(2019.11.08)
45.敵わない理由
「さ、お許しが出たところでみんなよろしくね!」
乗り込んだ船はサマンガン海停方面ではなく、ル・ロンドからみて正反対に位置するラコルム海停の方面だった。
サマンガン側からイル・ファンに向かうのであればミラを瀕死状態に陥れたガンダラ要塞を通るほか術はないらしく、ローエンの情報によると今もなおゴーレムは起動したままだという。
ゴーレムと聞いて、その動きを食い止めるために自身もそれなりの代償を払ったは喉の奥をきゅっと引き締めた。
「霊性が火場から地場になったこの時期であれば、ファイザバード沼野も落ち着いているはずです」
それならばとローエンは次の手を提案した。
ガンダラ要塞側からの突破が困難なのであれば、その正反対に位置するファイザバード沼野側から乗り込もうと。
ただ一つ困難なのはガンダラ要塞と対為す天然の要塞といえるほどにその場所の突破ももちろん容易ではなく、どちらにせよ骨が折れることには変わりなかった。
しかし往年の名軍師がそういうのであれば問題あるまい、とその場にいる全員が納得し異論はなかった。
そんな矢先のことだった。
乗り込んだ船の樽の中からレイアの姿が見つかったのは。
「姿が見えないと思えば」
「だって、こうでもしないとついてくるなーって言うでしょ?」
「そりゃあそうよ。危険な旅になるかもしれないし、観光するわけじゃないんだから」
「だったら猶更、友だちを危ない目になんか合わせられないよ!」
「…そう言えばいいと思って」
そう言えば言い返せなくなることを知ってか知らずかレイアは得意げににっこり笑った。
ミラを説得するために100個の理由を書きだしてきたほどの彼女の強い意志に勝てるわけなんてないのだ。
+
ラコルム海停から北上し、ラコルム街道を通ってそのさらに北東になるシャンドゥへ向かうことになった。
今までの旅同様、町から離れると魔物の活動が盛んになり、その度に一同は足止めを食らってしまった。
は、時折旅に不慣れなレイアやミラの足の調子を気にかけながら道を進んだ。
どちらもかなりの強情で、あんまりに気にかけすぎると今度はつっけんどんな態度になるので手がかかったが、その度には距離を離したり適当にあしらったりと上手に丸め込んでいた。
そんな矢先の事。
「ミラさまー!」
威勢のいい声にぎょっとした表情になった人物が何名いただろうか。
声の主はその表情を変えた全員が思い描いた人物、イバルの物に間違いなかった。
イバルは颯爽と現れたかと思うとミラの前で膝をつき、彼女の安否に安心しきった様子だった。
「ミラ様、足が治ったのであれば、ぜひニ・アケリアにお戻りください」
「私はイル・ファンに向かわねばならん。今は戻る気はない」
「では俺がお供を!」
「必要ない、皆がいる。彼らは信用できるものたちだ。心配はいらない」
「それでも」
「くどい。そもそもお前には大事な命を与えたはずだ!なぜここにいる」
ミラにバッサリと一蹴されてイバルは再会早々すくみあがった。
誰?と耳打ちするレイアにマクスウェルのお世話役の巫子であることを伝えるジュード。
その一部始終をは背後にいる“仲間”の存在を気にかけながら黙って聞いていた。
「村の守りは決して忘れておりません!お預かりしているものも、誰も知らぬ場所に隠しましたので無事です!」
「……」
「しかしこの度はこのようなものが届いたのです!」
イバルは懐から手紙を取り出すと、ミラに差し出した。
ミラが読み上げるのを隣からすっと覗き込むと、はその内容に口を堅く結んだ。
―― マクスウェルが危機 助けが必要 急がれたし ――
一緒に覗き込んだジュードは「誰がそんな手紙書いたのだろう?」と小首をかしげていたが、は顔色一つ変えずに「さぁ」と嘘をついた。
確信はないがほぼ間違いなくその字には見覚えがあった。
筆跡や圧、ペンを変えていてもわかる本人すら気づいていない癖。
『お前文字の方がよかったよな』
イル・ファンからア・ジュールに向かう船の中で交わしたやり取り。
傭兵として活動するうえで使用している「アルヴィン」という名前を知らせるために、彼はメモの切れ端にサインを用いた。
あの時、精霊術で焼ききってしまったから証拠はないが、瞬間記憶のできるの目は誤魔化されない。
(まだ鍵を狙ってるのね)
思い返してみると船を下りた時ミラに対して「ニ・アケリアに寄らなくていいのか」とか何とかいってやり取りをしていた。
どこ経由で情報が洩れているかわからないが、少なくとも今回ので間違いなく目の前のイバルが隠し場所を知っていることはバレただろう。
平然を装いながらミラに「これ以上長引かせない方がいい」という意味を込めて視線を送ると、ミラは少し考えたのちイバルにイル・ファンに向かう術を問いだした。
「シャン・ドゥの魔物を操る部族が、ワイバーンを数頭管理していると聞いております」
「何だ、それなら丁度よかったな」
「ええ。予定通りシャン・ドゥへ向かえばよろしいかと」
一同が頷き、再びシャン・ドゥを目指して歩みを進める。
主の安否を心配して駆けつけたものの叱咤を食らう羽目になったイバルには同情の気持ちも芽生えるが、鍵を彼に託している以上安易な行動は目に余るものを感じた。
人知れず小さくため息を吐く。
「幸せが逃げちまうぞ」
「…迷信よそんなの」
塩対応で返すと彼は壁を感じたのか黙り込んだ。
アルヴィンは仲間たちの後を進みだす彼女の腕を取ると互いにしか聞こえない声で「悪かった」と呟いた。
「お前だって知ってるだろ。俺も仕方なくだったんだよ」
「…」
「俺はお前みたいにはなれないからな」
返事はせずに、じっと自分と同じ色の瞳を見つめ返す。
目の前の彼は今でもアルクノアに加担している。
本心なのか、それともを取り込むためのお得意の口実なのか、判断しかねるところだったが、はふぅと息を吐ききると今度は払われないようにしっかりと彼の手を握りこんだ。
「私だってアル兄にはなれない。貴方は貴方でしょ?」
おどけたように肩をすくめて見せると、は先行く仲間たちの元へと駆け寄っていった。
置いてきぼりにされたアルヴィンは、手に残る彼女の熱を繋ぎ止めるように握りしめた。
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