔を見るまでもなくそれはカラハ・シャールで別れたはずのアルヴィンだ。
の顔が一気に険しくなる。
「新しい仕事が首になっちまってね。その様子じゃまたイル・ファンに行くんだろ。そう言えば俺、前にもらった報酬分仕事してなかったか」
「また来てくれるんだね!」
「そゆこと。よぉ、おチビ元気してたか?」
「……」
カラハ・シャールでの別れ方が悪かったからかは彼の言葉にふい、と顔を背けて取り合わなかった。
「嫌われたかねぇ」とわざとらしく肩をすくめるアルヴィン。
『アルヴィン君ー!僕たち置き去りにされちゃうー!』
「可哀想だなー。なぁ連れて行ってやろうぜ。戦力にもなるし、いざとなれば俺が守ってやるしさ」
「ジュード君」
「…エリーゼ、どうしても僕たちと行きたいの?」
「私、みんなと行きたい…。その、友だち、だから」
エリーゼの覚悟の決まった言葉にジュードは何事かを考えそして「わかった」と決断する。
決まってしまえばあとはどうにかするしかない。
「それじゃあ母さん、父さん。行ってきます」
「ジュード忘れるな。大人になるという事は、自分の行動に責任を取るという事だぞ」
「…」
「体には気を付けるのよ。ちゃんも」
「エリンおばさん、またお料理教えて下さいね」
「ええ。自分の家だと思っていつでも帰って来てね」
「ありがとうございます。…ディラック先生、これまたお願いします」
そう言って家の鍵を彼に託す。
全てが終わって帰って着た時こそ、家を大掃除しなくては。
10年分の埃と思い出と…かなり骨が折れそうだ。
「…異常があったらすぐに訪ねなさい」
「大変、もう怒られないようにしなきゃ」
ニヤリとするはそのまま仲間を追って船へと乗り込んだ。
船が出向してル・ロンドから離れていくと、港の人影が小さく小さくなっていく。
ディラックもエリンもいつまでもいつまでも手を振り続けてくれた。
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ぽちり