(2019.11.15)
49.お人好しの為に
『心配しなくても約束通りよ、ミラ』
ジュードの言う通り、嘘はつくが約束は破らないというのが近くで見ていてわかる彼女の芯の強さだった。
射貫くような視線を向けてみると、彼女は迷いながらも自分の意志で物を言う。
自分の背負う使命の意味を理解し、自分のやるべきことを全うしようとする。
…今回の件がいい例だろう。
自己に厳しく、他者に甘い。
彼女の情の深さは時に付け込まれる弱さになるだろう。
彼女は、他者に対して優しすぎるのだ。
「どうしたんだ、こんなところに」
「母親がこの町にいると言っていたな。ここがお前の家というわけか」
「親の、だな。わざわざ探してくれたって訳か?勝手に抜け出して悪かったよ、でももう戻るからさ」
いつもの口調のいつもの表情でその場をやり過ごそうとするアルヴィンだったが、今回ばかりはそうはいかなかった。
ミラの腕によってその巨体は壁に叩きつけられ、アルヴィンは苛立ち「ってぇな」と低い声を漏らす。
胸倉をつかみあげられ、交わる視線。
ミラは厳しい眼光でアルヴィンを射抜いた。
「――アルクノアの事、どこまで知っている?」
「アルクノア…?なんだ、食いものか?」
人を小馬鹿にするような煽るような口調にミラの手にさらに力が入った。
白状するまで逃がさない、といった気迫にアルヴィンは面倒くさそうに舌打ちをすると「が話したのか」と観念したように言う。
嘘か本当か、まだ見抜くには材料が少なかった。
「答えろ、お前もアルクノアか?」
「…勘弁してくれよ。俺もアルクノアの連中に仕事を強要されて困ってんだよ」
「…」
「昨日の事は知らない。本当は切りたいがそうはいかなくてな」
「まさか母親を?」
「逆らったが最後どんな顛末を送るか…アイツを見れば大体察しが付くだろ?」
「!」
ミラがはっとなり掴んでいた手を離した。
解放されたアルヴィンは盛大に息を吐きながら乱れたシャツとスカーフを整える。
自ら被検体となり黒匣の実験のモルモットにされ、両親とは離別、その後彼女の両親は消息不明となった。
命だけは何とか助かった彼女は今でもその内蔵された装置に振り回され、縁を切った今もなおアルクノアの手の中で踊らされている。
今だってアルクノア仕込みの毒薬を飲み込み床にふせている所だ。
そんな足掻けば足掻くほど溺れていくような負の呪縛から逃げ出そうなんて誰が思うだろう。
『 俺はお前みたいにはなれないからな 』
全く同じ言葉がアルヴィンの脳裏をよぎる。
ミラ自身、その言葉からどこまで察することが出来たのはかはわからなかったが、それ以上の追求はやめた。
「信じてくれるのか?」
「今話したことまではな」
突き放すようにミラは言う。
アルヴィンはあっさり彼女を切ったが、“優しい”彼女は彼を切れないだろう。
(だが、約束は約束だ)
『もし、使い方を誤ることがあれば――』
黒匣の兵器は精霊を滅ぼし、世界のバランスを崩してしまう脅威だ。
彼女の中にあるものも、それは例外ではない。
もし、本当に彼女が道を踏み外し、使い方を誤ることがあるのであれば、この手で――。
(…そんな事、私がさせるものか)
ミラは一層表情を険しくすると、友の無事を願い、踵を返した。
+
「いた?」
ジュードの問いに、レイアもエリーゼも首を横に振り否定した。
騒ぎがあったのは本線直後の昼食時。
ふるまいの料理の中に水溶性の毒が混ぜられ、半数程度の参加者が毒に侵され中毒症状に見舞われた。
その大半が命に別状はなく事なきを終えたのは間違いなくの咄嗟の判断と万能薬のお陰だろう。
その勇気ある行動がなければ今頃どうなっていたのだろうと思うと身震いをしてしまう。
本来ならばこれほどの大事件、大会を中止にするのでは…という見解は見事に外れ、10年に1度の武闘大会は別日に持ち越され、決勝を行う運びとなった。
一番の功労者であるは翌日になっても目覚めることはなかったが、当時よりもいくらか柔らかくなった表情と呼吸から症状は回復に向かっているのだというのがわかりジュードは安堵の息を吐いた。
「ミラ、どこに行っちゃったんだろう」
「従業員の話では、今朝早く出ていったようですね」
「一人で、ですか…?」
ジュードの心配をローエン、エリーゼが汲んだように続ける。
頭の隅ではミラの単独行動を気にしながらも、目線だけは目の前の彼女から離さないジュードの表情は切なげだった。
「ジュード、代わるよ。昨日からあんまり眠れてないんでしょ」
「僕なら平気だよ。それより、レイアこそ今のうちにご飯食べて来たら?」
気遣うレイアにジュードはそう返答すると、彼女はぷっと吹き出し、思っていたものとは違う反応を返した。
きょとんとするジュードが「へ?」と間抜けな声をあげるが、隣にいたローエンにもその意図が伝わったらしく、口元を抑えるようにして笑いだす。
『ジュード君、君みたいー!』
「…え?」
「くくっ、ジュードさん。さんの口癖がうつってますよ」
「ホントホント。全然平気なんかじゃないのに、“平気ー”だとか“問題ないー”っとか言うんだよね」
「…確かに言われてみれば。イル・ファンの時からほとんどずっといるから、変なところ似てきちゃったのかもね」
イル・ファンから、ねぇとレイアは内心思ったが、友だちとの約束だからとぐぐっと口をつぐんだ。
緊迫した空気が少し和んだかと思うと、が「ん」と身じろぐ。
「気が付いたんだ…!」
「あ、の…。大丈夫ですか?」
「ここは」
「控室です。さんはあれから丸一日眠ってたのですよ」
「…」
体を起こそうとするのをローエンが手助けした。
ベッドのそばにレイアとエリーゼが横並びになって座る。
2人とも気持ちとしては今にも飛びつきたいところだっただろうが、顔色から本調子じゃないのを察して我慢している様子だった。
「具合はどう、?」
「若干の手先の痺れと倦怠感が少し。メディシニアがまだ完全に抜けてないのでしょうね」
「本当に無茶しかしないんだから」
「…。ほかの参加者は?」
『全員無事だってー!君のお陰だね』
「お陰です!」
そう、と安堵の息をこぼす。
それから参加者やその家族たちが見舞いに訪れたのだろう、の周りは果物や花で溢れ、そこら中から甘い香りがした。
その視線に気づいたレイアが「何か剥いてあげる!」というので、厚意に甘えてはナップルの実を1つ選んだ。
「の目が覚めたら色々問い詰めようと思ってたんだけど、なんかどうでもよくなってきたや」
「…それは具合が悪くなりそうな話ね」
「ジュードさんはつきっきりでさんの看病をしていたんですよ」
「そうなの?」
「だって、本当に吃驚したんだから」
「…心配かけてごめんなさい。でも、もう平気よ」
「ぷふっ!」
の言葉にその場の全員が噴き出した。
何事かわからず急に笑われたものだからは眉根に皺を増やす。
不機嫌そうに「何なの」というと目じりの涙をぬぐいながらレイアは
「皆、の事が大好きって事だよ!」
と笑った。
腑に落ちてはいないが、悪い気分ではないらしいく口が緩むのを押し堪えている彼女に、我慢の蓋が取れたエリーゼとティポがぎゅうっと抱き着いた。
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