(2019.11.12)









 46.疑いの視線









シャン・ドゥはカラハ・シャールとはまた異なった活気のある街だった。

都会…とは程遠いが街中には人懐こい魔物たちで溢れ、人と魔物がまさに共存しているといった感じだった。

中央には太い川が流れ、橋を渡って反対側へと渡ることが出来る。

岩が剥き出しになった地形は川によって削られていったのか、元々こういったものなのかはわからなかったが、祭りでも行われているのか人で賑わっていた。


「え、ちょっとどこ行くのアルヴィン君」

「ちょっと用事があってな。俺の事は気にしないでくれ」


町に着くなり、アルヴィンはいつも通りのへらり顔で手を振って応えた。

が通り過ぎる時に「ついて行っていい?」と声を掛けると、一瞬考えて無言で頭をぽん、と叩いて先を歩き出した。

肯定、だろうか。

がその後に続く。


も行くの?」

「この街に知り合いがいるの、ちょっと顔出してくるわ。折角だし二手に分かれましょ」

『えーアルヴィン君と行っちゃうのー?』

「すぐに戻るから」


まるでわが子を宥めるかのようにエリーゼとティポの頭を撫でると、先へと進みだしたアルヴィンの後を追って走り出した。


(あ…)


二つの影があっという間に小さくなる。

何があったのかはわからないが、2人の関係が以前のように戻っていたのは火を見るよりも明らかだった。

むしろ、前よりも良好になっているのではないかとジュードはひやひやするほどだ。


「もう、協調性ないなぁ」

「放っておいてもヤツは帰ってくる。私たちはともかくワイバーンを見つけよう」

「う、うん、そうだね」


ジュードはアルヴィンとの親密な光景を目の当たりにして動揺していた。

自分よりもいくらか前より付き合いがあるのは知っているが、カラハ・シャールでの事もあり、気になって仕方なかった。


はもう大丈夫そうだし、仲直りしたって事かな…)


聞いたら教えてくれるのだろうか。

でも、なんて聞けばいいのだろう。

もやもやとしたものが胸に広がる理由を知る由もなく、ジュードはアルヴィンとともに歩くをその姿が見えなくなるまで見続けていた。

カラカラカラ、と音を立てて小石が足元に落ちた。

…落ちた?

次の瞬間、頭上から降る音がみるみるうちに大きくなっていた。


「崩れるぞ!」


ミラの掛け声ではっと見上げる。

小石の粒は飛礫となり、直撃すれば大ダメージは間違いないほどの落石。

ジュードは素早く周りを見渡すと、仲間たちに向かって叫んでいた。




 +




「あら久しぶりねシーナ。またあなたとお喋りできるなんて嬉しいわ」


こんな姿でごめんなさいね、とベッドから半分起き上がるのはアルヴィンの実母、レティシャだ。

調子はいいのか、というアルヴィンの問いに「えぇ、いつもありがとう」と微笑する。

シーナ…母の名前を呼ばれたはアルヴィンの「悪い」とでも言うような視線を感じながらも微笑みかけ、「お茶を入れるわ。カモミールでいいかしら」と平然と続けた。


「台所借りるわね、ちょっと待ってて」

「っと、俺も何か手伝うよ」

「…。ありがとう」


お茶なんて淹れてしまえばトレイに乗せて持って行くだけだから手伝いなんてない。

しかし、アルヴィンが傍にいたがるのは別の理由があった。

レティシャから離れ、完全に会話の聞こえない位置までいくと、はポットのお湯を沸かしながら別のものを探す。


「悪いな」

「何が」

「色々だよ」

「いいの。それにイラート海停で約束したでしょ?」

「…律儀だねぇ。でもま、イスラがいない時でよかったな」


の目は台所にあるであろうあるものを探していた。

それはレティシャが服用している“薬”だった。

元々体が弱く、気分転換にと出掛けた20年前の航海で夫を亡くし、それだけではなく故郷に帰るすべも失った彼女の絶望は余程のものだろう。

アルヴィンは隙間から母親の様子を覗きながら「わかるか」と確認する。

見つけたのは小瓶。

ラベルには手書きで何か書かれた跡があるが掠れて読めなくなっていた。

市販薬、というよりは特別に調合されたようなもの。

きっと、否ほぼ間違いなくアルクノアで作られたものだろう。


(薬品名もなければ成分表もない…。でもアル兄の懸念もわからなくもない)


先ほど出てきた「イスラ」という名前は長年レティシャを診ているアルクノア出身の医者だ。

自身も直接何かを話したわけではないが、何度かすれ違った事があるからすぐに思い出すことが出来た。

疑うよりも信じなさい、というのが事の道理だろうが、今回ばかりは話は別だ。

は小瓶の蓋を開けると、アルヴィンに目で合図を送ってから一粒その口に放り込んだ。


(この味、僅かに…。でも酷似してるだけ…?)


大丈夫か、とアルヴィンが顔を覗かせ、水の入ったグラスを差し出す。

それをごくりと飲み干して、は険しい顔はそのままに答えた。


「大丈夫と思うけど。何かあれば私の体に何かしらの反応が出るはずだから、もう少し様子見させて」

「あぁ。にしてもお前」


アルヴィンが何か言い掛けると「シーナ?」と心配する声がそれを遮る。

はその声に適当に答えると今度こそカモミールティを淹れるために準備を始めた。


(念の為、解毒薬と注射液くらいは用意しておいてもいい、か)


ぴりぴりと舌先にしびれのような違和感を感じながら、人知れずほう、とため息をついた。














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