(2019.12.18)









 52.むかしばなし









「いい勘してんな。あぁ、そうだよ。増霊極についての調査だったんだ」




ジュードの治療の後、いくらか呼吸が落ち着いたであったが、無理が重なっていたからか今もアルヴィンの腕の中でぐったりとしている。

極力負担のかからないように気を付けながらつり橋や岩場を進む姿からは、彼がどれほど彼女の事を大切に思っているのかが伝わってくる。

アルクノアの騒動もあり不信感が消えることのない彼であったが、彼女の件に関してはまだ信頼できるところがあった。

王の狩場も入り口付近へと差し掛かった時、獣に囲まれジュードたちは足を止める。

ジャオだ。

密猟者を追っていたという彼はエリーゼを見るなり「とうとうこの場所に来てしまったのか」と悲しそうな顔をした。

話はここは以前研究所であったこと、エリーゼが以前ここに住んでいた事、ある日侵入者が現れてここが放棄された事と続けられる。


「アル兄、歩ける」


アルヴィンが冒頭のセリフを言い放った時、腕の中のの目がゆっくりと開いた。


!調子はどう?」

「もういいのか」

「ええ。ありがとうアル兄、ジュード君」


手助けもありゆっくりと着地すると、は赤みの戻った表情で柔らかく微笑む。

目を閉じて休んではいたが、内容は耳に入っていたようで、ジャオを見るとバツが悪そうに目を伏せた。


「ぶーすたーってなんなの?」

「ア・ジュールが開発した霊力野から分泌されるマナを増大させる装置の事よ、ジュード君」

「そいつだよ。ティポがそうだ。第三世代型らしいがな」

「そうか。侵入者はお前さん達じゃったのか」

「…たち、といいますと?」

「私と、アルヴィンの事よ。私は元アルクノアだったから」


突然の告白に事前に聞いていたミラ以外は驚きの表情を隠せない。

アルヴィンのいいのか、という視線に「いつまでも隠せるものじゃないでしょ」と肩をすくめて返した。

クルスニクの槍について人並み以上の知識があった事。

ガンダラ要塞でのあの土地勘と、上層部との関係性。

それから今回の増霊極の件…どれ一つをとっても「物知り」の域を超えている。

しかし、元アルクノアといえはその全てに合点がいく。


「えっ、でもは、えぇ!?」

「レイア…何その反応。私の治療の為に両親がやむを得ず所属してたの。私も治療を受けながら、結果的にこうやって加担してしまっていたのは事実よ」

「今は、もう関係ないんだよね?」

「ええ。じゃないと毒を盛られて殺されかけたりしないわよ。…もっとも、あちらさんはどうお考えか知らないけど」


自分の体の中にはここでアルヴィンと共に入手した増霊極を改造して作られたものが埋め込まれたままだ。

から確信めいたことを聞いたジュードも勿論驚きは隠せていなかったが、なにより今まで疑問だったアルヴィンとの関係性や彼女の場慣れした実戦経験の裏付けを知り、納得する部分が大きかった。

なによりはっきりと「関係はない」と断言した彼女を疑う理由なんてなかった。

今まで彼女の事を全くわかっていなかったというショックは大きかったが、彼女も自身の過去を露呈することはよほど勇気のいる事だっただろう。

話してくれてありがとう、とジュードはに告げる。


「ティポ…そうだったんですか?」

『ぼくの名前はティポだねー。よろしくー!』

「ティポはエリーゼの心に反応し、持ち主の考えを言葉にするのじゃ」

「じゃあ、ティポが今まで喋ってたことはエリーゼが考えてたことだったんだね」


ジュードの言葉にはっとなったのはレイアだった。

何か思い当たる節があるのかきゅ、っと唇を固く結ぶ。


「嘘です!ティポは、ティポは自分で喋っていたんです!たとえ仕掛けがあったとしても…」

『違うよー!ぼくはエリーゼの考えてることだけを言ってるんだ全部エリーゼの勘違いだったんだよ!』


エリーゼの初めての友達であるティポに真っ向から全否定される気持ちはどれほどのものだっただろうか。

ばっさりと機械的に言い放たれたその言葉によるショックは大きく、エリーゼはへなへなと俯いてしまった。


『教えてーおっきいおじさん。ひとりぼっちのエリーゼのお父さんとお母さんはどこにいるの?』

「それは…。もうこの世にはおらぬ」

「え…」

「お前が四つの時に野盗にあい、二人とも殺されてしまったのじゃ」


レイアが思わず「ひどい」と口から言葉をこぼす。


「じゃあもう会えないんですね。お父さんにも、お母さんにも…前のティポにも」

「エリーゼ」

「気を落とさないで、ね?」

「ッ!ジュードやレイアにはちゃんといるじゃないですか!みんな…」

『そんな人たちにエリーゼの気持ちがわかってたまるか!』


声を荒げることのない彼女がめいいっぱい声を荒げて叫ぶ。

気持ちが追い付かなくて当然だ。

彼女はまだ12歳。

本来であれば両親からたっぷりの愛情を受けて、学校へ行って、友だちと遊んで、めいいっぱい楽しい時間を過ごしているはずの年齢。

エリーゼは唇を噛みしめてきっと睨むと、ジャオの横をすり抜けてつり橋の奥へと走り出してしまった。


「わしが言えた義理ではないが、頼む。あの娘っ子をあれ以上一人にせんでやってくれ」


ジャオはそれだけ静かに言い残すと、魔物たちを引き連れて王の狩場の奥のほうへと踵を返していた。

寂しそうなエリーゼの背中を、見なかったことになんかできない。


「私が追いかけるよ。だからは無理しないで」

「ありがとうレイア。でも、私も友だちが心配だから」


そう言うと引き下がれない事をわかったような口ぶり。

レイアは一瞬戸惑ったような表情をしたが、が肩をすくめて見せると観念したようだった。














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