(2019.11.14)
48.失う恐怖
「こんなに大勢…」
「確かにこれだけの人の前…医療の研究発表ならまだしもまさかジュード君が武闘大会出場だものね」
減らず口を叩くとジュードはすぐに顔を顰めて「そんなこと言ってる場合?」と口を尖らせる。
10年に一度の祭りだけあって闘技場の中央に降り注ぐ歓声や野次はもはや何を言っているのかわからないもので、その迫力は人の声とは思えないほどに大地を振動させた。
しかも後から聞いた話によると今回魔物を扱わないチームは我らキタル族チームのみだったようで、向かいの門から飛び出してきたのは鋭い爪に牙を持つ魔物たち。
開始の合図の後真っ先に飛び込んでいったレイアとミラが固い甲羅を持つ蟹の魔物に特攻していく。
「行くよミラ!」
「了解した」
― エアリアルファイア ―
炎の柱が2人を取り囲むように巻きあがると泡を吹いて一気に蟹は動かなくなる。
反対側ではローエンとエリーゼの強力な精霊術が繰りだされ、別のところではジュードとリンクを結んだアルヴィンが魔神連牙斬で切りつけていった。
次々に襲い掛かってくる魔物たちを、一匹ずつ確実に倒していく。
取りこぼした魔物はの精霊術の餌食となった。
「聖なる雫よ、降り注ぎ、我に力を」
… ホーリィレイン …
未だかつて使ったことのない精霊術だった。
広範囲な光をまとった雨が降り注いだかと思うと、魔物たちは一気に脱力し次々と地に伏せた。
「すごいです、!」
『ピカピカの雨がすっごく綺麗だったねぇ!』
「別に。大したことないけど」
「…日頃の陰の努力の成果、ですね」
「もう、ローエン。余計なこと言わないでいいから!」
図星だったのかかっと顔を赤面させるにローエンは食えない笑みを浮かべて交わした。
案の定、心配性なジュードは「また隠れて一人で…」と眉根を寄せていた。
『キタルブロック、決勝進出はキタル族代表に決定だ!』
「やったー!私たち勝ったんだね!」
「何とかって感じだったけどね」
「なっさけないなぁ、優等生は。楽勝だっただろ」
「いえいえ、なかなか厳しいものでしたよ」
張り詰めていた緊張がゆるんでそれぞれから安堵の息がこぼれる。
この見事な戦いっぷりにはユルゲンスもご満悦で「見事な戦いだったよ」と称賛の言葉を掛けてくれた。
「決勝は食事休憩を挟んでから始まる。他の参加者も一緒だから落ち着かないかもしれないが…」
大広間で食事が提供されると聞いて仲間たちは決戦前の腹ごしらえにとユルゲンスの後について移動し始めた。
一人残るミラ。
(確実に力がついてきている。これなら…)
仲間たちが完全に先に送り出してからがふと足を止める。
振り返るとミラと真っすぐ視線が重なった。
「考え事?」
「あぁ。アルクノアの動きについてな」
「…今朝の落石もその可能性もあるってみてるのね」
「それも、だな」
「…。なるほど」
お互いに頭に浮かんだ人物はおそらく同一人物だっただろう。
少ない言葉数で意思を共有できるようになってしまった。
アルヴィンだ。
(少なくとも共に行動することが多かった私も不審に思わせてる、か)
の表情は晴れなかったが、ミラは厳しい目線を伏せることはせずに目の前の彼女を射抜き続けた。
当然の事だというのも理解できる。
黒匣を破壊する使命を抱えながら自分の中にあるものは見逃してもらっているのだ。
迂闊な言動は慎まなくてはいけない。
「心配しなくても約束通りよ、ミラ」
「そうか」
短く返した。
それからは表情をふっと緩めると「早く大広間に行きましょう。皆にご飯食べられちゃうわ」とミラの腕をひいた。
+
「おっそーい!先に食べちゃおうって話してたんだよ」
遅れて大広間に入るとすでに配膳は終わっており、テーブルにはホカホカと湯気立つ食事たちが人数分並べられていた。
エリーゼもティポも腹ペコだったのか「早く」と腕をひいて席に誘う。
室内に一歩足を踏み入れると、その独特な香りにははっとなって周囲に視線を這わした。
(?…この木の実みたいな香り、まさか)
どうしたのか、と問う仲間たちの視線。
は予想が外れていればいいという思いでスープに適当なスプーンを突っ込むと席に座ることなくそれをそのまま口に運んだ。
「ちょ、お前どんだけ腹減ってたんだよ」
そんなアルヴィンの軽い冷やかしはよそにの表情は険しいままだった。
次の瞬間、膝から崩れ落ちるは咄嗟に机の上の食器を薙ぎ払い、床に叩きつけていた。
「食べるな!毒だ!!」
ガシャガシャという大きな音と、彼女のものとは思えない叫び声で部屋の中にいた全員が固まり、しんとした。
その声を引き金に声より先に食してしまった参加者たちのうめき声があちこちから聞こえ始めた。
その騒動で食べる前だった者は問題なかったが、中には先に口に含んでしまっていた参加者たちは机に伏せ、喉を掻きむしり、泡を吹き、もがくように暴れ始める。
「うっ…ジュード君…。メディシニア中毒よ。…早くみんなにこの解毒剤を」
「…早く治療しないと」
「私はいいからッ!時間がない、早くみんなを…!」
「くっ…!」
医者として助けるべきは患者が優先だと厳しい口調で突き放す。
指先が震えるから何とかパナシーアボトルを受け取ると、ジュードの指示の元、手分けして薬物反応が出ている患者たちの処置に当たった。
も朦朧とする意識でなんとかコートの中から携帯注射器を取り出すと自分の太ももに思い切りさした。
液体全てを取り入れたことを確認すると、脱力して床に吸い寄せられる身体。
呼吸は段々と苦しさを増し、気づけば体を丸めて胸を押さえつけ、薬が効くまで耐え忍んでいた。
「んぐ…はっ…」
「おい!」
『君死んじゃうのー?そんなのやだよー!』
「そんなわけねぇだろ!」
「ひっ」
アルヴィンの怒声にエリーゼが身を縮める。
もうその頃にはの意識はなかった。
表情は血の気を失ったまま気を失ってしまっていた。
応急処置が終わったジュードが駆けつけると「診るよ」と断りをいれ、シャツのボタンに手を掛ける。
少しはだけた胸元からは見てわかるほどの胸元から首、腕に至るまで伸びた蕁麻疹と赤み、そして不規則な浅い呼吸。
そして生々しい一線の傷跡…その全てに眉根を寄せる。
そしてこの状況と症状、彼女の処置から推測出来る診断名は明白だった。
「アナフィラキシーショック…?どうして」
「――」
「でもこの注射器…間違いない」
「待て、アル――」
彼女の診断名を聞き、ミラが呼び止める前にアルヴィンは鉄砲玉のように走り出した。
「一体…何が起きているんですか」
「どういう事…?なんでこんな!ねぇジュード!」
取り乱す仲間たちの声にこたえることもなく、ジュードは衣服のボタンを再び留めると注射の効果が出てきたのか呼吸が少しずつ整ってきたのを確認した。
警戒はしながらもジュードは「とにかく休める場所に移動しよう」と話した。
(注射器、これは最近の物じゃない…)
となると、以前からこんな時の為に自分で管理していたことになる。
ジュードは彼女に複雑な感情を抱きながら、負担のないようにと彼女を横抱きにして抱え上げた。
レイアも、エリーゼも勿論他の仲間たちも不安そうに彼女の表情を覗き込み、すすんで彼女のコートや武器を持ってくれた。
(――)
ジュードはこの時、初めて失う恐ろしさを身をもって体験した。
いとも簡単に人は死ぬのだと。
判断が少しでも遅ければ毒に耐性があるという彼女でも命の危機は容易に想像できた。
…今だって、確実に安心できる状況じゃない。
上下運動をする華奢な肩は今にも止まってしまいそう。
薄く開いた唇は色を失い、小刻みに吐息がこぼれていた。
(絶対に、駄目だよ。駄目だからね――)
徐々に体温が低くなっていく恐怖をふりきるように、ジュードは彼女を抱く手に力を入れた。
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