(2019.11.13)
47.故郷に馳せる思い
「あんまりはしゃがないでよ。それより、足の怪我はもう大丈夫なの?」
ジュードはそう言って、レイアの足元に目線を落とす。
先程シャン・ドゥに来たばかりの我々に落石という歓迎を受けた一行。
近くにいた子どもを庇ったジュードと、エリーゼを丸ごと助けたミラは多少手をかすった程度だったが、レイアは場所の悪さと反応の遅れが仇となりローエンのサポートを受けながらも足を怪我してしまったのだ。
旅に不慣れで本調子でもない彼女の追い打ちをかけるこの落石事故。
本人はかなり滅入っていたが、ローエンの機転の利いた励ましですぐに笑顔を取り戻していた。
「私は平気だってば。それよりジュードのほうこその事が気になって、それどころじゃないくせに」
声を潜めて言うと「いきなり何言ってるの」とジュードは眉根を寄せた。
「…あのねぇ、言っとくけど僕たちそんな関係じゃないからね」
「じゃあどういう関係なの?」
「それは…。それに、は…アルヴィンの事が好き、みたいだし」
言葉にしてみて、つん、と胸が痛んだ。
ふーん、とレイアは出会ったばかりのアルヴィンと友達の事を思い浮かべる。
年齢差、身長差で言えば結構あるが、もとより大人びた物言い、考え方の彼女と相手次第でいくらでも柔軟に対応出来る彼。
確かにお似合いと言えばそうかもしれない。
が。
「って、僕の事は別にいいでしょ」
機嫌を悪くした幼馴染にレイアはもう一度心の中で「ふーん」と呟いた。
+
「少し目を離しただけで、面白そーなのに首突っ込んじゃって」
俺は混ぜてくれないのかぁ?とアルヴィンは仲間たちの姿を見つけると声を掛ける。
その後ろにはあの後もずっと行動を共にしていたのだろう、の姿もあった。
時間で言えばものの数時間程であったが、別行動をしていたジュードたちは見事にワイバーンを見つけていた。
それだけに留まらず、条件付きではあるがワイバーンを貸してもらえる、というところまで話をこじつけていたから、合流して話を聞いたは驚きで目を見開いていた。
『アルヴィン君も君もどこ行ってたんだよー!こっちは恐怖体験したんだぞ!』
「そうだったの。ごめんね」
「仲間か?」
「そうだぜ、これで全員集合」
見知らぬ人がいることもありだんまりを決め込むにローエンが事の次第を掻い摘んで話してくれた。
見知らぬ男…はこのワイバーンを操るキタル族という部族のユルゲンスというらしい。
彼らがワイバーンを貸してくれるという条件は「10年に1度、この時期に開催される闘技大会で優勝する事」。
闘技大会の本戦というのは1日で行われるというのを聞いて、骨が折れるなと顔を顰めたが、目の前にはイル・ファンに行くための唯一の手段…ワイバーンがいる。
この町全体の賑わいはそういった理由からかと納得する反面、それにまさか自分たちが参加することになるなんて。
「早速今日の予定だが、参加数の関係で本戦は今日一日で全て行うことになりそうだ」
「今日だけですか。随分ハードなんですね」
「何戦あるかは、今日発表の組み合わせ次第だ」
「鐘が鳴ったら闘技場まで来てほしい。それが大会開始の合図だ。君たちも集まってくれ」
その言葉を聞いて勝負好きなレイアは「頑張ろうね」と意気込んで握りこぶしを作っている。
鐘がなるまでの時間をどう過ごそうか悩んでいた時、がある異変に気付く。
「レイア、歩き方変じゃない?」
「あーえっと、さっきドジっちゃって。でもお医者さんにも診てもらったしもう問題ないよ!」
「実はお二人と別れた後あの場所に落石がありましてね。運よく全員助かったのですが」
「落石…」
「もう、そんな顔しないでよ!もう痛くもなーんともないんだから!」
薬学者という性分なのかは足に触れ熱の有無を診て、大事がないことを知るとようやく「そう」と引き下がった。
「時間があるのであれば広場をもう一度見てこよう」
「ついていくわミラ。気になることもあるし」
「あぁいいだろう」
「私も行く!じっとしてても緊張するだけだし」
「ん~じゃあ俺も一緒に行くかな。ジュードはどうするよ」
アルヴィンの突然の振りにジュードは「僕は…」と悩んでいると、つんつんと袖を引く存在に振り返った。
『ジュード君、観光しよーよ』
「私も…色々見て見たい、です」
「そういえば、エリーゼは町に見覚えがあるんだったね」
「では私もジュードさんにお供させていただきましょう」
またしても別行動が決まる。
それぞれは頷きあうと鐘が鳴るその時に再会する約束を交わしてそれぞれの道を進みだした。
+
シャン・ドゥの街の入口にある広場のところに戻ってくるとミラもも落石があったという頭上を見上げた。
元々地理的にも落石はある地域だというのは事前知識として持っていたが、崩れやすくなっているのであれば祭り目当てに訪れた観光客に更なる危険があるかもしれない。
自然災害か、それとも故意によるものか。
ミラの眼差しは間違いなく後者を疑うものだった。
「あ、イスラさん!」
「あら。怪我の具合はいいようね」
「はい、イスラさんのお陰です!」
「それはどうも。…って、あら」
肩に届かない黒髪に白のメッシュ。
柔らかく微笑む女性、イスラはレイアの先ほど話していた治療してくれたという医者なのだろう。
イスラはアルヴィン、そしてを目で移すと顔色を一気に変えた。
疑問を抱くレイアとミラにアルヴィンは解説役を買って出る。
「かまわないよ、イスラ先生。先生には母親を診てもらってるんだ」
「お前の母親を?この街にいるのか?」
「ええ。さっき挨拶してきたところよ」
「も知ってるんだ」
「俺らの両親、同郷なんだわ。つっても、それ知ったのはここ数年だけど」
「そうなの?」
いつもならそんなリスキーなカミングアウトを好まないアルヴィンにしては珍しいなとは彼を横目で覗く。
久しぶりに母の姿を見れて安心でもしたのか、気が緩んでいるのかも知れない。
「ちょっと具合が悪くてな。父親も兄妹もいないから、俺がいない間先生にお願いしているんだよ」
いつもは自分のことを話そうとしないアルヴィンが今日ばかりはやけに饒舌だったことにミラはニヤリと笑う。
その視線に耐えかねたのか、アルヴィンはふっと視線を逸らすとぼそりと呟くように言った。
「ただ、治してやりたいだけだよ。そんで故郷に連れてってやりたいんだ」
「…」
イスラはその後も何を思っているのか黙り込んだままだった。
見つめているのは互いに顔見知りのの事。
同じ色の目でイスラを射抜くと、彼女はバツが悪そうに顔を逸らした。
「お母さんの故郷って遠いの?」
「めちゃくちゃな」
そういってアルヴィンは空高く見上げた。
それに比例するようには大地を見るように俯く。
母を故郷へ帰すために、という彼の想いと、使命を全うしようとする彼女の想い。
(切りたくない縁がある。でも…)
レティシャさんの事も、アルヴィンの事も。
勿論自分の両親の事も。
彼らと同じエレンピオスの血を全身に流しながら、このリーゼ・マクシアの世界しか知らない。
明確な目的がある。
でも、それを実行する自分って一体何なんだろう。
ざわざわとしたものが胸を支配する。
今はただ、やり場のない思いをのどの奥底に閉じ込めることしか出来なかった。
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ぽちり