(2019.12.17)









 51.友達の為に









二度目の接触は警戒されていただけあって、鉢合うや否やすぐに戦闘となった。

黒匣の兵器による攻撃に警戒しつつ、もエリーゼも各々自分お得意の間合いで応戦する。

相手はアルクノアと言えども人。

そこいらの魔物とは違い、刃を向けるにもそれなりの覚悟が必要であったが、そんな悠長なことを言っている場合ではなかった。

両腿のホルスターから短剣を抜き取り遠心力に任せるように放り投げると、戦闘員のうちの一人の足を止めることに成功した。

一気に間合いを詰めて接近戦に持ち込む。


「お前、例の被検体だな。間違いない」

「!」


エリーゼの耳に二人の会話が届かなかったのが幸いだとは内心ほっと息をつく。

アルクノア2人は「殺すな」と指示でも受けているかのように武器の構えを変えてきた。

に手出しが出来ないとなると、狙うは別の対象。

その矛先を辿るのは容易だった。


「エリー!――ぐっ!」


振り返るよりも先に黒匣の兵器から一線、精霊術のような光線がエリーゼに伸びた。

どうにかエリーゼをすくう手段はないか思考をフル回転させていると、その隙をつくように敵からの容赦ない回し蹴りにの体はくの字に折れ、壁に叩きつけられる。

何も防ぐすべのないエリーゼはきゅっと肩をすぼめて立ち尽くすのみ。

杖を握り締めてぎゅっと目を瞑った時、複数の発砲音と共に土煙が上った。

エリーゼを庇うように抱き込んで地面を転がったのは、の残す跡を追って何とか追いついたアルヴィンだった。


「ひゅう、間一髪だな」

「ア、アルヴィン!どうして…!」

「話は後。っと、大丈夫か」

「何とかね」


安否を確認しながらも牽制するように銃で攻撃することを止めないアルヴィン。

その一発が見事一人に命中し、残るは一人となった時、そいつは小脇に抱えていたティポから何かを抜き取ると他は放り捨て、追う間もなく逃走したのだった。


「あっ!ティポ!」


すぐにティポを拾いに行くエリーゼの背中を見て安堵したのか、その場に座り込む

肩で息を繰り返し、胸をぎゅっと握り締めた彼女を支えるアルヴィン。


「こりゃ、大丈夫じゃねーな」

「動いたから残った毒が回っただけ。少し休めば平気よ」

「…。悪い、遅くなった」

「何でアル兄が謝るの」


バツが悪そうな顔をする彼には手を伸ばす。

先程エリーゼを庇う時に掠っていたのだろう、ダメージを受けた手に(彼はこれくらいと治療を渋ったが)問答無用で治癒術を施した。

柔らかい光が患部を包む。

彼女の優しさが温かく、そして彼はそれが何故か沁みる様な気がしてならなかった。

同じエレンピオスの血を流しながら、絶対に自分にはできない芸当。

使えるはずのない精霊術。


(なんでお前は、いつもそうやって――)


誰かの為に一生懸命になれるんだよ。

更に顔を険しくしたアルヴィンには「まだ痛む?」と尋ねると、彼は即答するように「滅茶苦茶な」と返した。

案の定彼女は眉根を寄せて苦笑する。

困らせるとわかっているのに、今はただ、彼女の優しさに甘えたくて仕方がなかった。




 +




「なんだよ、俺に任せるんじゃなかったのかよ…」


ジュードたちが到着したのはあの戦闘からしばらく経ってからだった。

アルヴィンはぐったりとして目を閉じるを横抱きにして守るようにじっとしており、彼自身も又、ここまでの道中と戦闘の際の負傷を抱えていた。

そんな2人にジュードはすぐに駆け付けた。


「喋らなくていいよ、今すぐ治療するから」

「俺はいい。それよりを先に」

「…やっぱり、毒が抜けきってなかったんだ」

「頼む」

「うん!」


ジュードはすぐさま快気功で処置すると、アルヴィンの腕の中の彼女はほんの少し表情が和らいだ気がした。

それでも瞼が開かないのはやはり毒による影響が大きいのだろう。

ジュードの中で激しい後悔の渦が起こる。

万全になるまで救護室で休んでいてもらえばよかった。

彼女の強がりを見過ごさずに早く気付ければよかった。

エリーゼの後を追う彼女を止められたらよかった。

でもそうすると、今のエリーゼとティポはなかったのかもしれない。

レイアが察したようにジュードの背を叩く。


「私もあるからわかるんだけどさ。なんかこう、体が動いちゃうんだよね。助けなきゃーって。勿論、それを全肯定するわけじゃないけど…」

「うん、それはわかってるよ。の無茶は今に始まった事じゃないし。でも」

「そうだよね」

「だが、今回はの機転がなかったらティポを助けられてなかったかもしれない」

「そういえば、エリーゼさんはどうしてあちらに…?」


ローエンの言葉で仲間の視線はさらに奥の闇が広がる方へと向いた。

うずくまる様にしゃがみ込み、小さな体をさらに小さく丸めて座っている。

ミラが声を掛けると、彼女は涙をいっぱい瞳に浮かべたまま振り返り、ミラにしがみついた。

見たところ大きな外傷はない。

どうしたのだろうと仲間たちが闇の方に目を凝らすと、そこに転がるぬいぐるみをレイアが拾って愕然とした。


「よかった、ティポも無事だね。おかえり、ティポー」

『はじめましてー。まずは、ぼくに名前を付けてねー』

「…え?」

『はじめましてー。まずは、ぼくに名前を付けてねー』


慣れ親しんだ声が洞窟内で響き渡り、機械的なそれに一同、目を見開いて驚いた。

壊れたラジオのように何度も繰り返すその異様な光景に鳥肌すら覚える。

誰もが察することが出来たのは「それは今までのティポとは全く別物」という事。

エリーゼがさらに大きな声で泣く中、全員の疑問に答えるようにアルヴィンが「アルクノアのせいだ」と答えた。


「アルクノアの一人がティポから何かを抜き出した途端そうなっちまった」

「ってことは、抜き取られたその何かを取り返せば元に戻るんじゃないかな?」

「ふむ、アルヴィン。アルクノアが逃げたのは?」

「とっくの前だよ」

「では盗まれたものを取り返すのは難しいな。奴らの逃げ足の速さはよく知っている」


もうここに用はないな、と淡々と言い放ったミラの言葉に一番に反応したのはエリーゼだった。

彼女であればティポを元に戻してくれる、その願いが叶わないと知り愕然とする。

必死の抵抗で「でも、ミラなら」と声をあげてみたが、彼女の意志は変わることはなく


「お前が奴らを探したいというのであれば止めはしない。だが、それならここでお別れだ」


とストレートに伝えた。

エリーゼの表情は青ざめるばかりで、ミラの返事にぎゅっと眉根を寄せて体を震わせる。


「ひとまず町へ戻りましょう。さんもきっとその方がよいでしょう」


その場の空気を変えるようにローエンが言う。

その提案に反対するものなど一人もいなかった。














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