(ジュード・chamomileシリーズ)









 5.旅の目的









2度目の解放は短時間で合った事、初めての時よりも精霊術やマナの流し方を心得ていた分リバウンドが少なかった。

体にかかる負荷も思ったより少ない。

呼吸も、脈も、自己診断だが問題はない。

日常生活に支障がない程度であってくれてよかったと、水をかき分けながらはほっと胸をなでおろした。


(もう気軽に診察してくれる医者はいない。これから、気を付けなきゃ)


初めての時は酷いものだった。

吐き気と眩暈と脱力感で何度も気を失った。

それもそのはず初めての使用は、お試し、というよりは爆発的な開放に近く、かすむ記憶が確かであれば当時いた研究所を軽く半壊させるほどの精霊術を使っていたと思う。

手綱を手放した暴れ馬のように暴走したそれのおかげで、どさくさに紛れて研究所内の自分のデータは消滅、また自分自身も追っ手から逃げるための時間稼ぎにになった。

精霊術について独学で学び、自己流で扱えるようになるまで1年かかった。

思っていたよりも温室の心地よさに長居してしまったが、ある意味これは転機だ。


(でも、力の使い方だいぶ知れた。これなら、戦える)


光源を求めて褐色の目を見開く。

水の流れに金の波が映る。

慣れない手つきで泳ごうとするが水流の勢いに飲まれそうになるミラを脇の下から支え呼吸が出来るように水面下に引き上げる。

彼女の腕を肩に回すようにして互いに息が出来るように空いた手足で水をかき分け続けた。




 +




水を含みぐっしょりと重たくなった衣服が、増霊極を起動させた後のを追い込むように動きを制限する。

水面に揺らぐ亜麻色の髪は、いつの間にか白が抜けており、それは増霊極が今は発動していないことを知らせていた。

人気のいない方へ。

ジュードは先に岸に上がると、ミラを、そしての順で手を引き水辺に引き上げた。


「ミラ、泳げないんだね。大丈夫?」

「…ウンディーネのようにはいかないものだな」

「ジュード君、ありがとう」


どういたしまして、と乱れた呼吸でほほ笑むジュード。

陸に上がり呼吸を整えると、は自身の亜麻色の髪をぎゅっと絞った。


「これからどうするつもり?精霊の力がないと、あの装置はきっと壊せないよ」

「あいつらの力、か。…ニ・アケリアに戻れば、あるいは。世話を掛けたな、ジュード。それとといったか。助かったよ。君たちは家に帰るといい」

「……」


ありがとう、と言い残すとミラは颯爽とどこかへ歩き出してしまう。


「お別れだね、ジュード君。元気で」

「あっ、!」


ジュードをちらりと盗み見て、は彼を置いていくようにミラの後を追った。


「ミラ」

「ん?どうした

「私、貴女と行く」

「それは構わないが、理由がないだろう」

「理由ならあるよ。私は、ミラが持つ鍵のことを知ってる。どうやって使うのかも、使ったらどうなるのかも。見たところ、さっきので四大精霊の力がないんでしょ。私も精霊術は覚えたてだけど、貴女とその鍵を守る手助けくらいにはなると思う」

「…ふむ。だが、お前が奴らの仲間で、この鍵を狙っている、もしくは四大の力を失った私の隙を狙うものという線もあるだろう。鍵を取り出すためのあの操作、内部事情を知りすぎているところも気になる。…お前のその精霊術も、な」

「…」


会って間もないというのに鋭い観察力や物言いには思慮する。


「それはこれからミラが判断して。私はもう、あの人たちとは関係ない。じゃないと、マナを搾取するために監禁したり、兵たちが狙ってきたりするはずない」

「嘘偽りはないな」

「ない。――その時は、斬ってくれて構わない」


両手を重ねて心臓に当てる。

丁度、黒匣と増霊極があるあたり。

揺るぎない眼で一心に見つめると、ミラはふっと柔らかく息をこぼした。


「ふふ、本当におかしな人間だな。いいだろう、同行してもらおう」

「ありがとう、ミラ。よろしく」


右手を差し出すと、ミラは少し不思議に思いながらも手を合わせてくれた。

ぎゅ、と結ばれる手。

それが離れるとは「港はこっちだよ」と案内役を買って出た。


港では騒ぎに駆け付けた兵隊たちがすでにあわただしい様子を見せていた。


「貴様、侵入者だな!」

「違う、と言ったら通してもらえるだろうか」

「…それは無理があるんじゃないかな…」


コートの内ポケットから投げナイフを手のひらに忍ばせ構えると、背後から先ほど別れたばかりのジュードの声に肩をびくりと震わせる。


「ミラ!!」

「ジュード君、どうして」

「不用意だな。ジュード、無関係を装えばよいものを」


当然ラ・シュガル兵の警戒度も上がり、拘束しようと襲い掛かってくる。

ミラも対峙しようと剣を構えるものの、その降り方は初心者のそれで、は驚きながらも二人の間に割り込み、短剣で弾いて応戦した。


「ミラ、剣使ったことないの?」

「うむ。今までは四大の力に頼って振っていたからな。あいつらの力がないと、こうも違うとは…」

「っと、ミラ。戦闘中は構えて!」

「こ、こうか?」

「……もう!」


見かねたジュードも参戦し、前線に出ては得意の武術で攻撃する。

あっという間に退けてしまうと、ジュードは誰に言うわけでもなく「何やってるんだろうと」嘆いた。


「そこの者!待て!」

「え……何!?」

「騒ぎすぎちゃったか」

「…先生?タリム医院のジュード先生?それに、先生も」

「あなた、エデさん。何がどうなってるんですか?」

「…先生たちが要逮捕者だなんて。ジュード・マティス、逮捕状が出ている。そっちの女もだ」


その言葉には口を一文字にする。

ジュードだけでも変わらぬ生活が送れたら、という思いはかき消えてしまう。

逮捕状が出てしまったのなら、ジュードも私も、ここにはいられなくなってしまった。


「軍特法により応戦許可も出ている。抵抗しないでほしい」

「待ってください!…た、確かに迷惑かけるようなことはしたけど、それだけで重罪だなんて」

「…ジュード君、言っても無駄だよ」

「問答無用という事のようだな」


取り囲もうとする兵。

背後からは船が出航する音が聞こえて来て、それに気づいたはミラと共に頷いた。


「本当に世話になったな、ジュード。いくぞ、

「…うん」


先に走り出してしまうミラと、振り返ったジュードの不安がる表情に後ろ髪を引っ張られる

後ずさりをしてミラを追おうとするが、捕まれば極刑になってしまう彼をどうしても捨てきれなかった。

決心の後、ジュードの手を引こうと手を伸ばした時、奥の兵隊が吹っ飛んだのを視界の端で確認した。

見覚えのある茶色のコードが舞うように踊る。


「っと。軍はお堅いねえ。女と子ども相手に大人げないったら」

「あ、アル兄!?どうして」

、知り合い?」

「よう、おチビ。元気してたか?」

「…」

「そう睨むなって」


軽くと30㎝は身長差のある男がにやりと笑ってジュードの肩を組む。


「あなたは?」

「おっと話はあとな。連れの美人が行っちまうよ?」


は振り返ると距離を縮めようとミラの後を追い走り出す。

後ろで戸惑う声が聞こえたが、アル兄がどうにか丸め込んでくれそうだ。

あらかた同行する目的も、想像がつく。

少し後ろには進みだした船に乗り込もうと共に走る二人の


「おチビ、飛べるな」

「馬鹿にすんな、あほ」

「おー怖い怖い。っと、喋るなよ、舌をか噛むぞ」


荷台を足場にして、は容易に船の方に向かって飛びあがる。

考えがまとまっていないジュードも男に抱えられて何とか船に着地することが出来た。

集まってくる船乗りたちを適当に追い払う。


「あの…」

「アルヴィンだよ」

「…」

「え」

「名前だよ、君はジュードっつったかな?」

「う、うん。こっちはミラ。あと」

「おチビだろ」

だよ、バカアル!」

「ああ、おチビね」

ー!!!」


さして威力のないグーパンチで思い切りぶん殴ると、アルヴィンはけらけらと笑いながらそれを簡単にかわしてみせた。

想定外の人物の登場に戸惑いの感情も含んだ、一見照れ隠しのその光景にジュードは困惑したように頬を掻いた。


「2人は、知り合いのようだな」

「傭兵時代にちょっとな」

「…って、傭兵もしてたんだ。だから戦えるんだね」

「それでも最初はろくに剣の使い方も知らなくて。なあ?」

「……アル兄とはもう口きかない」

「きいてんじゃん」

「…!…もう知らない!」


もう一発おまけに腹に叩きつけると、は居心地のいいところを探してその場を離れた。

拗ねた後姿を見送ると二人の視線に気づいてアルヴィンは肩をすくめた。


「やれやれ。機嫌取ってきますかね」


ひらり、と2人の視線をかわすと、アルヴィンはの後を追って甲板を歩いた。














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